7-2
「いやー良い買い物したね!」
「まだ買ってないよ」
「そうだったー。でもいいよね」
「うん、気持ちは分かる」
電車内でぐーっと天井へ伸びをしながら気持ちよさそうに背筋を伸ばしている。
ちょっと放課後に出かけるだけで、もう周囲は風景は真っ暗だ。
「やっぱりテンション上がるよねー! しかも憧れのギタリストに見てもらったし!
「僕は何もしてないのに、元気だなぁ……」
その一言で思い出す。
なんでこの子は、こんな元気なんだろ。
「花蓮ちゃんは、なんで元気なの?」
思ったことがふと唇の隙間から滑ってこぼれ落ちた。
「え? ご飯食べて、友達と買い物して、好きな話出来てる状況で元気出ない方がおかしくない?」
「そういうことじゃなくて……」
「あぁ! 両親がいないのにってこと? でも答えは変わらないよ? この状況で元気出ない方がおかしいと思うけど」
「どうやって……立ち直ったの……?」
また聞くと、にへらーと少し緩んだ笑みを浮かべながら口を開く。
「いやーまぁ立ち直ったというか……私に関しちゃ壊れちゃったんだと思うな」
「壊れた……?」
すると声色を一切変えずにこちらを見て口を開く。
「私ね? 今はお祖父ちゃんの家にいるけど、最初は叔父さんに引き取られたんだ。ほら、お祖父ちゃんの負担になるからって」
「うん」
「その時にね……暴力を振るわれてたんだ。どんな暴力かは想像に任せるけど、その時にプツンとね。生きるのもどうでもよくなっちゃった」
電車の天井を貫通して空を見るように顔を上げている。
そんな話をしてる時にも、彼女の笑顔は将来の夢を語るような輝きを失わなかった。
「……それで?」
「そんで死のうと思ったけど、ただなんかもったいなくなっちゃったんだよ。まだやってないこともいっぱいあるなって」
人差し指を顎に当てて、こちらを上目遣いで見つめる。
高く跳ねるような声色から「死のう」と言う言葉が漏れても、遊ぶと同じ意味に聞こえてくる。
「だからね? いつでも死ねるし細かいことを気にするのはやめたんだ。困ったら死ねばいいんだしって!」
確実に死生観が壊れちゃったと思う。花蓮ちゃんはそう付け加えた。
いつでも死ねるから、気にしない。
本当に嫌になった時に死ねば良い。
でもそう考えるようになったら、物事が都合よく行くようになった。
目の前の明るい女の子は、そう言ってカラカラと笑う。
普段と表情は一切変わらない、買うギターを決めた時のような明るさを保っている。
それが少し……緋空ちゃんに重なる。
「死にたいとは……もう思ってないの?」
「思ってるよ? いざとなったら飛び降りよっかなって感じ」
ピョーンってね。と手のひらって飛び降りるジェスチャーをしてみせながら笑った。
「まぁ痛いからやらないけど」
「死ねよりマシってこと……?」
「んー、ちょっと違うかな。困ったら全てを無かったことにできるボタンを常に持ってるから、何か起きても気にしない感じ」
いつでも自爆出来るなら無敵。
そんな勢いでこちらを見て笑う。
「でもさ、残されてる人がどうとかは考えないの? お祖父ちゃんとかいるんでしょ?」
「ん? 別に死んじゃったら関係ないよ?」
平気でそんなことを言ってのける彼女を見て、壊れているのを実感する。
残された側である僕たちなら、誰よりも悲しみを理解できるはずなのに、勘定に入れてないんだ。
そう考えると死のうとすることって凄い身勝手な行動なのかも……。
間接的な自殺未遂を行なった僕だけど、喉の奥が熱くなる。
「まぁ今のところわざわざやる理由もないし、楽しいから生きてるよ。彩陽ちゃんとも仲良くなれて嬉しいな」
僕は、緋空ちゃんの繋がりになりたい。
それで生きる理由を見つけてくれたらと思ったけど、花蓮ちゃんは……。
「でも、何かあったら死んじゃうんだよね?」
「うん、そうなるね」
「友達になれたのに」
「うん」
「悲しいよ……僕は花蓮ちゃんいなくなったら」
自然とそんな言葉が漏れていた。
「悲しいと思ってくれるんだ。嬉しいなー」
そして、そんな心からつい溢れてしまった一言を、花蓮ちゃんは羽のような声色で噛み締めていた。
「けどさ、私はこう考えてるから彩陽ちゃんとも友達になれたんだよ。何も怖くないから、仲良くなろうと思えたんだ。そこが変わっちゃったら私じゃなくなっちゃからね」
身体を少し前に倒し、こちらを向いてピースをしながら花蓮ちゃんは笑った。
その笑顔が、どうにも悲しかった。
西陽は落ちきっていて車窓からの明かりはなく、ただ窓の世界が暗いだけで彼女の心の奥を投影してるように見えてしまう。
どんなに笑っていても、花蓮ちゃんの選択肢には死ぬというものが居座ってる。
花蓮ちゃんは何を言っても変えるつもりがないのが分かった。
緋空ちゃんとは違う。
迷って死のうとしてるわけじゃなくて、もう結論が出てる。
それが他の人にとって間違っているとしても、他の選択肢と比べた上で生きるのを辞めてしまえる。
音量を最大にしたまま、アンプからシールドを引っこ抜くよりも気軽に。
「じゃあもし花蓮ちゃんが死んだら、僕は誰よりも悲しむことにする。花蓮ちゃんの生きる理由にならなかったことを悲しんで悔やむよ」
僕は両手で彼女の手を掴んだ。
体温を分け与えるようにそう言葉にして伝えた。
「でもそれはそれとして、花蓮ちゃんが花蓮ちゃんらしく生きることが出来たんだって思うことにする。悲しませないでとは言わないから、僕のことも思い出してほしいな」
「……そこで笑うんだ」
僕は笑っていたようだ。
どんな笑いだろう、苦笑いか……微笑か。
「それ、僕が花蓮ちゃんに何度も思ってるよ」
……羨ましいとも思った。
それだけ割り切れる生き方をしたい。
だから素直に友達になってくれた花蓮ちゃんを、大切に思ってることを伝えよう。
せめて……考えたくはないけれど、死のうと思ってしまった時に僕のことも思い出してほしい。
あなたは大切に思われてた。
自分の人生を自分のものだけじゃないと思えるほど。
それを感じてほしい。
それでも悲しみや衝動が死ぬことを止めないなら、きっと誰も止められないから。
「えっと……あのね、だからさっ! 今は……今は……僕がいるというか、なんというか……」
ギュッと手を握ると、花蓮ちゃんは握り返してくれた。
分かったと、体温や手を握る力で答えてくれる。
そして、なにかに気づいたようにサイドテールがぴょこんと跳ねた。
「……彩陽ちゃん、もしかして私のこと好き?」
「はぇ?」
いきなり飛んできた質問が何を聞きたいものなのかが分からなかった。
友愛を確認したいのか、なんなのか。
けれどそんな時に「好きなの?」なんて聞き方をするだろうか。
変な声をつい出してしまいながら迷っていると、空いた方の手で僕の手を上からさらに握り返す。
指を動かして、触れる部分を撫でた。
「あのさ、多分だけど……私は好き。好きになっちゃったかも。彩陽ちゃんのこと」
「いや、だからそれが何を……」
「ねぇ、付き合おう私たち」
「はい?」
目をパッチリ見開いてこちらの指を手の甲からスベスベと撫でながら、そうやって口にする。
サテン塗装が施されたよう指の滑らかな感触に、尾てい骨から頭がい骨まで電流が走ったようにゾワっと弾けた感触が走る。
「付き合えば良いよ! うん、そうだよ! ほら!」
「ちょ……本気?」
そうだそうだと、勝手に1人で納得しながら彼女はこっちに向ける視線を輝かせる。
「うん、それであの緋空ちゃんも一緒に住めば解決じゃん! 家族になろうよ!」
家族、という言葉に心臓が跳ねた。
その一言は僕にとって意味合いが重すぎる。
一瞬で首を縦に振ろうと思えてしまう。
「えぇ……? あ、いや、家族って」
心臓が速い。
ヘリコプターのように、ドラムのツーバスのように、速く速く鳴り止まない。
そしてそれを理解したかのように電車のドアが開いたので飛び出した。
〈千歳ー千歳駅ー〉
「あっ! 僕ここだから! じゃあね!」
「えっ! あ、そっか。うん! 分かった、また答え聞かせてね!」
聞き間違いでも冗談でもない……!
なんで急にこんなこと言い出すの……!
頭の中の考えを振り払いながら、僕は家まで走った
☆
走っても、頭はスッキリしなかった。
付き合おうなんて初めて言われた。
どういう気持ちで言ってるのか、でも「家族になろう」という言葉には強く惹かれるものがある。
僕にはもう家族がいない。
緋空ちゃんがいても喪失した事実は変わらない。
けれど家族がいないもの同士寄り合えば、何か心に大きな繋がりを感じれるのではないかと思ったら。
「でも緋空ちゃん……絶対嫌がるよなぁ」
あの時は敵意が尋常じゃなかった。
芸術家の巨匠みたいに何かオーラのようなものをキャッチしてるんだろうか。
危ういオーラだったら緋空ちゃんも出してるんだけどな。
最近はその危うい希死念慮オーラも、減ってきたように感じるけど。
希死念慮の死神から普通の天使へと変わっている。
「ただいま」
「おかえり! 遅かったね……?」
トタトタと玄関の閉まる音に反応して我が家の天使様がお出迎えに来ると、語尾の方で眉が吊り上がった。
「……んー?」
すんすんと何かを嗅ぐように鼻を鳴らして、湿度のこもった視線をこちらに向けている。
「えっ何……? どうしたの?」
「なんか……別の人の匂いがする。浮気の匂い」
「えっ!?」
僕を透かしてその後ろを見るようにこちらを凝視している。
あまりにも直球で心の柔らかくなってる部分を突かれて声を上ずってしまう。
目の前の女の子はこちらを見上げながら首を傾げた。
「匂いはウソだけど……彩陽ちゃんがなんか違う」
「えっ、あっ……いや、そうかな?」
この子……やっぱりオーラか何か見えてる?
「うん。なにかあったの?」
「あー……なんでもないよ」
それに緋空ちゃんはそれ以上何も言わなかった。
ただ下唇を少し噛んで、こちらを見る。
空気が少し、冷たくて居た堪れない。
「そ、それよりさ! 今日は何作ってみよっか。遅れちゃったから何かリクエストあったら言ってね」
「うん……寒いからお部屋入ろう?」
そう言って僕の手を引く緋空ちゃんの手は少し震えていた。
その時の僕は「寒くなったのかな」なんて考えていた。




