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「カレー♪ カレー♪」
楽しそうにスキップするような足取りでキッチンへ向かう。
鼻歌を交えてビニール袋から食材を取り出す様子を見ていると……何か夢を見ているのかと錯覚しそうになる。
その姿は先ほど心中を訴えかけてきた少女とは思えないくらい、明るく陽気だった。
「とりあえず……合わせなきゃ」
唾を飲んで、ふぅと気持ちを整えて彼女の隣に立った
「彩陽ちゃんは料理苦手?」
「……うーん。普段から料理はしないけど、箱を見た感じ出来るとは思うよ。一緒に作ろうね」
「うん! 楽しみ〜」
本当に死にたい子なのかな……?
なんてことを思えるほど目の前の食材に夢中な緋空ちゃん。
失敗したらまたあの顔に……いや考えちゃダメだ。
箱を見れば肝心のカレーはカップ麺よりは複雑だけど……切って炒めて水を入れるだけ。
思ったより簡単で助かる。
僕はさっきのやり取りを上書きするように緋空ちゃんに話しかける。
「とりあえず鍋を出して……あっ、踏み台あるから緋空ちゃん使ってね」
「うん! 私ね、野菜切れるよ! お母さんとやってた!」
「そうなの? 凄いねぇ緋空ちゃん……でも、さっきも言ったけど食材切るのは僕がやろうかな」
元気が良すぎる緋空ちゃんのテンションを抑えていると、目の前の天使は分かりやすく唇を尖らせて不服を訴えた。
「包丁持たせられないからね」
手首でも切って死なれたら困るし……。
食材カットは自信ないけど、僕がやるべきだ。
「最近キッチン使ってないけど、ピーラーもあるし……じゃあ緋空ちゃんは皮を剥いてもらおうかな」
ピーラーを渡してそう告げると、仕事をもらえて彼女は笑顔で頭を縦に振った。
いい子だな。
この笑顔からあんな空っぽな表情に変わることが信じられない。
ましてや8歳の女の子なのに。
笑顔から薄皮一枚を剥がせば、あの顔があるということを知って緋空ちゃんと向き合うことになる。
危うい女の子。
注意して見ていなきゃ……。
そんなことを思っていると、台を準備した彼女は手際良く野菜を洗って皮を剥き始めた。
僕もそんな緋空ちゃんに急かされるように鍋を出して、とりあえず食材を切る。
豚肉を切る。うん、そんな難しくはない。
「彩陽ちゃん、それじゃあ小さくなって無くなっちゃうよ?」
「えっ? 違うの……?」
細かく、正確に人差し指くらいの細さに切っていた。
「少し小さいかも。お母さんはもう少し大きかったよ」
「どのくらい?」
「んー、消しゴムくらい」
「メーカーによるなーそれ」
ハハっと笑ってとりあえず大きめに修正……。
ギターのフレットくらいだろうか?
とりあえず倍くらいで切ると、もう作業は終わったのか食材を入れるためのボウルには皮を剥かれたジャガイモと人参が置いてあった。
「あれ……? たまねぎは?」
「皮剥いたらなくなっちゃった」
「えぇ〜?」
たしかに皮剥いたら無くなるっていうけど……本当に?
しらーっとしながら、こちらと目を合わせないようにしている緋空ちゃんを見ていると……。
両手を後ろに回している。
「緋空ちゃーん? 回れ右できるかなー?」
「み、右ってどっちか分かんない」
「左でもいいよ。くるって回れるかな?」
「……ほ、ほら! にんじん! 彩陽ちゃんが切らなきゃ!」
思いついたようにそう言う緋空ちゃんの後ろを回り込んでみると……。
あった。
行方不明だった玉ねぎがひとつ。
「はい、見つけた」
そう言いながらとりあげると、露骨に口を膨らませて不満を表明してみせた。
「彩陽ちゃんのいじわる」
「好き嫌いすると大きくなれないよ?」
「いいもん。大きくなる前に彩陽ちゃんと死ぬから」
そんな一言がスルッと耳に入り、背筋が冷えた。
年相応に頬を膨らまして不服そうにする少女の唇の隙間から、また死を匂わせる言葉が飛び出した。
いきなり銃口を突きつけられる気分だよ。
緋空ちゃんはいじらしく瞼を細めて違う遊びを見つけたように言う。
その姿に得体の知れない恐怖が湧き上がる。
「あー、少しでも大きい姿を見せてあげたいでしょ?」
本当に何を言ってるのか、自分でもよく分からなくなる。
緋空ちゃんは本当の妹みたいに人懐っこくて可愛いのに、本気で死のうとしてることがピースの欠けたジグソーパズルみたい。
絶対完成しないと分かったまま、パズルを作ってる気分だ。
「天国へ行けば変わらないもん……」
小さい体から大きくふぅーんと、息が漏れる。
「とりあえずそういうこと言うの……やめない?」
「やめなーい」
緋空ちゃんは拗ねた表情で口を尖らせならイタズラに言った。
「そっか、じゃ……早くカレー作ろうね。大丈夫、箱の通り作れば玉ねぎも美味しくなるよ」
「うん! そうだね!」
表情がコロコロと変わる。
今度はまた中身の伴った笑顔になる。
この子の心のバランスは……どうなってしまってるんだろう。
向き合おうにもどうにも怖くて、僕は今の言葉を聞かなかったことにして、包丁を手に取る。
「あっ! あのね彩陽ちゃん! そういえばママは玉ねぎは小さくしてた! そうすると溶けちゃうんだって!」
「そ、そうなんだね。うん、頑張って小さくするね」
玉ねぎを切って、鍋に入れるとパチパチと弾けるように色付いていく。
僕はその音と緋空ちゃんの快活な言葉を聞きながら、心に溶け込んだ彼女の「死にたい」という言葉が引っかかり続ける。
玉ねぎは小さく切ればルーに溶けるだろうけど、きっとその感情は消えないんだろうな。
止めるべきとか願いに寄り添うべきとか、そんなものでは括れない。
なんかダメ。
本能的にそう感じてしまう。
小さい頃から苦手な食べ物がない僕にも、食べ物の好き嫌いが生まれる理由が分かる気がした。




