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通り魔から小学生の女の子を助けたら同居と心中を申し込まれた女子高生の話  作者: 鳩見紫音
7.希死念慮と告白

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7-3


 付き合うってなに?

 一緒に住むってなに?

 繋がりって……なに?


「付き合おう!」


 頭の中で反響するその言葉に、なんと返答したら良いかわからない。


 どうしたらいいのか、どうすべきなのか。


 こんな悩みで夜は眠れなかった。


 お姉ちゃんに相談したらきっと僕にこう言うと思う。


「彩陽ちゃんはどうしたいのかな?」


 今は……お母さん、お父さんに……彩沙あやさお姉ちゃんに会いたい。


 それは今”も”かもしれない。

 出来ることなら、願いが叶うならそうしたい。


 その次だと「緋空ちゃんと生きたい」だと思う。


 その2つで両手が埋まったのに、花蓮ちゃんの言葉で何かを捨てなきゃいけない気分になっている。


「だからね、今度美術のコンクールって言うのに参加するの」

「そうなんだ」


 普段からお絵描きの話や、気になったこと、見たものの発見を話してくれる緋空ちゃん。


 曲やお絵描きのインスピレーションのために、お互いよく見たものについて話をするのだけど、今はどこか気もそぞろだった。


 彼女のキラキラとした視線を、どこか受け流してしまう。


 入ってはきてるのに、出ていく言葉が思っている方向と少しずれている。


 口の端から溢れるように。


「それでね、出来上がったら彩陽ちゃんにも見てほしいの」

「うん……そうだね」


「彩陽ちゃん?」

「えっ?」


 隣の椅子に座った緋空ちゃんがこちらに体を寄せて顔を覗き込んできた。


 ダイニングテーブルを2人隣り合って座ってる少しヘンテコに思える状況にも慣れて、彼女の顔を見下ろした。


 こちらの頭の内までもを差し込むような光を帯びた瞳がこちらを捉えている。


 視線がこちらへ質感を伴って飛んできている気がする。


 心配させちゃってる……。


「何かあったの? 元気ない? 大丈夫?」

「あぁ……あのね、いやちがっ……うん、大丈夫だよ!」


 自分でも頭の中で言葉が空中浮遊してるのを感じながら笑って見せると、緋空ちゃんも笑って返した。


「なんでも言ってね。私ね、彩陽ちゃんと一緒にいて凄い幸せだから、力になりたいの!」


 パチリと瞼を閉じて笑って見せる。

 その言葉は天使の翼のように暖かい。


「あっ、あぁ……じゃあ、た、例えば」


 そして唾を飲みんで、自分の中で結論が出てない質問を投げようと、思い立った。


「花蓮ちゃん……も一緒に住むって言ったらどうする?」


 自分でも慎重に慎重を重ねたつもりだった。

 緋空ちゃんはあまり花蓮ちゃんをよく思っていないだろう。


 僕を連れ去ってしまうような相手だと考えているんじゃないか。

 僕が緋空ちゃんだったらそう思うだろうというところまで考えは至っていた。


 だからこそ、慎重に花蓮ちゃんの言った「家族になって一緒に住めば解決」という提案について話を振ってみた。


「……えっ?」


 ただ、僕の一言に緋空ちゃんの顔は分かりやすく変化したのだ。

 湖の上に張った薄い氷を慎重に触ったはずが、一気にひび割れるように。


 こちらを心配する様子から笑顔、そこから大きく落ちていく。


 目を見開いて、口が軽く開いた。


 こちらに穴すら空けられないような無温の視線がこちらに向く。


 その表情は不協和音のような、全てが崩れ落ちるような……。

 その顔を見て、僕は適当なチューニングでギターを弾いたと時のような鳥肌が全身に走った。


「あっ! いや、違うんだよ?」

「見つけちゃったの? 他の人……」


 慌てて何かを訂正しようと頭を働かせるも、彼女の言葉に頭が急停止してしまう。


 それだけで、何が言いたいかがわかってしまった。


 希死念慮の死神が顔を出す。彼女の目から光が消える。


 チャコールグレーの澄んだ瞳が淀んでいく。


 冗談や例え話の体裁をとっていても、それは現実を伴う質問だと分かるものを彼女にぶつけてしまった。


 彼女の心で何かが崩れる音が聞こえた気がした。

 確実に足の踏み場を間違えて、床が抜け落ちてしまうような錯覚を覚える。


 僕には花蓮ちゃんという心の拠り所がもうひとつ出来ようとしていたけど、緋空ちゃんはきっとまだ……。


「他の人……あの人……また私だけ1人なんだ……」


「緋空ちゃん? 違うよ……?」


 声が彼女をすり抜ける。


 流石に無遠慮すぎた。


 彼女にとっては僕だけが繋がりだった。


 それは誇張でもなんでもなく事実だ。


 後から追いかけてくるように、言葉が整理されて頭に浮かぶ。


 心中するつもりで、僕に抱きついて離れず、一緒に住もうと提案したのも、緋空ちゃんがきっと心を寄せられる相手は僕だけだったからだ。


 心を寄せて、想いを共有して、一緒に死にたいと思ったはずなんだ。


 佐藤さんだって、この子が死のうしてるなんて考えもしてないはず。


 彼女の抱えた闇を打ち明けたこと、そして一緒にいて僕と一緒に笑ってくれていることの重みを、もっと感じて理解するべきだった。


「ごめん……緋空ちゃん、そういうつもりじゃなかったんだよ」

「ごめんって何が……?」


 今にも何かが壊れそうな声色で緋空ちゃんはこちらに語りかける。


 震えて、感情すらも感じられない声に僕は言葉を挟めない。


 こちらに入り込むとは少し違うのに、なにかにつけ込まれてるような圧を感じる。


「私と死んでくれるって嘘だったの……?」


 こちらを見る目線は光線のように一切ブレることなくまっすぐで、なにがグズリとするような湿った声でこちらに語りかける。


 その声が頭の中でディストーションとコーラスとディレイとリバーブとファズとスライサーと……。


 持ってるエフェクターを全踏みしたような音で脳内に広がった。


 ……だめだ。

 

 今起きてることをいろんな角度でまずいと理解できてるのに、どうしたらいいかの答えが思いつかない。


 彼女に適切な言葉を与えなきゃと思うけど、自分の中で色々な感情が乗っかっているせいかノイズになって整理がつかない。


 嘘を吐いていたことを謝るか、タイミングを間違えたことを謝るべきか、置いていったことを謝るべきか、全部を合わせてごめんと謝っても、何も伝わらない。


「ねぇ……彩陽ちゃんも私を置いていっちゃうの? ママもパパも……彩陽ちゃんも……」


 でも……この状態の女の子になんて声をかけたらいいのか分からないよ……!


 1人になんてしない。


 けど外に心の居場所を見つけてしまった僕が、そんなことを言っても彼女にはきっと響かない。


 孤独で、それと戦って、答えを見つけて、縋るように僕のもとへ来たんだ。


 心中という最初の目論見は外れたかもしれないけど、幸せだって言ってくれた。

 いや、今も心中したいと思ってるかもしれない。


 それでも僕は少しは彼女の寂しさを埋められていたのに。


 そんな緋空ちゃんに僕は……。


 自分の中にも存在していたはずの希死念慮を、緋空ちゃんの知らないところで薄めていた。


 花蓮ちゃんがいることで、同い年の親のいない仲間として辛さを共有して安心していた。

 緋空ちゃんとは少し違った角度で、僕は花蓮ちゃんにも救われていたんだ。


 それは、目の前の女の子を置いて1人助かろうとしてるように見えてもおかしくないと思う。


「そっか……」


 僕が答えに迷ってると、緋空ちゃんは1人で納得したように笑った。


 さっきの空っぽな笑みとは違う。

 少し諦めと悲しみと、寂しさが混じった笑顔だった。


「……お風呂入っておやすみするね。ごちそうさま」


 そして、緋空ちゃんはハンバーグを残して席を離れた。


⭐︎


 そして、緋空ちゃんは想像を超える行動に出ていた。

 昼休み、人通りの少ない階段の踊り場でスマホに改めて問いかける


「それって、どういうことですか……?」

「いやどういうことも何もそのまんまだよ」


 昼休みに入りすぐ、突然佐藤さんから連絡が来た。


 緋空ちゃんが学校に来ていない。


 最近は緋空ちゃんも慣れたみたいだから一緒のバスとまで行かなくても、バス停まで見送っている。


 今朝だって見送ったのをしっかり覚えてる。


「学校から登校してないって連絡があったんだけど、なに? 風邪でも引いた?」


 スマホから聞こえる佐藤さんの声に、頭が急かされる。

 なんて言ったら……。


 欠席の連絡がなかったから学校は、あくまで名目上の保護者である佐藤さんに連絡をつけたみたいだ。


 体育祭の時になんとなく僕のことは伝わっているけど、こういう時は佐藤さんに連絡が行くらしい。


 それにしても降りずにどこへ……まさか家出?


 背中に冷たいものが走った。

 息を大きく吸い込みながら


「聞こえてる? 何か知らないの?」

「えっ……あっ、いや……」



 言葉に詰まってしまう、だって僕も知らない。

 なんで緋空ちゃんは学校に行ってないの。


 今日もあの子を見送った。

 バスを降りる時に手を振っていたのに……。


 そうやって言葉を選びあぐねていると、スマホの向こう側の佐藤さんは少しだけ気だるそうな声を発した。


「んー? まぁ一応風邪だって言っといたけど、大丈夫そう?」


 風邪なんかじゃない……けど、それを素直に伝えるわけにはいかない。

 でも素直に家出とも言えないから、僕はとりあえず調子を合わせた。


 昨日の今日で、僕自身も少し調子が悪い。


「あぁはい大丈夫です。すいませんわざわざ」

「しっかり連絡してよー? 仕事中に連絡来るのめんどくさいんだからさ」


 たしなめるように佐藤さんは電話越しで笑っている。


 それどころじゃないんだ。


 緋空ちゃんがどこかへ行ってしまった。


 けど……どこへ?


「いやーでもさ。話に聞いたけど、あの子って絵上手いんだってね」


 考えている最中、電話を切らずに話を始める佐藤さんの言葉は耳元のスピーカーから反対の耳へ抜けていく。


 どこだろ……?


 というか、いきなりすぎて何から考えたら良いのか分からなくなってくる。


 合鍵は持たせてるから、僕が家を出るのを見計らって寝てる? いや無い無い。


 少なくとも佐藤さんの家には帰ってない。


 今考えるべきは行くとしたらどこか。だけど……。


 どこに行くかの宛てが見当たらな……いや、あるっ!


 一箇所だけ行きそうなところがあった。


「描いてるとこを見たことはあったけど、作品自体は見たことがなかったんだよね。あんな特技あるなら別にウチでも……」

「あのっ! 前の住所ってどこですか……?」


 強引に話を打ち切って、強くスマホに声を飛ばす。


 すると佐藤さんのトボけたような声に勝手ながら少しイライラしてしまう。


「えっ? あー、俺の前の住所って実家だし」


 そんな話をしていない。

 冗談を言ってる場合じゃないのに……!


 家出を隠しておいて自分でもどうかとは思うけど、少しずつ焦りが苛立ちに変換されていっている。


 けど佐藤さん自身も緋空ちゃんが家出してるなんて思ってないから、この勘違いは仕方ないとお腹の奥を沈める。


 でも焦り自体はどうしようもなく隠せないみたいで、催促の声色は自然と強まっていた。


「佐藤さんのじゃなく! 緋空ちゃんのです!」

「あぁ、緋空の?」


「緋空ちゃんが家族で住んでた家の住所! 教えてください!」


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