3-2
大好きな家族といる夢を見ると、とても目覚めが悪い。
「彩陽ちゃん! あの曲弾いて!」
そんな風にお姉ちゃんに呼びかけられる夢の轍がまだ頭に残ってる、
余韻がいまだに抜けず、ぼーっとした頭のまま目玉焼きを作る。
「んん……彩陽ちゃん、おはよう」
すると、遅れて緋空ちゃんも微睡みを隠さずリビングにやってきた。
ボサボサの髪を下ろして、眠そうに目をこすっていた。
「おはよう。顔洗っておいで」
「うん……」
静かに消えそうな声で呟くと洗面所まで消えていった。
手がかからない。
佐藤さんはこんな子をなんで追い出すようにしたんだろう。
そう思いながらフライパンの火を止めてハムエッグをお皿に移した。
「また目玉焼き……?」
「これしか作れないんだ……ごめんね」
3日連続同じ朝食に寂しそうな顔をする緋空ちゃん。
半熟で美味しそうな目玉焼きではあるけれど、そう言われると色褪せて見えてくる。
さすがに……マズかったかな。
僕自身あまり食事に執着がないから、朝はハムエッグとトーストにカットレタスで栄養を摂取していた。
それが小学生にとっていいものではないのはわかってるけど、作れるものも限界がある。
色々頑張ってみようとは思うけれど、下手に挑戦して緋空ちゃんまで割を食うと思うとなかなか行動に移せない。
「いいよ。彩陽ちゃん作ってくれてありがとう」
「こちらこそ、我慢させてごめんね」
「私もわがまま言ってごめんなさい」
妹のように愛そうと、そうして生きてもらおうと心に決めたものの、こういう薄暗い表情にさせてしまうのを心苦しい。
夕食は惣菜や外食でなんとかしてるにしても、流石に良くないよね……。
明るく死にたいと言われるのもまた苦しいのだけど、それとはまた別の無力感的なものが僕の心をひたひたにする。
別に緋空ちゃんだって全てを肯定するわけじゃないし、させるわけにもいかない。
ならもう、僕の方から動くしかないか。
「あのさ……緋空ちゃん、好きな食べ物とか……あったりするかな」
「なんで?」
「朝、同じのばっかりで悪いから。夜は一緒にまた作ろっかなって」
「んー。たくさんあるけど、オムライスが好き! ケチャップでおえかきするの!」
その瞬間、曇っていた顔が少し晴れやかになった。
「そっか、わかった。帰りに食材買って帰るから、一緒に作ろっか!」
「いいの!? やったー!」
そして快晴のような笑顔で嬉しそうに両手を上げた緋空ちゃん。
やっぱりこの子はこうあってほしい。
この天使様の笑顔を見るためなら、頑張れる気がする。
生きる価値や理由は外にあるのだと実感する。
「だから、ほら。同じで悪いけど、朝ごはん食べようね」
「うん!」
毎回僕の隣の椅子に座って足をバタバタさせる緋空ちゃんの元にお皿を運んで、朝ごはんにした。
「食べさせて!」
「はいはい、あーん」
「あー……んっ!」
幸せそうにちぎったトーストを頬張る彼女を見ると、こちらの表情まで崩れてしまいそうだった。
しっかりして見えるけど、そういう年相応に甘える時だってある。
絵の才能とか、そういうのを除けば何も特別なものはない。
僕と同じ普通の女の子なんだって安心感が胸の奥をすっきりとさせる。
ただそれでもやっぱりこの裏に希死念慮があるのは事実で「死ぬほど頑張る」みたいなレトリックを聞けば、食いついてこちらに訴えかけてくる。
その時は……すっきりとした胸の中がまた何か見えないものでパンパンになる。
「トーストも……美味しいよね?」
「うん、美味しいよ。でもね、ばりえーしょんってやつが欲しいの」
そう言いながら幸せに食べ物を頬張る緋空ちゃん。
その天使の笑顔のどこかにある透明な縫い目をほどいてしまったら、彼女の中の闇が溢れ出してしまう。
1年経って、覚悟の特攻も失敗して、ある程度強固になった僕と違って緋空ちゃんはまだ心のバランスを保ててない。
手を繋いで安心するけど、足元は綱渡りをしてる。
そんな感覚。
そんな風に考えを巡らせていると、緋空ちゃんはこちらに手を近づける。
「はい、緋空ちゃんも! あーん」
「えっ? あっ、あー……んっ」
サクリと、彼女の小さい手でちぎられたトーストが、口の中で音を立てる。
これが小麦の味なのか、ほのかに甘い。
ただ食パンを焼いただけでも、いつもより味の解像度が高い。
気づけなかった温かさが口から広がる。
「家族で食べると美味しいね」
意図して使ったのか、偶然出たのかは分からない「家族」という言葉にグッと胸を締められる。
僕たちにはもういない家族。
そんなものを思ったのか、僕をお姉ちゃんと思ってくれてるのか。
隣にいる死にたがりの天使様の表情からは分からない。
箸を使って丁寧に目玉焼きを切って口に運ぶ緋空ちゃんは、どこか見守って抱きしめたくなる。
お皿の上で割れた半熟の黄身がトロリと白身に溢れる。
僕は壊れてしまって崩れそうな、なんとか縫い付けている優しく穏やかで等身大の少女の風貌を、力強く守ってあげたい。
僕がいれば大丈夫。
僕が、君のつながりになってあげるんだから。




