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緋空ちゃんと協力して、なんとかカレーが完成した。
「出来たー!」
「上手く出来てるといいけど……」
見た目はとりあえずオッケー。
とろみのある茶色のルーに白いご飯。
波打ち際のように綺麗に盛り付けられている。
あとは味だけど……緋空ちゃんも色々手伝ってくれたし、多分大丈夫だよね……?
いや、もう食べなきゃ分かんないし。
それに……。
「隣がいいの?」
「うん、彩陽ちゃんの隣で食べる!」
2人ずつ対面する形になるダイニングテーブルでなぜか隣り合って用意されている。
なんかスペースがアンバランスだけど……。
そんなことを気にせず、緋空ちゃんは僕に向かって手を合わせた。
「彩陽ちゃん、いただきますは?」
「えっ、あぁ、うん。それじゃあ」
「「いただきます」」
両手を合わせて、声を合わせる。
久しぶりにそんなフレーズを唱えたなと思いつつ、カレーを口に運んだ。
「美味しい……っ! 美味しいね。緋空ちゃん!」
「自分で作ると美味しいんだって。ママが言ってたの」
あまりの達成感と自分にも料理が出来たことに感動していると、緋空ちゃんは「彩陽ちゃん子供みたい」と笑っていた。
……どっちがお姉ちゃんだか分からなくなってくる。
2人で姉妹のように、この家で暮らしていこう。
そう思った初日からパワーバランスが逆転してきてる気がする。
とはいえ
「カレーなら僕でも作れるんだな……」
それが分かったのは意外かも。
この子がいなきゃ気付かなかった。
一口、また一口と甘口のカレーを口に運ぶ。
「美味しい〜」
緋空ちゃんはお行儀良くスプーンを使って丁寧に食べている。
やっぱりこの家では末っ子だった僕としては、隣に自分より小さい子がいるとソワソワする。
小学生って高校生の僕からしたら子供に見えるけど、意外としっかりしてるものなのかな。
お姉ちゃんらしく口とか拭いてあげなきゃと思ってたけど、そんなのはいらないみたい。
「……? 彩陽ちゃんどうしたの?」
そんな風に緋空ちゃんを眺めていると、目が合う。
瞳が細く潰れて、幸せを表明する笑顔がこちらを照らす。
「ううん、なんでもない。美味しいね」
「うん!」
そして、キラキラとした彼女は食事中とは思えない言葉を口にした。
「美味しいね! 最後の晩餐!」
「えっ……?」
突然ナイフを突きつけられたかのような衝撃に全身が小さく跳ねた。
それにあまりにも唐突で、額縁に入れたい笑顔からは想定出来ない言葉だった。
「……どこでそんな言葉を覚えたの?」
「ユーチューブでやってた!」
「あ、悪影響すぎるなー……インターネット」
動画投稿してる側の僕が言えたことじゃないけど……。
苦笑いで誤魔化すと、緋空ちゃんはまた穴のように真っ暗な瞳をこちらに向けたまま仄かに笑っていた。
彼女は「あのね?」とまた静かな調子で言葉を発した。
「私ね、彩陽ちゃんみたいに笑顔がいいの」
「あの時……は」
あの時の僕は笑っていた。
嬉しくて、つい綻んでしまったのは自覚してる。
「いっしょに、わらいたいな」
柔らかく輪郭をとらえない声で、心に話しかけられる気がした。
「笑顔ね……」
通り魔の時は……清々しい気持ちでいっぱいだった。
けれど、良い笑顔じゃなかったはずだ。
何かを愛でるようなものでなく、破滅を望んだ顔なのだから。
「彩陽ちゃん。死ぬのって、きっと良いことなんだよね?」
「流石にそれは違うよ。そんなことない」
「でも、私パパとママに会いたい」
死んだとしても会えるか分からない。とは言えなかった。
僕だって死にたい。
どうしようもないくらい現実が嫌で、辛くて、孤独で寂しい。
テレビのニュースでいきなり家族がいなくなったことを知ったら、死にたくもなる。
僕だって……天国でお父さんとお母さん、お姉ちゃんに会いたい。
会えるかどうかは分からなくても、会えると期待してこの孤独と別れられるなら……それで良い。
「僕も会いたいよ……」
緋空ちゃんの言葉に、自然と僕の心は共鳴して叫び始める。
でも……でも死んだらダメだ。
それでも、こんなに小さい子が死にたいと考えたのは見過ごせない。
「けど、けどさ……」
だから、言葉に力を込めるんだ。
この子はまだまだ、生きて知るべきことがあるんだ。
無垢な天使に、早々にラッパの吹き方を教えるものじゃない。
だから、勇気を持って口を開く。
「緋空ちゃん、僕と一緒に生きるのじゃダメ?」
その言葉に緋空ちゃんは目をまん丸にしていたけれど、口は開かなかった。
「僕だって死にたかったよ。けど、緋空ちゃんを巻き込むつもりはないんだ」
その言葉を聞いて、黙ったままの緋空ちゃんは椅子からこちらへ体を乗り出して前のめりに僕を見た。
緋空ちゃんの目を通して、彼女の中にいる死神に見つめられてるようだ。
訴えかけるように緋空ちゃんは口を開く。
「でも私は……死にたいの。彩陽ちゃんの顔はスッキリしてて、良いことしてる顔だった。笑顔だったんだもん!」
「それは、誰かを助けられるからで……!」
「うそ! あんなに怖いのに、笑って、諦めてたもん……!」
僕はどんな笑顔をしてたんだろう。
流石に想像できないけど、きっと遊園地に入った時みたいな顔をしてたんだろう。
そのくらい、彼女を助けて死ねるなら……嬉しかった。
「あんな風に幸せなまま、パパとママに会いたいの……」
それは分かる、分かるんだよ。
僕も幸せだと……思ってた。
まともな死に方だと思ったから。
これから通り魔に刺されて死ねるというワクワクとドキドキと、心の奥底にある気持ちの解放で高まってた。
でもそれがこの子の希死念慮を刺激してしまった。
責任は、僕にあるんだ。
なら……ならっ!
僕が緋空ちゃんを生かさなきゃいけない……!
「うん、緋空ちゃんの言いたいことは分かったよ。でも僕は緋空ちゃんに生きてほしい」
自分で自分の中にある黒い感情を押さえつけながら緋空ちゃんに言った。
その言葉に、光を吸い込んだきり輝くことのない瞳はまっすぐこちらを見つめている。
恐怖心を飲み込んで、分かるように伝えてあげる。
「だからもし緋空ちゃんが生きることに納得出来なかったら、一緒に死んであげる」
精一杯の笑顔を彼女に向けた。
全てを取り繕おうと全神経が動いている。
果たすつもりのない約束を、本当の約束のように見せるために。
「本当!?」
すると彼女は途端に顔色を明るくする。
テストで良い点を取ったらご褒美をあげる。なんてことを言われたようなキラキラとした瞳がこちらを見ている。
「……うん」
「彩陽ちゃん! ありがと!」
ピクニックの約束をしてるんじゃないんだよ……?
その明るい返事と視線が痛い。
彼女は結局、どこまでを本気で言ってるんだろう。
最後の晩餐とか、到底本気と思えない。
白水緋空ちゃんという女の子の薄皮を剥がしてみれば、もしかしたら別人がいるんじゃないかと思うくらい。
無邪気な天使の心に破滅の悪魔が紛れ込んでいる。
無垢な緋空ちゃんの心の中の、希死念慮を死神を追い出すんだ。
そのつもりだけど。
「死のうとした僕が何言ってるんだろ……」
結局僕の中で希死念慮は消えていない。
ただ、やっぱりそれに巻き込むつもりはない。
死にたいけど、彼女に死んでほしくない。
もうグチャグチャな頭の中の思考を、無理矢理こねくり回して固めた。
例え説教くさくなっても、僕は大人として、お姉ちゃんとして向き合う必要があるんだ。
「彩陽ちゃん? 何か言った?」
「何も言ってないよ、ほらカレー食べないと冷めちゃう」
「うん!」
美味しいカレー。なんでこんな美味しいんだろう。
……あぁそうか。
あの日以来初めて、生きようと思って食べるカレーだからか。




