-結- 順当な結末を迎える僕
理不尽だ。
あの一件で、ナウルの評価は地の底に落ちた。
何も知らない新人を死地に向かわせた無能。自分の評価の為にルールを破ったクズ。
前職も役立たずだから解雇されたという噂まで流れ、取り調べの為にギルドに呼び出される度に、悪意に満ちた視線を向けられた。
ギルドマスターも王都の本部に呼び出され、事情聴取を受けているらしい。
新人の死はそれほどの意味を持っていた。
三人中、二人が死亡。
ランク制度が導入されてから、少なくともこの支部でFランクの冒険者が死亡した例は初めてだったという。
何より厄介なのは、神殿が絡んできたことだ。
死んだ新人の一人は僧侶であり、今でも神殿と関わりを持っていた。
将来有望な新人を死に追いやった冒険者ギルドの采配に、神殿は不信感を抱き、糾弾してきたのだ。
ナウルは一週間以上も謹慎処分で社宅に閉じ込められていた。
冒険者ギルドの職員専用の建物だから、買い出しで外に出る度に針の筵だ。
謹慎処分は仮のものであり、本当の処分はこれから決まる。
おそらくは解雇だろうが、神殿の絡みもある為、あるいは刑罰を受ける可能性もあると取り調べの担当者に脅された。
「冗談じゃない」
こんなはずではなかった。
思い返すのは、昼間の三人のことだ。
相手はゴブリン。最弱の魔物。その気になれば、自分でも倒せる。
きっと、新人たちは油断にしたに違いない。
そうでなければ、あんな雑魚魔物に三人まとめてやられるはずがない。
「くそ、くそ、くそ」
アイツらの所為で、最初から躓いた。
折角、人が依頼を回してやったのに、ミスしやがって。
冒険者ギルドもそうだ。
緊急時に使えば、指定した場所に転移できる『帰巣の羽』というアイテムがある。ギルドの評判を上げてくれる上位の冒険者には無償で渡しているにもかかわらず、駆け出しの冒険者には、貸与すらしない。
ランクに関係なく、全員に渡しておけばこんなことにはならなかった。
以前の職場で、それを進言したことがある。
だが、予算だ経費だと言い訳するばかりで、ギルドマスターは絶対に受け入れようとしなかった。 ならばとナウルが経費を浮かせる為に取引先を変えたら、「勝手なことはするな」と一方的に否定されたのだ。
一時的にいくつかの備品の在庫が不足したことは事実だが、それでも出費が減ったのだから、感謝されてしかるべきだろう。
どいつもこいつも、身勝手な理由で彼の意見を受け入れようとしない。
本当に愛想が尽きる。クズばかりだ。
「……腹、減ったな」
新しい職場で知り合いなどいないから、食事も自分で用意するしかない。
昼間だから他の職員は仕事だろうが、念の為、人目を気にしながら外に出た。
まるで犯罪者だ。
こんな風にこそこそしなければならないことが気に食わなかった。どうして自分がこんな目に遭わなければならないのだと、臍を噛む。
外に出ただけで周囲の人間が自分を嘲笑っているかのような錯覚に襲われた。ほとんど誰とも接さない監禁同然の生活の所為で、精神的に参っているのかもしれない。
さっさと飯を食って、部屋に戻ろう。
そう思って歩を進めた時、正面から何かがぶつかってきた。
「あ……?」
尻餅をつくように、後ろに倒れた。
遅れて、じわりと右の腹から熱が広がった。
いた、い?
熱の正体は痛みだ。赤い。血が出ている。とても、痛い。
ナイフが腹に刺さっていた。
「あ、あ、あ」
意識したら、もう駄目だった。
痛みに耐えられず悲鳴を上げようとして、そんな甘えは許さないとばかりに、画面を蹴り飛ばされた。
「……お前の、せいで」
目の前には、一人の少女がいた。
ポニーテールの、茶色の髪の女の子だ。
ナウルから依頼書を受け取り、ゴブリン退治に向かった一人。
弓使いの少女だ。
体のあちこちに包帯を巻き、露出した顔の一部にも切り傷がある。この前の依頼の所為で受けた傷なのだろうと、後から気付いた。
その手は返り血で真っ赤だった。
彼女がナウルを刺したのだ。
「な、なんで」
「なんで? なんで!? ふざけないでよ! お前の所為で、レッグもリインも死んだ! アタシも、アンタの所為で、あんな……! うぐっ、おえ」
何を思い出したのか、少女がその場で嘔吐した。
彼女の醜態の隙に、ナウルは助けを呼ぼうとした。
だが、人目を避けて行動していたから、周りには誰もいない。いや、最初から誰もいない状況を狙っていたのか。
自分を殺す気で、現れたのか。
カチカチと何かが鳴っていた。殺されるかもしれない恐怖で歯の根が合わず、自分の歯がぶつかり合う音だった。
責任を押しつけられて処分されると怯えていた時とは違う寒気がした。
何か、言わなければ。
このままでは殺されると理解し、ナウルの口が勝手に動いた。死に際だからこそ、本心がするりと放たれた。
「……僕の、せいじゃない」
「はあ!?」
「依頼を受けたのは、お前たちだろ。ゴブリン如きに負けて……僕の方こそ、良い迷惑だ」
口にすると、ふつふつと怒りが湧いてきた。
激情が一時的に痛みを上回る。
元はといえば、コイツらが失敗した所為で自分が咎められる羽目になったのだ。目を掛けてやったのに、活躍する手伝いをしてやったのに。
「恩を仇で返しやがって! ふざけるなよ! どいつもこいつも、無能が! 自分の無能を人の所為にするな!」
「……本気で言ってるの?」
「加護も持たない無能が、僕に迷惑かけるな! 無能! 無能! 無能!」
「ああ……」
少女の瞳から光が消えた。
無言のまま近付いてきて、剣を振り上げる。
確か、彼女の仲間の少年が持っていたものだ。前に見た時よりも傷だらけに見えた。拭いきれない血の跡は、誰のものだろうか。
「……もう喋るな。死ね、クソ野郎」
「やめっ」
剣が振り下ろされた。
何があっても、世界は回る。
社会とは一種のカラクリだ。多くの歯車が組み合わさって、静かに回り続けている。たとえ歯車が一つが欠けようとも、別の歯車が代わりに動く。そうでなければ意味がない。
冒険者ギルドもその一つだ。
社会を円滑に回す為、依頼人から冒険者まで、多種多様な人物が訪れる冒険者ギルドはいつだって忙しい。
ようやく休憩に入れたギルド職員の一人が、休憩室で溜息をついた。
「やっと休憩……疲れたわ、ホント」
「お疲れ様。やっぱり忙しい?」
「そりゃねぇ。ギルドマスターが左遷されて後任も決まってないし。バッタバッタしてますよ」
「新人死なせた冒険者ギルドになんて、誰も来たがらないだろうしね。ベテランの冒険者も怒って別の町に拠点移してる人いるし、しばらくは新人も寄り付かないんじゃない? 私も転職しよっかなー。できれば業績いいところ」
「二つ隣の町の冒険者ギルドとか? ギルドマスターがイケメンの」
「あ、そういえば例の人、そこの出身だったみたいね。な~んか、ギルドマスターに冷遇されてたとか話してたらしいよ。加護持ちだから嫉妬されてるんだとかなんとか。ウチのギルドマスター、面接でそれ信じちゃったみたい」
「え~。あそこのギルマスって、有能って評判じゃん。実際、ギルドも上り調子だし」
「対抗心でもあったんじゃない? 表向きは温厚そうだけど、ウチのボス、あ、元ボスか。とにかくあの人、中身は出世欲の塊だし。そのわりに人を見る目はなかったみたいだけど」
温厚で人当たりが良いと言えば聞こえはいいが、中身は単なる事なかれ主義の風見鶏だ。面倒事は部下に押し付け、自分は高みの見物で問題が起きれば揉み消すことに注力する。
他人を叱責しない甘い態度も、余計な反感を抱かれるのが面倒だからでしかない。
そのクセ、出世欲や名誉欲は人並みにあるからタチが悪い。
今回だって新入りをきっちりと教育していれば、あるいは最初の面接時に経歴を調べていればこんなことにはならなかったはずだ。
少なくとも、教育係の二年目の子は再三彼を注意していたし、ギルドマスターにも報告していた。
対策を取らなかった理由は、余計な軋轢を疎んだからだ。教育係の真面目で誠実な態度は、受け入れる気のない者からすれば、さぞかし鬱陶しかったことだろう。
「まー、済んだことだしいいでしょ。被害者の子は可哀そうだけどさ」
「いや済んでないから。目の前に事後処理に追われてる被害者がいるから。良い迷惑よ。肝心の本人も刺されたとかでいなくなって、完全に尻拭い状態だし」
「あれ? 結局死んじゃったの?」
「たぶん。あれ、生きてたかな。まあ、どっちにしても今は今後の対応方針と説明、後はギルマスの後任の方が優先だからどうでもいいかな」
「そういえばあの人、なんて名前だっけ」
ん~、と少しだけ記憶をほじくり返す。
報告書で何度か記載したはずだが、さて、何だったか。
途中で面倒になって結論を出した。
「さあ? 覚えないや」
-完-