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流石にカレーと違ってオムライスはハードルが高かった。
難しいというか、やることが多い。
「あのね、私、トロトロじゃないやつが好き!」
「じゃあ固焼きにして巻くのか……オムレツは難しいしそっちのが嬉しいかも」
色々と炒めて、チキンライスを作って、それをよそに置いておいて、卵を溶いて、ある程度薄く焼いて、乗っけて、巻いて……。
オムライスが得意なお母さんはこんなことを毎回やってたのかなって思うと尊敬しかない。
それに腕力も凄い。
卵を焼いているフライパンを持ってみて、これにご飯を入れたら重くて返せる気がしなくて絶望してる。
現にフライパンだけでも返せる気がしない。
「あーこれ……巻くの無理だね。技術が足りないかも」
「えー? 出来ないの?」
「うん、だから上から被せよう。それでも多分形にはなるよ」
だからお茶碗でチキンライスを山のように形づくり、その上に薄焼きの卵を被せることにした。
「できたー! すごい綺麗!」
「うん、意外と形になった。なんとか出来たね」
黄色い円形の山が2つ、お皿の上に盛られる。
「ケチャップで絵描く!」
「冷めないように急いで描こうね」
「分かったー!」
お皿を2つリビングのテーブルに隣り合わせで置いて、事前に用意していたケチャップと爪楊枝を使って緋空ちゃんは何かを描き始める。
絵が完成するまでやることがないから、とりあえずの洗い物をしていると何分も経たずに「出来たー!」と声が聞こえた。
「彩陽ちゃん見て! お揃いにした」
手をヒラヒラさせて呼び寄せて、僕に自慢するように緋空ちゃんはオムライスを見せつけた、
「はいはい……おぉ、ケチャップでこれは凄い……っ?」
2つとも同じ絵で、そっくり描く精度にも驚いたけど、そのモチーフに言葉を失った。
「これ……天使?」
ピクトグラム……と言うのだろうか、翼と輪っかの生えた人間だった。
丁寧に爪楊枝で形が一緒になるように形を整えられていて、ケチャップなのに翼の質感まで表現されている。
「私たちを連れてってくれる天使だよ」
どこに? とは聞けない。
聞けるわけがない。
作り笑いを苦笑いというけれど、本当に口の中が苦くなる。
「……そっかー! うん、ユートピアに連れてってくれるんだろうね!」
強引に切り替えようと、頭が自然と働いた。
「ユー……? これは私たちを天ご……」
「ユートピアだよ! ユ! ウ! ト! ピ! ア!」
無理やり肩を掴んでそう言いつける。
「いや、だから天ご……」
「頑なだなぁ……!」
ユートピアと天国、何が違うかさっぱり分からないけど、この子の中で完結させてはいけない。
生きるための食事になんてものを描いてるんだこの子は。
必死に伝える僕の形相にびっくりしたのか、緋空ちゃんは口を尖らせて不服を表明しながらも「うん」と首を縦に振った。
「そ、それじゃあ、食べようか! せっかく2人で作ったんだから冷めちゃったらもったいないよ!」
「……うん! オムライス好き!」
スプーンを渡すと緋空ちゃんは即座に口に運んで、顔を綻ばせた。
この瞬間はこの子が世界で一番幸せ。そう言えるほどの笑顔で。
「美味しくて幸せ〜!」
「良かったね。僕も食べ……」
同じく隣で食べようかなと、オムライスを眺める。
あくまで絵とは言うものの、やっぱりケチャップで描いたにしてはとても上手い。
ただ上手いからこそ……人型なのが気になる。
「彩陽ちゃん食べないの? オムライス嫌いだった?」
「いやそんなことないけど……」
これ……どこからスプーン入れるんだろ。
首、足、翼……輪っかから入ったとしても体を両断して口に運ぶのは中々勇気が……。
「緋空ちゃん、今度ケチャップでお絵描きする時は人の形のものを描くの禁止ね」
「むぐっ……んっ……えーっ!?」
驚く声をよそに、僕もとりあえず足の部分にスプーンを入れて口に運んだ。
バターと炒めたケチャップの甘い匂いが、口の中から鼻先へ抜ける。
噛まずに米粒がほどけていくチキンライスの食感と相まって、幸せが全身に駆け巡る。
「うん……! 美味しくできたね」
「美味しくて幸せ!」
緋空ちゃんの笑顔に、顔の筋肉が少し緩んだ。
とても美味しかったけど、オムライスはお母さんのもとは少し違った。
卵の焼き加減なのか、チキンライスなのかはよく分からない。
どっちも美味しいけど、やっぱり違う。
食べ比べてみたい。なんならお母さんにも食べて欲しい。
なんて評価をしてくれるかな、褒めてくれるかな。
願ってみるけれど、それは絶対に叶わない。
胃袋よりも先に胸の中が満たされていく。
「ん〜ふふ〜!」
ただ隣で口をケチャップで汚した天使の笑顔は、そんな哀しみを少しだけ薄めてくれた。
☆
2人で作ったオムライスをなんとか(天使の絵を崩す罪悪感と戦って)食べ終えた。
料理に慣れてはきたのだけど、まだ量の感覚が掴めてないみたいで、緋空ちゃんは食べ残してしまった。
食材も使い切ることがなかったし、塩梅が難しすぎる……。
「緋空ちゃん、これ明日食べる?」
「食べる。美味しいから」
そうしてラップをして冷蔵庫にしまうと、緋空ちゃんは思い出したように声を上げた。
「あのね彩陽ちゃん。今週の土曜日って学校?」
「ないけど……どうかした? どこか行きたい?」
「ううん、そういうのじゃなくてね。運動会があるの」
「……えっ?」
自分でもびっくりするくらい、自然と声が出た。
聞いてない。いやまぁ知ってたらそれはそれでなんかおかしいけど……。
「だから……来れるかなって……」
「いや、まぁ行けるけど……」
その先に何を言われるか、なんとなく想像がつく。
まだ……僕にはまだそこまでのスキルは……。
「本当!? あのね、お昼は給食ないから、お弁当なの。作ってくれる……?」
こちらの焦りの顔色を読み取ったのか、語尾にいくに連れ語気が弱まる緋空ちゃん。
「やっぱりかぁ……!」
まだお弁当を作れるほどスキルがないんだけど……!
ただ上目遣いでこちらを見る女の子の視線を無視できるほど、僕もそんな強くない。
ただ、想像してない角度からのイベントはどうにも心を焦らせる。
お母さんがプリントの提出を帰ってすぐ求めたのは、こういう突然の出来事に焦るのを回避するためだったんだ。
世の中のお母さんお父さんはもしかしたら戦局を見通して作戦を立てる軍師なのかもしれない。
「あー、なにか……食べたいものはある?」
「いいの?」
正直、厳しい。
けど緋空ちゃんが喜んでくれるなら、頑張るしかない。
お姉ちゃんの代わりであり、生きる繋がりであるのだから。
「うん、大丈夫。ただ買い物が必要だから何か食べたいおかずがあったら教えて」
屈んで視線を合わせて目を見つめる。
なんとか笑顔を維持すると、緋空ちゃんの顔に晴れやかな笑顔が咲く。
「やった! あのね、唐揚げでしょ? ハンバーグでしょ? 卵焼きと、あとは……」
「えっ、ちょっ。あっごめん! た、食べきれないだろうし、数は絞ろうね!」
「えー……あっ、そっか。お父さんがいないから……」
いきなりシュンとする緋空ちゃんに、感情が追いつかなくなりそう。
セルフで地雷踏み始めたら、もう僕も処理が追いつかない。
「あっいや、あの、うん! 彩陽ちゃん頑張るね! 出来る限り希望に応えるから!」
「本当?」
「うん! だから教えて、出来ることはやろうね」
まぁ食べきれるか問題はあるにしろ、運動会のお弁当は多少豪華な方が楽しいよね。
だから緋空ちゃん、頼むから簡単なので……。
「えっとね、えっとね……」
僕は心でお願いしながら、ウキウキで指を折る天使様のリクエストを、スマホでメモしておいた。
今週の土曜……明後日かぁ。
料理の腕のステップアップは無理だから、気合いで頑張るしかない。
とにかく土曜の朝はもうキッチンが戦場になるだろうから、気合を入れないと。




