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その日のカレーは、家族がいなくなってから口にした物の中で一番美味しかった。
緋空ちゃんは……どう感じていたのかな。
美味しいと思ったなら、少しでも生きる気になってくれたかもしれない。
ただそんなことは聞く勇気もなくて、カレーを食べてお風呂や歯磨きなど一通りを済ませて2人で寝た。
お父さんの寝室のベッドが家で1番大きかったからそこに2人で。
ギターを弾かなきゃとか、色々考えてたけど料理で疲れてそれどころじゃなかった。
1年以上経って、お父さんの匂いもしなくなったベッド。
僕は緋空ちゃんからじんわりと滲み出たように寂しさに包まれながら、眠りについた。
⭐︎
「彩陽ちゃんと学校〜♪」
翌日、学校まで一緒に行きたいと言うものだから2人で手を繋ぎながら家を出た。
最寄りのバス停から市営のコミュニティバスで小学校前まで向かう。
僕は高校まで歩き通学だからバスに乗る必要はないけど、一緒に付き添った。
小学生を1人でバス通学させるなんて不安だし……。
佐藤さんの家はもっと遠いから送り迎えだったらしいけど、小学生の時からバス通学なんて……。
「いやー送り迎えも大変だしさー、交通費出すしバス通学でお願い! 着替えとか諸々は送っておくから!」
本当に軽いよ……。
こっちの頭が重くなってくる。
「彩陽ちゃんどうしたの?」
「あっ、いやなんでもないよ」
「そうなの? ふんふんふ〜ん♪」
こちらを伺ってすぐに笑顔に戻る緋空ちゃん。
ツインテールをフリフリさせてウキウキで歩く姿はやっぱり可愛らしい。
黒い髪が艶っぽく朝日を反射させて、天使の輪っかのようだった。
……のだけど、その裏にあの希死念慮の死神がいると思うやっぱり怖い。
「手を繋げば、何があっても一緒だね」
それはなんの含みなのかなぁ……?
もう10月で暑くもないのに背中に一筋の汗が垂れる。
こんな含みを持たせたことを言うのだから、不安で1人にしてられない。
考えてみよう。もしこの子が1人の時に通り魔なんかが出たら……。
多分緋空ちゃんは喜んでカットイン、インターセプトするに決まってる。
そんなのダメダメ! 絶対ダメ!
どうしようもない時ならまだしも、見れる時は見ておこう。
今は特に指先で突くだけで爆発しちゃいそうなんだから。
行けるなら行ってしまう気持ちは、残念なことに希死念慮の先輩として分かってしまう。
だからこそ、目の届く範囲では見ておく必要がある。
そんな僕の心労をよそに、緋空ちゃんはいつものウキウキ顔で僕の手を握っているけど、いつ変わるか警戒しなきゃ。
そんな感じで少し落ち着かないまま2人でバスに乗った。
緋空ちゃんがしっかり降りれるか見届けなければならない。
「降りる場所分かる?」
「分かるよ。おじさんに教えてもらったから」
「そっか、蒔川だよね?」
「うん!」
2人で小学校最寄りのバス停を確認しながら、立って揺られて到着を待つ。
普段歩きなのに遠回りしてバスに乗るのは少し新鮮で、近所なのに見たことない景色で溢れる。
意外なことにウチの高校の近くを通るらしく、僕と同じ制服を着た女の子が座席に座ってこちらを見ていた。
「あの赤髪って……」
「ほら、噂の……えっ、このバスなの?」
「子供……? 隠し子だったり?」
「いやいや、若すぎでしょ」
うん。流石に隠し子はあり得ないよ。
陰口を聞き流してるけど、刺さってはいる。
僕だって浮いているのは分かってるのだから。
「……ちゃん?」
そりゃ、家族を事故で失った人が突然人格が変わったように「僕はもう大丈夫だから安心してね!」なんて言い出したらおかしい。
上手くやってるつもりだけど、田んぼを埋め立てて建設されたマンションの敷地にまだカカシが残っていたら不気味なのと同じ。
異変を起こした人間が何事もないように、生活や社会に溶け込んでいたらそれは不気味だろうね。
「……ひちゃん?」
自分でも分かってる。
けど、こうするしか僕には分からない。
何をどうしたら良いか分からなくて、ただ悲しい場所に居続けたらダメだって思って、自分を変えようとして……。
色々考えたんだよ。
別に、あなた達は両親がいて良いねって言うつもりはないよ。
けど……なら放っておいてよ。
こんな僕がまともじゃないのは分かってる。
分かってるから……!
「彩陽ちゃん?」
思考がブラックホールに飲まれそうになっていると、かすかに声が聞こえて繋いだ腕をぐんと引っ張られた。
「あっごめん、なにかな」
すると緋空ちゃんは無言で手をヒラヒラとさせて屈むように促した。
膝を折って顔を近づけると、耳元で囁かれる。
「彩陽ちゃん……嫌われてるの?」
「……直球で来たね」
あまりにもストレートで僕もつい顔の筋肉が緩んだ。
緋空ちゃんはなんとなくそう思ったから聞いたんだと、顔に書いてあった。
「まぁ、流石に髪の毛とか、色々とね」
「そうなんだ……私と一緒だね!」
なぜか安心した顔で言っていた。
なにを確認したのか分からないけど……とりあえず緋空ちゃんがあまり学校で馴染んでないことは分かった。
「一緒ね……あまり自信もって言われると心配になるな……」
でも、なぜ……?
あの希死念慮の死神が学校では顔を出してるの?
いや、でも……それなら佐藤さんも気づくし、少なくとも僕に預けるなんてことはしないはず。
きっとうまく隠し通してるはずだ。
「でも緋空ちゃんって、可愛いくて嫌われる要素ないのに不思議だね」
「んー、でも仕方ないの。だからね、彩陽ちゃんも私と一緒で安心したよ。これで一緒に死ね……」
「あぁちょっと……!」
何を言おうとしてるのか気がついて、すぐ手で口を塞ぐ。
嘘。前言撤回。
僕といると死神は顔を出すみたいだった。
外であろうと気にする様子を一切見せず「死ねる」なんて言いそうになるのだから、気が気じゃない。
心臓の鼓動が速まる。
「むぐっ……ぷはっ。びっくりした」
「緋空ちゃん……学校でもそんなこと言ってるの?」
「ううん、彩陽ちゃんの前だけだよ」
ハァと胸の底からため息が湧き上がった。
ちらっと陰口が聞こえた方向を見ると、2人の女子高生と目が合う。
すると陰口が聞こえていると理解したのか、座席から聞こえる声は小さくなった。
それでも視線から忌避の感情はこちらに刺さり続けている。
「あれ、嫌だよね。彩陽ちゃん可哀想」
「まぁ……慣れたけどね」
共感する彼女にそう強がって見せた。
緋空ちゃんも同じなのもあったからだ。
それに慣れた……ってほどでもない。
いつでも家族のことを考えていたから気にしなかっただけ。
赤い髪にして、お姉ちゃんの真似をして家族を近くに感じられるようにした。
僕は1人になりたくなくて、お姉ちゃんの力を借りている。
僕は……1人で立てなかったんだ。
あぁ……どんどん暗い方に考えが行っちゃうな。
自分でも分かっていて止められない。
この黒い泥のような感情をなんとかするために、自分なりに努力してるのに……。
手を取ってくれないなら、僕の繋がりになってくれないなら……もう……。
(ダメダメっ!)
ブンブンと首を振って邪念を飛ばす。
そこまでで、考えるのはやめた。
「僕らの気持ち、分かってくれたらいいのにね」
「私は彩陽ちゃんの気持ちわかるよ。だから一緒がいいの」
こちらを覗き込む緋空ちゃんは、抱きしめたくなるほど愛おしかった。
甘えん坊で、聞き分けも良くて、笑顔が天使のように屈託がない。
歳の離れた妹のような緋空ちゃんを本当の家族のように感じている自分がいる。
「一緒に天国に行こうね!」
あの一言がなければ。
彼女の内側の闇を見ることがなければ暖かい感情で彼女を見れたのに。
あの穴のような目で見つめられて、一緒に死のうと言われたのを思い出すと、背筋が冷える。
天使の翼が全部骨で作られているかのように、おどろおどろしいものを感じた。
そしてそんな死神の囁きに共鳴するように、希死念慮が刺激される。
この子となら死んでも良いかもしれないという抑えてたものが溢れようとする。
「でも……ダメだよね……」
ただ、それに惑わされちゃダメだと押し殺す。
もうタイミングは逃した。
なら生きるんだ……!
私……いや、僕がこんなだと緋空ちゃんにも良くないから。
緋空ちゃんが生きたいと思えれば、僕も思える。
そうだ。あの子の繋がりになるんだ。
お母さん……よりはお姉ちゃんがいいけど、血が繋がってなくても、この世界での大事な繋がりになるしかないんだ。
「あっ着いた! 彩陽ちゃん、行ってきます!」
「うん、行ってらっしゃい」
そして目的のバス停で緋空ちゃんが降りていく姿を、僕は見届けた。
彼女がこれからも生きて学校に通う姿を現世に縫い止めるように、瞳に焼き付けた。
☆
昼休みに生徒指導室で注意を受ける。
校則違反の赤い髪について、定期的に呼び出され、何度も注意されている。
教師からもクラスメイトから鼻つまみ者だ。
教室に入るたびに視線を集めて、ざわつく人たちの前で苦笑いをしながら敵意がないことをアピールする。
なぜかみんな僕に話しかけたりすることはなかった。
挨拶をしくじった転校生のような気分で、ずっと学校に通っている。
教師からも似たような視線をよく浴びている。
「だからな星影……いい加減に髪色くらいは暗く出来ないか……?」
生徒指導とはいえ先生も僕の家庭事情を知っているから、ある程度気持ちは汲んでくれている。
気持ちは分かる。
いや分からないけど、痛みを抱えていることは理解している。
なんて言いながらも、ルールはルールだからと何度も呼び出してはやんわりと注意と矯正を促す。
「家族が亡くなって、気持ちが安定しないのは分かる。けど、もう一年だ。少しくらいは……」
目を細めて、なんと言うべきかと言葉を選ぶ先生の顔は居た堪れなかった。
困らせているのは、自分でも分かっている。
けど……。
「変わらないと……僕は戻っちゃうんです……弱い自分でいたくないから……」
ただそう伝えるしか出来なかった。
自分の中で分かりやすい変化をすることで乗り越えようとしただけなのに、妙に周りの視線が暗いものに感じる。
髪を明るくすると気持ちも少し明るくなる。
音も、変わった気がした。
「僕は……大丈夫ですよ。だから気にしないでください。髪色は変えないですけど」
穏やかに笑って見せる。
ただ上手く笑えてないのか、先生の顔はより一層悲しげになった。
校則違反に怒るわけでもなく、同情からくるであろう悲しさで顔が埋まる。
「分かった……今日はもう良い。でも、何かあったら絶対言うんだぞ」
「そ、それはもちろん! 僕は僕で……考えてるので。色々」
手のひらを先生に見せて笑うも、先生からはため息しか出てこない。
不良生徒で申し訳ありません。と心の中で謝る。
「じゃあ戻りなさい。とりあえずケンカとか夜遊びとか、問題を起こしてない限りは見逃すから」
「はい、ケンカとか怖いし流石に無理ですよ……」
「先生からしたらお前が怖いけどな……」
天井を見上げる先生に僕はどうしたら良いかわからず、ハハっと誤魔化すように笑うとさらに表情が曇った。
困らせるだけだし、僕なんか無視すれば良いのに……。
「分かりました。失礼しま……」
と指導室から出ようとすると、ノックと共に別の先生が入ってきた。
「失礼します……あら、いたのね」
そして僕の顔を見た瞬間、露骨に眉を顰めていた。
養護教諭の馬淵先生だ。
白衣をヒラつかせて高い身長からこちらを見下ろしている。
「ちょうどいいわ。赤い髪の彩陽ちゃんって……あなたのことよね?」
視線が僕の眉間の上に下にと動いている。
ただいきなり何を聞かれているのかさっぱり分からず、言葉が出ない。
そんな様子を見とって、さらに先生は腕を組んでこちらに言葉を投げた。
「妹だって言う女の子が来てるんだけど……?」
「……えっ?」
僕に妹はいない。
家族はお父さんとお母さんと、お姉ちゃん。
その3人しか知らないけど……。
「誰……?」




