第46話 運命の行方(終)
三月も半ば過ぎ。明日が終業式となる今日、茶話部は最終活動日を迎えた。
秋見先輩達が部活を引き継ぐことも出来るけれど、もう彼らは三年生になる。部活の部員集めをするくらいなら受験勉強をするべき。
だから、正真正銘今日で茶話部は終わり。
活動初日から変わらず、太陽君は教室の六つの机をくっつけて白いテーブルクロスを敷く。
最初は私と太陽君の二人しか居なくて、とても広く感じた。それが凄く昔に感じる。
太陽君、秋見先輩、舛谷先輩、それに私。部員では無いけれど、三花ちゃんと香取さんも集まってくれた。
最終活動日に初めて六つの席が全て埋まったなんて、凄く皮肉な話だ。
「はじめましてだよね。お名前は?」
「はじめましてぇ。香取蛍華です」
「蛍華ちゃんね。私は二城三花だよ!」
そっか、二人は初対面だった。これから一緒の学校に転校するのだから、仲良くしてね。って、三花ちゃんにそんな心配は要らないか。
「結姫、主役を登場させてもいいかい?」
「いいよ、お願い」
主役というのは、大きなチョコのホールケーキのこと。太陽君と舛谷先輩がバレンタインデーのお返しとして買ってくれたものだ。
ホワイトデーから少し時期を遅らせたのは、最終日の今日を少しでもより華やかなものにするためであって。別に、小テストで間違えた過ぎた舛谷先輩が、激辛ラーメンを食べ過ぎてお金が無くなったからではない。
ケーキは人数割りの六等分で、それでも結構大きい。直径からすると七号かな。果物が沢山乗っているし、多分かなり奮発したのだと思う。
「思ってたより大きいね」
「結姫にそう言って貰えると嬉しいよ。男二人で折半して買ってきたんだけど、舛谷先輩がお小遣い前借りしてまで立派なのにしようって言ったんだ」
「太陽のお財布は大丈夫なの?」
「僕は全然大丈夫。気にしないで」
この学校ってバイト禁止だから、お義父さんが言うだけ渡してくれたりするのかな。UOONはお金が集まってくるって太陽君が言っていたし、あんな人でも高給取りなのかも。……いや、それは無いか笑。
ケーキと紅茶が全員に行き渡ると、皆の視線が自然と私に集まってくる。部長としての挨拶を期待していそうな目だ。
仕方ない。今日は語りたい気分だから、望む所だ。
「こほん。皆さん、部長から最後のあいさつをします」
パチパチパチパチ!!
秋見先輩と三花ちゃんの主導で拍手が起こる。
「茶話部を作って三ヶ月余り。こんなに早く終わるとは思っていませんでした。そして、このテーブルが全て埋まる時が来るとも思いませんでした。人生というのは本当に分からないことばかりですね」
「あいさつ固すぎ笑。それに結姫ちゃんに分からないことは誰にも分からないでしょー」
「秋見先輩の言う通りですぅ。結姫ちゃんは頭良いですからね。何でも教えて貰うつもりなんですからぁ」
皆が私を信頼して、頼ってくれる。半年前は友達なんか煩わしくて要らないって本気で思っていたけど、今はそんなこと微塵も思っていなくて。寧ろ、居なくてはならない存在だと思うようになれた。
こんなに打ち解けられて、心を出しても認めてくれる友達に囲まれている。
――茶話部を作って本当に良かった。
「ここにいる皆のことが大好きです。本当に、ありがとうございました。今日は一生忘れられない日になると思います」
「それは私もー。ね、珀君」
「そうだな。俺も楽しかった。愛可の件は本当に世話になった、感謝してる」
「私もですよぉ。結姫ちゃんは大事なお友達ですぅ」
「僕も結姫のこと大好きだよ」
「うっうぅ………」
――え?
三花ちゃんが突然泣き始めた。殴って人を泣かせるのは見たことがあるけれど、こんなの今まで見たことが無い。
「本当に良かった……。ずっと昔から心配してたんだよ。友達も居なくてずっと一人で居て。私しか友達居ないのに、話しかけにも来なくてー」
「そんなに心配させてた?」
「そうだよ!突然意味わかんないラブレター貰って、そのまま大月君と付き合って。私がどれだけ心配したか」
そうだったんだ。
いつも明るくて楽しそうで、細かいことは何も考えていなさそうな三花ちゃんが、実はそんなに気にしてくれていたなんて。
「部活を作るって聞いた時は正直信じられなくて、でも凄くちゃんとやってて。今日は結姫の周りにたくさん友達が居て、それが超嬉しいんだよー泣」
制服で涙を拭うのを見て、すかさずティッシュを差し出す。彼女を見ていると、私までつられて泣いてしまいそうになる。
――やっぱり、私の今までの選択は間違っていなかった。
三花ちゃんと友達でいて、
太陽君とお付き合いして、
秋見先輩や舛谷先輩と知り合って、
香取さんも一緒に居てくれて。
彼らは、私のこれまでの行いが全て正解だったと思わせてくれる。
――叶うのなら、ずっとここで茶話部をしていたい。
しばらく感傷に浸っていると、三花ちゃんが泣き止む頃に舛谷先輩が憚りながら言う。
「なあ、それでケーキは食っていいのか?」
「もう少し待って下さい。最後なのでちゃんとやりましょう。では、皆さんフォークを持って下さい。食べる準備は良いですか?」
私が指揮棒みたくフォークをピンと掲げると、皆がそれに続いて真似をする。以心伝心、準備はバッチリだ。
「それでは、頂きます!」
「「「「「頂きまーす!!!!!」」」」」
一斉に各々のケーキにフォークが突き立てられ、我先にと口へ運ぶ。
「うまー!ですぅ」
「あのケーキ屋、本当に当たりだよねー。そういえば顧問って呼ばない感じー?」
「分け前が減るので呼んでません」
「ひど。ま、いっかー笑」
「チョコがクドくないな。金を出した甲斐がある」
「そうですね。ホワイトデーのお返し、満足してくれたかい?」
そんなの当たり前だよ。
私の為に、私の茶話部の最後の日をこんなに楽しくしてくれてありがとう。
「満足し過ぎかな笑。太陽、口開けて、あーん」
クリスマス振りの間接キスだ。今日の私は皆が思っているよりもテンションが高いよ。
「美味しい?」
「世界一だよ」
「あー!結姫ちゃんに先越されたー。私も負けてられない」
「ちょっ、愛可待てって、まだ食っているから」
「良いから食えー!」
――これが見られるのも今日で最後なのか。
しみじみと感じながら、三花ちゃんのフォークに乗って近づいて来たケーキをパクリと食べる。
「皆さん、ずるいですぅ!」
唯一「あーん」に参加出来ていない香取さんが文句を言い始めた。「そこまで言うのなら」と私のケーキをあげようとした時、秋見先輩が提案をする。
「蛍華ちゃんさー。珀君にあーんしていいよ。今日だけ特別だからね」
「えぇ!!本当にいいんですかぁあ!!」
「いいの、いいの。すぐに忘れちゃうんだから。私が見てみたいだけなんだー」
彼氏が間接キスされる所を見たいってどんな性癖なの?私もちょっと見てみたくはあるけれど……。
気が変わらない内にと、香取さんは自分のケーキを山盛りフォークに乗せて、舛谷先輩に近づける。
「珀先輩、あーんですぅ」
「おい、一口のサイズじゃねえぞ」
「珀君、黙って美味しそうに食べなさいー」
「愛可がそう言うなら、仕方ない」
舛谷先輩は大きな口を開けて、ギリギリ一口でケーキを食べ切った。当然、口周りにクリームが付いてしまっている。
「先輩、美味しいですかぁ?」
香取さんはケーキを食べ切るのをキラキラした目で、じーっと見つめて感想を待つ。
「ああ、世界で二番目に美味いな」
「えへへ、十分ですぅ」
香取さん、良かったね。本当に。
彼女はこの一ヶ月、それはもう観測分体を鍛えてきた。その成果もあって、他人の記憶も本当に少しだけなら消せるようになった。
私と本人以外は香取さんの観測分体が成長していることを正確には知らないけれど、何となく雰囲気から変わったことは感じ取っているはずだ。
秋見先輩は香取さんの記憶を消したことを未だに少し後悔していて、そのお詫びの気持ちで舛谷先輩への「あーん」を許したのだろう。どうせ忘れると思って。
でもね。
秋見先輩は、すぐに記憶がまた封印されると思っているようだけど、今は違うんです。
彼女に付きっきりで心を読んで、メンタルケアをして来た。だから、知っているのです。今の香取さんは、記憶と感情を分離して片方だけを封印する事が出来るようになったということを。
つまり、自分は舛谷先輩の事が好きであるという記憶を残したまま、好きな気持ちだけ封印する事が出来る。だから、こうして皆と、平常心でケーキを食べれているのです。
香取さん、「あーん」が出来て本当に良かったね。一生の思い出になったでしょう。
秋見先輩はお詫びができて、香取さんは思い出が作れて。みんな楽しそうで、本当に良かった。
…
ケーキはとっくに食べ終わって、一息ついて、特に何を話していたのか殆ど覚えていないのだけど。知らない内に盛り上がって、ここに居るだけで勝手に面白いと感じる。
そんな私の大好きな時間が、もう終わろうとしている。
「じゃあ、名残惜しいけど帰ろうかなー。珀君も帰るよ!結姫ちゃん、ずっと楽しかった。茶話部に誘ってくれて本当にありがとー」
「こちらこそ、図書館で勇気を出して話しかけて本当に良かったです。あんまり舛谷先輩をいじめないで下さいね。もしケンカしたら、また相談に乗りますので」
「それは頼もしいねー!太陽君と仲良くね」
「当然です」
秋見先輩は私をギュッとハグをする。
この匂い、好きだったな。
「じゃあね、結姫ちゃん。またどこかでー」
「企比乃、またな」
先輩達が部室を去っていく。
次、実際に会える時は来るのだろうか。
ばいばい、秋見先輩。
私の人生二人目のお友達。
…
「私も帰りますねぇ」
「はい。転校先でも仲良くして下さい」
「もちろんですぅ!またねぇー」
香取さん。私はあなたの人生を変えてしまった自覚がある。運命を強制してしまったのだから、彼女の面倒はある程度見てあげないといけないと思っています。
観測分体が成長した今の香取さんであれば、別に転校しなくても舛谷先輩を見れる距離に居れると思う。それなのに離れ離れにしてしまって、ごめんなさい。
香取さんがどれだけ先輩を好きだったかということ、あの心の苦しみを、私は忘れません。
すぐまた会おうね。
人生三人目のお友達。
…
「私も野球部に戻らないといけないから行くね。そっちも今日最終日だから」
「分かった。引っ越しの日、迎えに行くから」
「おっけー。茶話部楽しかったよ!転校先では私も彼氏欲しいかも笑」
「まず私に見せてよ。悪い奴かどうか分かるから」
「言われなくてもそうする!じゃあねー」
いつもありがとう。
私の大親友の三花ちゃん。
いつまでも仲良くしてね。
…
はあ。みんな、行っちゃった。
終わってみれば呆気なかったな。
さっきまでワイワイしてたのが夢だったみたい。
「さて、僕らも帰ろうか」
「そうだね……」
まさに帰る時、振り返って部室を見る。
もう誰も居ないけれど、私の目にはこれまでの茶話部の全てが重なって見えた。
■
太陽君と帰るこの道も、一緒に歩くのは今日が最後かもしれないと思うと、特別に思えてくる。
太陽君からのラブレターを受け取ったのは夏の終わりだった。それからまだ半年しか経っていないなんて信じられない。
付き合って、
初めての恋をして、
色んな恋を知って。
行動が変わって、
友達も出来た。
全部、元を辿れば、太陽君がきっかけと言っても過言ではない。
「ねえ。私、太陽に運命を変えられてしまったような気がするのだけど」
「そうかもしれないね。転校するの本当は嫌だったとか?」
「ううん。今は全然そういう事はなくて」
「??」
転校をすると決めたのは私だ。太陽君のせいでUOONが圧力をかけてきた訳では無いはず。
言いたいことは、太陽君が居たから、それまでの自分では選べなかった選択や経験が出来たということ。
私が急に歩みを止めると、彼は不思議そうな顔でこちらを見る。
「太陽と出会えて良かった。ありがとう」
「僕も同じことを思っているよ」
「違う。私はそれ以上だから」
茶話部が出来たのも、友達が増えたのも、全部太陽君が居たおかげで。君は私にとって、本当の太陽みたいに大きくて、明るく照らしてくれる、とても大きな存在なんだよ。
――私の方が好きだってことを証明したい。
「太陽が思っているよりも、私は好きだから」
「いいや、僕の方が好きだね」
「なら聞くけれど。太陽は私のどこが好きなのだっけ?」
「えーっと。頭が良くて、いつも正しくて、優しくて、人と変わった考え方が面白くて、一緒に居心地が良くて、どの表情も可愛いくて、誠実で居たいと思わせてくれるところかな。
僕の心を全部読んでも良いから、この好きな気持ちが伝わって欲しい。と思っているくらいには好きだよ。心を読まれても全部受け止めてくれるし、信頼してる」
――ふぅーん、なるほどね笑
太陽君にしては頑張るね。
思わず顔がニヤついて負けそうになる。ダメダメ、頑張って真顔を保たないと。そういうキャラでやってきたのだから。
「私は心が読めるんだよ。心を読んで分かった太陽の好き度と、私の好き度を比較した上で、私の方が好きって言っているの。だから、私の方が好きだってこと。はい、私の勝ちでいいよね?」
こんな状況でも論戦を展開してしまうのは違うと思う。けれど、私ってそういう人間だから。
太陽君が勝ちを認めない場合、私の発言を信頼していないということになる。さっき言ったよね、私のことを「信頼している」って。
その言葉が嘘になるけどいいのかな?
太陽君が勝ちを認めようが認めまいが、どちらにせよ私の勝ちになる。
――これにて、証明完了。Q.E.D.
勝ちを確信して、どう答えるのか待っていると太陽君は少し考えて言う。
「今回は結姫に勝ちを譲るよ。でも、ごめん。これ以上、結姫のことを好きになる方法が分からないや。もう既に最大値まで好きだからさ」
――!!
「……特別に今回は引き分けにしておいてあげる」
「うん、ありがとう笑。もっと好きになれるように頑張るよ」
数字や論理こそが正しい。正義だと思っているけれど、案外感情は論理さえも動かすことが出来るのかも知れない。
論破したはずが、言い負かされたような気がしてくる。いや、そもそも勝ち負けなんてどうでも良かった。
――太陽君と話をしていて、ふと思う。
私は、いつの間にこんなに話すようになったのだろうと。
少なくとも半年前、太陽君に出会う前の時点では、意味の無い会話があんなに嫌いだったのに。
お互いに好きであるということは、分かっていて。それなのに、好きであることを無駄に確かめてしまう。
確かめたことを何度も再確認する。
通常無駄と思われる行為も、太陽君となら何故か無駄に思えない。
――これも恋なのだろうか。
私は恋が知りたかった。その為に太陽君とお付き合いを始めた。
十パーセントか二十パーセントか。私は恋を一体どれだけ知ることが出来たのだろう。
とにかく分かったことは、今、太陽君とお付き合い出来ているこの瞬間が、とても大切な時間であると言うこと。
秋見先輩も香取さんも、そして私も、恋をするには悩みが付き物で。でも、それと上手く付き合わないと恋は出来なくて。
――恋はとても絶妙なバランスの上にあるものだと思う。
太陽君。こんな性格の悪い私だけれど、上手にバランスをとってくれて、本当にありがとう。
私がバランスを崩すような行いをしてしまっても、君なら修正してくれると思っている。信頼してる。大好きだよ。
「――おーい、結姫?固まっちゃってどうかしたのかい?」
「ごめん、考え事してた」
「何を考えてたのかな?」
「恋についての全てを私は知りたいなって。太陽、協力してね」
「うん?もちろんだよ??」
あんまりしっくり来ていないのに頷く、その腑に落ちない顔も好きだよ。
私は太陽君の手をぎゅっと握る。
「じゃあ帰ろっか!」
「え?僕の家あっちだけど?」
「今日は家に晩ごはん食べに来て」
「急に行ったら迷惑だろう?」
「大丈夫、お母さんに怒られるのは私だけだから。それとも何?私の誘いを断るつもり?」
「滅相もないよ」
「よし決まり!私の家に家族以外で来たことがあるのは三花ちゃんだけなのだよ。つまり、太陽は特別ってこと」
――ねえ、太陽君?
繋いだこの手をずっと離さなかったら。
君はどこまでも付いてきてくれると、私は思っているよ。
だからね。
抗えないような何かがあっても、
何か間違いをしてしまっても、
変わらずに、私の太陽で居て下さい。
《恋についての全てを私は知りたい 一部 完》
一部本編は以上となります。
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エンディング曲を作りました。
次話で公開します。(本話と同時投稿)




