乱闘だった(中③)
「む…中々硬いな?」
幼女メイドへと内部破壊の拳を放った拳鬼は自身の拳を見ながらそう呟いた。幼女メイドは家屋を突き破りながら飛んでいくが、一瞬の視線移動の間に青髪メイドが入れ代わりで懐へと潜り込んでくる。
「ふぅっ!!」
ほぼゼロ距離から繰り出されたのは八極拳の貼山靠。割とポピュラー且つシンプルで、八極拳の代名詞とも言える技。
しかし魔人の放つそれは人間を基準としてはいけない。並外れた膂力と洗練された運用によりその衝撃は大型トラックと衝突する事と同義である。
「上手い、が…」
青髪メイドの身体が拳鬼に触れた瞬間、拳鬼は青髪メイドの腕を決め、その身体を自分の身体を沿わせるように後方へといなし投げた。
「なっ?」
完全に力をいなされた青髪メイドはそのまま宙を舞い、此方へと駆けてきていた幼女メイドと衝突する。
「なっ!お主な…ぬぉぉぉぉぉ!?」
突然の飛来物に対応が遅れた幼女メイドは変な声を挙げながら再び家屋へと突っ込む。
「いかん…また家を破壊したか。これはあとから雷鬼に怒られるな。」
と拳鬼は場違いな事を宣うが、実際のところこの住宅が立ち並ぶ区画の半数は拳鬼達の戦闘で破壊されていた。
「ぬぁはははは!凄いのぉ凄いのぉ!人の身で此れほどまでに練られておるとは!」
「ふふふ、こんなに高揚したのは300年振りかしらね?」
瓦礫の山を崩しながら出てきた二人のメイド服はもはやボロ布と化していたが、その間から見える肌には傷一つついていないのが明白。二人からしてみれば称賛の言葉を贈っているつもりだったが、拳鬼からしてみれば世辞にしか聞こえなかった。
「ふん、その外見に似合わぬ膂力や気からして人ではないとは分かっているが、それでも傷一つつけれんとは正直自信を失くすぞ。」
「いえいえ、私達のこの回復速度は魔人特有のものなので仕方ないといえば仕方ないです。でも私達に回復を強いるほどの実力者と考えればそうそう居るものではありませんよ?それはあの大太刀使いの女性と弓使いの御老体含めて、です。」
「ほう…お見通しというわけか。」
「何、妾達は元来魂のみの存在じゃ。故にその本質である魂を見極める目は持ってて当然じゃ!」
「お前たちが人ではないならば好都合、この技を試せるというものだ。」
拳鬼はそう言うと腕をダランと弛緩させ、身体は自然体で二人のメイドを視界に納める。
「これは…期待できそうですね。」
「いいのぉ、凪の如き殺気が心地よい。」
「…【心羅萬……くっ!?【千日防傘】!」
「「!?」」
拳鬼が技を放とうとした瞬間だった。四方八方から爆撃、雷撃、砲撃、様々な魔法に加え、完全に魔獣と融合した様々な人工天使たちが拳鬼目掛けて殺到する。
それを拳鬼は掌底を鋭く放ち、押し出した空気の塊によって様々な魔法を誤爆させ、迫りくる人工天使たちにも御見舞した。
「(…流石に数が多いな)」
しかし強化された人工天使に、単なる空気の塊では児戯程度の威力しか与えられない。それにより接近を許してしまう拳鬼。
普通の人間を遥かに超える能力と膂力その他を有する人工天使。雷鬼とは違い、拳鬼は神から授かった【疲れない体】と自らの磨き上げた武術、僅かながらの身体強化魔法しか術を持たない。
前世で幾多にも及ぶ修羅場を潜り抜けた拳鬼であっても、覚悟を決めるに十分な窮地だった。
様々な角度から迫りくる致死級の攻撃を全ていなし切る…つもりで迎え撃って入るが、拳鬼も幾ら超人的な武力を有しているとはいえ只人。致命傷ではないが軽くない傷が増えてゆく。
「(やはり数が多いな…)」
攻撃を捌きながらチラリと他の戦況も確認してみるが、射鬼と斬鬼のところも状況は似たようなものだった。唯一、雷鬼と中佐、そしてリアンヌという少女だけは未だ睨み合いを続けていたが。
多勢に無勢。
まさにその言葉が自分に当て嵌まるとは。
「(俺もまだまだ、か…)」
諦念にも似た独白は自分の敗北が近いことを悟ったが故か。
「(武に散ることに悔いはない、ならば今後の障害を後者に残さぬのも先人の努めだな)」
防御を捨て攻勢に移ろうとする拳鬼。
「(まぁ、命を賭せば…100か200は屠れるだろう)」
実際、拳鬼の実力で命を賭せば人工天使の100や200は撃破可能だろう。持久力も【疲れない体】で問題なく、あとは如何に命が消えるまでに敵を屠れるか、だけ。
覚悟を決め、防御の型から攻勢の型へ切り替えようとしたとき。決して大きくはない鈴とした声と、幼さの残る声が不思議と拳鬼の耳に届く。
「私達の楽しみを奪った罪…軽くはないですよ?【心凍る美粧】」
「妾達がそこの男と戯れとったのじゃ…去ね。【喰らい続ける空腹の大蛇】」
そんな声と共に人工天使たちは二つの反応を見せる。一つは全く動かなくなった者…身体は元より表情さえもまるで凍りついたかのように動かない。既にその瞳は何も捉えていない。
そしてもう一つは自分に喰われる者。それは突然身体の一部が大蛇へと変化し、自分自身に食らつく。ご丁寧にその変化した大蛇には即効性の神経毒があるようで、一切の抵抗を許さず、恐怖に瞳を揺らしながらゆっくりと絶命していった。
たった、たった二つの魔法により数百はいた拳鬼周辺の人工天使は絶命に至る。
「……。」
強力な魔法。魔法知識に疎い拳鬼はそれだけしか分からない。だが、故に分からなかった。
何故、結果的に敵対している自分を助けるような真似をしたのかが。よくよく見てみれば射鬼の周りの人工天使は共食いを始め、斬鬼の周りの人工天使はその身が爆ぜ肉片とともに赤い雨を降らせていた。
確かめずともその執行者は如何にも不機嫌そうな紅髪と金髪のメイドだろう。
「な、な、な…何を…血迷ったのか魔人どもめ‼」
そして場に似つかわしくない可愛らしい声で、明らかな動揺を見せたリアンヌ…ダンクが、憤怒の表情でメイド達を睨むのだった。




