8-2
山を下って森林公園に入ると、視界の上は火花のような紅葉で埋め尽くされてる幻想的な光景に、僕の頭の中はフレーズで溢れていく。
上から見ていた景色に溶け込んでいるようでテンションが上がる。
この時しか見れない特別感に浸るのは気持ちがいい。
しかし手を繋いで歩く隣の天使様は、やはりどこか不服なようで唇を尖らせている。
「むー……」
「また今度、別のモチーフにチャレンジしてみよっか」
緋空ちゃんの絵は順調に紅葉を描き出していた。
それはもうびっくりするほど美しい光景。
途中までは赤に黄色と、向かいの山を紅葉が燃やしていた。
ただ……それも途中から、どこか毒々しい風景になってしまった。
前半までは赤の綺麗な色鉛筆を握っていたのに、後半首を傾げ、何かに引っ張られるように紫の色鉛筆を握って木々の枝葉を染め上げた。
「紫にしちゃうの?」
「うん……赤じゃダメな気がしたの。怖い絵になっちゃうのは分かるのに……」
結果出来上がったものは、紅葉が紫の葉を付けた木々へとグラデーションしていく山の風景画。
確かになんか瘴気めいたモノで汚染されていくかのような、不気味な怖さみたいなものを感じる。
「ま、まぁ鏑山のあたりって鬼がいるとかの伝説があるし……多少怖い雰囲気でもいいんじゃないかな。今回は紫色の紅葉ってことで」
「鬼がいるなら青にしてた」
それはそれでいいのかな……?
まぁ紫色の紅葉っていうのも意味が分からないけど。
ただそれでも緋空ちゃんの絵は芸術的で美しいと思えるけれど、やはり彼女の思い描いたものとは少しズレているようだ。
はぁと重めの溜め息を漏らしている。
「早く描けるようにならなきゃいけないのに……」
「急ぐ理由があるの?」
するとまたぷくーっと頬を膨らませて、目線を紅葉の方に散らしながら言葉を漏らす。
「どうしても綺麗に描きたい絵があるんだけどね、また暗くなっちゃうのが怖いの」
「そうなんだ」
「その絵はね? 綺麗に描きたいの。絶対」
視線に力を込めてこちらを見る緋空ちゃんに、僕は少し目を丸くした。
力強く、今までのどこかふわふわとしたようなものとは違うものだった。
活力とか、生命力とか、そう言うものを感じる。
そんなに想いを強めるものがまだ彼女の中にあるらしい。
「そんなになんだね。どんな絵?」
それが何気なく気になって聞いてみると、一気に慌てた表情になって今度は顔を逸らした。
珍しいな……まるで普通の女の子みたいだ。
いや女の子なんだけどね?
「まだダメなの! まだ描き途中だから」
「そうなの……?」
「大切な絵なの……いつか見せるから……」
「そっか」
「う、うん! 行こっ!」
ブンと強めに手を振って、また歩き出した。
木漏れ日が少し赤みを帯びて僕たちを照らしている。
この紅葉も、もうじき終わる。
血が通ったような綺麗な色だけど、これもまた枯れたような色合いになると思うと……どこか複雑な気分になる。
けれど、こんな風に世界が見えているのは久しぶりな気がする。
頭の中にメロディが鳴る。
ハイの抜けが気持ちのいい、風が吹き抜けていく曲。
明るいコードの音色の鳴る旋律の余韻、そこをハイノートのアルペジオが吹き抜けていくような……。
どこまでも、いつまでも聞いていたくなるような曲。
「まぁいいんじゃない?」
歩きながら、未来へ差す光を見つめるように顔を上げて伝えた。
けれど、ちらりと緋空ちゃんを見てもそんな明かりは彼女の中で灯ってはいないようだった。
「でも……上手く描けないと……」
ギュッと強く握られる手に、僕はもっと大事なものを掴まれている気がする。
離したくない何かが、きっと彼女の中であるんだ。
「大丈夫だよ。僕はずっと見ててあげるからさ」
一歩大きく踏み出して、ぐるりと回転して膝を折る。
緋空ちゃんと目線を合わせて、笑ってみる。
「本当に……?」
あの家出以来、この子の表情は確実に変わっている。
寂しさが極まったり、ふとしたきっかけ希死念慮の天使が顔を出して穴のような瞳をこちらに向けることはある。
ただ、そこに温度が込もっているんだ。
穴の暗い暗い奥から手を伸ばすような、そんな力や温度を感じる。
確実に変わってる。
今までは希死念慮の死神がそのまま顔を出したような、歪な笑顔と開き直りで縫い付けられた顔。
だけど今は死にたいという諦めを受け止めた中で、薄暗くも悲しさを込めた表情がまっすぐこちらに向いている。
感覚でしか分からない違い。
同じように希死念慮を抱えて、そこの執着から離れた僕だから分かる。
緋空ちゃんはこうして寂しさの埋め方を死以外に見出そうとするように、僕のそばにいようとする。
「緋空ちゃん、リュック貸して」
「んー? 分かった」
そして緋空ちゃんから受け取ったリュックを背負って、指でトントンと目の前に立つように促す。
「ここ?」
「うん。いくよ……っ!」
「えっ? あっ……うわっ!」
足の間にグイッと頭を入れて、思い切り全身に力を入れて持ち上げる。
「よいしょ……っ!」
「うわぁ……高いの!」
肩に乗った緋空ちゃんは想像よりもずっと重くて、いろんなものが詰まっていることが分かる。
悲しみも喜びも、全てが彼女の中で蓄積されているかのようだった。
「ふふっあはは! お空に手が届きそう!」
楽しそうに笑う声が頭の上から聞こえてくる。
普段と違う景色を少しでも見ていけば……変われるはずだ。
1人だった時から、緋空ちゃんが来てくれて変われた僕だから分かる。
少しでも、前を向こう。
僕はきっと、もう大丈夫。
けど、生きて行く未来に緋空ちゃんがいてほしい。
だから空を見て、前を見て、色んなものを見ていこう。
君は僕に光をくれた天使なんだよ。
「彩陽ちゃん、重くない?」
そんなことを見透かしたように彼女に聞かれて少しドキッと胸が跳ねる。
確かに……色んな意味でまぁ重いかも。
「緋空ちゃんは重くないよー。ギター背負ってるし鍛えられてるからね」
2人で吹き出すように笑う声がこだまのように連鎖して、公園に響いている。
☆
「大丈夫? 眠くない?」
「眠いけど頑張る」
「眠くなったら言ってね」
ギュッと手を握り返してくる小さい天使に微笑みを返すと、彼女も答えるようにこちらを見上げて笑った。
白桃のような柔らかく沈み込む手の感触の奥に、確かに体温を感じる。
彼女と共に生きている。それを感じられることが嬉しいんだ。
そんな僕たちを彩り始めた道すがら、また僕の色は奪われる。
「やーやーどこ行ってたの! 休みにお出かけするくらい元気になったんだねー」
目の前のサングラスをした派手な格好をした男の人の声が、騒がしく周囲に響いた。




