乱闘だった(後)
「あん?【遅延覚】が解けてんな。道理でうるさいと思った。」
そうあっけらかんと召喚主に言い放ったのは紅髪のメイドだ。その顔にはありありと不快感と怒気が現れていた。
斬鬼との戦闘に水を差された紅髪メイドはゆっくりとダンクへと歩を進め、他のメイド達も同様にそのうちに怒気を孕んだ表情で詰め寄って来る。
「っ…お前たちは僕がこの世にお膳立てして喚んでやったんだぞ!なのに何故、人工天使を殺した!殺すならそこの軍服と仮面たちだろう!」
上位魔人の怒気に若干怯みながらもそう気丈に言い放つダンク。
何故こうも召喚主の意に反する行動ばかりとるのか?幾ら契約に縛られないと言っても利害は一致しているはず。にもかかわらず、何故こちらに攻撃を仕掛けてきたのか理解できなかった。
だがダンクは思い違いをしていた。その唯一の利害の一致を自ら不意にしたことに。
「くそ!くそ!…何故だ!ここまですべてうまく行っていたのに…くそ!」
切り札の一つは早々に離反。もう一つの切り札は先程の魔人達の魔法でほぼ全滅。そしてダンク自身に戦闘力はほぼないと言っていい。【調律者】は確かに強力な魔法ではあるが、同じ【唯一ノ魔法】を持つ魔人を相手取るには役不足、そしてその【唯一ノ魔法】の弊害で、身体強化魔法さえ使えないダンクでは接近戦でこの場を切り抜けるのは不可能だ。
最早打てる手札が無い。
「諦めろダンク、貴様の野望は潰えた。大人しくリアンヌを返してもらおうか。」
中佐はホルスターの拳銃に手を掛けてこそいるものの、最早ダンクは詰んだとみて言葉での説得に切り替えた。それに乗るとはさらさら考えてはいないが。
「お前達がいなければ…僕の研究は…」
あとはどうリアンヌの身体からダンクを分離するか。そう雷鬼と中佐が思考を巡らせていた時だった。俯きながら呪言を吐くダンクの口元が三日月の如く歪んだのは。
「成功しなかったよ…ありがとう。」
「「「「!?」」」」
顔を上げたダンクの顔はひどく満足したかのように晴れ晴れとしていた。それと同時に戦場となっている丘の方角から、魔法発動時に発生する空間の揺れが起こる。
しかもかなり大規模なものだ。
「な、他の魔法は使えないんじゃなかったのか!?」
「いや、確かに【唯一ノ魔法】を所持する者は他の魔法が一切使えなくなるなるはずだ。それは魔人であっても例外ではない。」
雷鬼が中佐に問いただすが、中佐自身も予想外だったのか珍しく焦りを表に出していた。
「ほぉ…これは儀式魔法の波動じゃなぁ。しかもかなり大規模じゃ…範囲は、向こうの丘ほぼ全域といったところかの?」
そう言いながらいつの間にか近くまで近づいて来ていた幼女メイドがそう呟く。
「っ!…(【最適解】、魔法解析急げ!)」
【…完了。対象魔法名【等価交換の聖域】と判明。儀式範囲内の生命物質の性質を全て分解し一なる生物へと変換精製する魔法です。なお、分解時点で稼働エネルギーとして対象の魂を全て消費するため、一なる生物に魂は宿りません。推定変換人数は75万人と思われます】
「何だと!?(つまり…ここまでは全てブラフ!?)」
「そちらの仮面くんは気付いたかな?僕の本当の目的はエリシアじゃない。そもそもあれは失敗作だからね。自分の生命維持に必要な臓器まで炭素強化してしまうなんて欠陥もいいところだ。あんなものが僕の研究成果として存在するのも烏滸がましい。そしてリアンヌも真の目的には含まれていないよ。まぁこの身体の…というより、この魔法が無いと成り立たないから重要な要素には違いないがね。まぁさっきの一斉の奇襲で死んでくれれば御の字だったけど、それは甘かったよ。」
確かにおかしいと思えばおかしかった点はいくつもある。雷鬼たちがダンクと邂逅したとき、ダンクは手にナイフを握っていた。あれは身体を乗っ取るための呪属性効果の載ったナイフではなく、単純にエリシアを殺害するためのナイフだったのだ。
「問題は仮面くん…いや、仮面くん達だ。【等価交換の聖域】は一なる生物を創り出す魔法。本来は戦略級の魔法として、創り出した生物に英霊や悪魔を受肉させて戦わせるものだけど、そこは少し改良を加えて僕好みにしてある。でもね、この魔法は贄にする材料の精神性や魂の質によっては不具合を起こす可能性があるんだ。」
ダンクはこの村に中佐に連れられた際、この村の主要人物である雷鬼たちの精神を魔法で密かに覗いていた。そして歪で強固な懐刀家の者たちの精神性と魂を危惧した。
何故か魂には厳重なプロテクトと隠蔽が掛かっており、深くは覗けなかったが、ダンクの計画の障害になると判断し、一部計画を変更することになる。
それは懐刀家の者を儀式魔法範囲内から遠ざけるということ。そのために一部の人工天使には態と目立った行動をさせたうえで、懐刀家の人間に見つけさせ範囲外へと誘導しながら戦うように操っていた。
「最悪、多少の不具合には目を瞑るとしても、この場に居る四人は確実に除外したかったからね。」
それは雷鬼、射鬼、斬鬼、拳鬼のことだ。逆に言えばそれ以外の懐刀家のものならば問題ないということだが、幸か不幸かダンクの目論見通り他の者も儀式魔法の範囲外で戦闘を行っていた。
「そこの三人が釣れるかは微妙だったけど血染姉妹を呼び出して、餌とした。流石の僕でも血染姉妹が契約に縛られないなんて知ってるよ。でも生半可な悪魔に受肉させても仮面くんとロイで倒してしまいそうだからね。」
つまり全てダンクの掌の上だったということになる。そしてまんまと儀式範囲から遠ざけることに成功すれば…
「【調律者】は精神干渉系魔法に特化した【唯一ノ魔法】だ。確かに僕自身は他の魔法を使えなくなるけど、操った対象に魔法を使わせることはできるんだよ。だから遠隔で大規模な儀式魔法も行使可能という訳さ。」
つまりここまでは筋書き通り、ここからがダンクの真の本懐ということだ。
「へぇ、つまり私達は言い様に呼ばれ使われたということですか?それはそれは…ムカつきますね。」
しかし魔人たちがここまでコケにされて黙っている通りはない。青髪メイドを筆頭に他のメイドも一瞬でダンクに肉薄すると、その細い首をへし折ろうと襲いかかる。
「呼び出した後の対応も当然用意してるさ。」
ダンクは今まさにその首に届きそうな凶手に怯みもせず、ゆっくりと手を上げた。
「「「「っ‼」」」」
それと同時にダンクを中心とした10×10mの半透明の空間が神秘的な光に包まれ、メイド達が苦痛の表情でその場に膝をつく。メイド達はまるで過度な重力に耐えるかのように苦悶の表情でダンクを睨みつける。
「【聖魔不可侵領域】…どうだい?上位魔人といえどもこれならば動けないだろう?まぁ本来、普通の魔人程度なら一瞬で消滅するはずなんだけどね。」
よく見れば木の陰や家屋の陰に白装束を着た司祭風の者たちが手を伸ばしてその魔法を発動していた。
「……。(なるほど、全てを魔獣兵化したわけではなく魔法のストックとしてある程度未改造の人間を残してたわけか。なら彼奴等を昏倒させれば!)」
間接的に魔人たちを助けることになるが、今は現在ダンクを阻止出来るのは、精神魔法の干渉を跳ね除けることのできる魔人たちだけだ。
雷鬼は直に司祭風の者たちを始末するため一歩を踏みまそうとする。
「ああ、君ならそうするだろう。でももうこの場に用はないから僕は早速最高傑作に乗り換えさせてもらおうかな…【幽魔体化】」
そうダンクは呟くと共にその身体はグラリと揺らぎ、そのまま芝生へと倒れ込む…前に中佐が抱き留めた。
雷鬼は魔人やダンクのように精神や魂を知覚できるわけではないが、このときばかりは確信を持って断言できた。
ダンクはリアンヌの身体を捨て、最悪の化け物に乗り移ったのだと。
漸くこの章のクライマックスに入れそうです…




