22.最高傑作かつ最低傑作
「ふーむ、かなり悩ましいな······」
「そうじゃのう······」
喫茶店を出たあと野々花の装備品を見繕うため、俺たちは【アンドセル】の商業区【リルトン】を訪れていた。石畳の道が伸びるように続き、緑の葉が生い茂った木々が並んでいる。露天方式で装備を売りに出しているプレイヤーもいるが、空白だった建物に店を構えているプレイヤーもおり、ガラス越しには注目商品とおぼしき装備品が飾られていた。
雨が続く今もこの区は相応の賑わいを見せており、地方の商店街を彷彿とさせた。
「賑やかだな······」
木の下を極力歩くようにしながら、周囲の光景を見てポツリと呟く。野々花の装備品を整える上で、初めは俺や桜がそうしたようにNPCショップを訪れようとしていたのだが、ここに来て俺の気は変わっていた。
「まさか、生産職のプレイヤーたちの品質が、ここまで早くNPCのそれを超えるとは驚きなのじゃ」
「生産職の内情がどうなってるのかは分からんけど、ある意味相当の職人気質だよな」
このゲームのサービスが開始されてから一週間も経っていない。しかし、生産職のプレイヤーが制作する装備品の品質はNPCショップのそれを凌駕していた。
装備スキル持ちの装備品や、ステータス補正付きの装備。そして、属性付与まで。どんなドラマがあったのかは知らないがこの短期間で物凄い変わりようである。
無論、この分値段は張るが。初心者に配布されているお金ではとても装備を揃えられないような値段の装備ばかりなので、野々花にはNPCショップをお勧めしておいた。
元はと言えば、野々花の装備を揃えるために訪れたのだが、そもそも俺の装備も初期装備のようなものである。しかも胸当てのみで、今までは半ばステータスに依る防御に頼っていた感じだ。
「で、どんな装備をお求めじゃ?」
「そうだな······」
正直言って、これと言った要望はない。全身の装備さえ揃えられればいいのではないだろうか。適当に買って済ませるか······と思っていると、
「······ん?」
一つの店のショーウィンドウの装備品が目に映る。黒い、薄手の外套。頼りなさで言えば初期装備のそれにも劣る装備だった。実際、その装備の性能は初期装備にも劣る。しかし、その外套の値段は他の装備品と一線を引いていた。理由は恐らく装備スキルだろう。
【《気配操作Lv3》《暗殺Lv2》《光学迷彩Lv3》】
「何とも露骨なアサシン装備だな」
「需要は多そうじゃがな」
「そうだな。一撃必殺は男のロマン······うおっ!」
ちょっと店を覗いてみようかなと扉の方に視線を移すと、そこには半開きの扉から顔の半分だけだしてこちらを窺っている黒髪の少女の顔があった。
少女は俺が見ていることに気がつくと、扉から跳ねるように外に出て、くるっとターンを決める。そして、ビシッと指先をこちらに向けて元気良くこう言った。
「ボクの店へようこそ、お客さま!何か気になったものでも、あったのかな?」
何故わざわざ出てきたのだろうと店内を見ると、中には殆ど人がいない。恐らく、雨のせいで暇だったのだろうと推察する。
「いや、この装備なんだけどさ。随分とアサシン仕様だなー、ってな」
「ふっ、《気配操作》に《光学迷彩》、そして《暗殺》スキルも備わってるからね。普通の職業のプレイヤーは勿論、【暗殺者】のプレイヤーからすればこれ以上ないまでの装備。ボクの《制作》スキルで作った装備の中での、最高傑作だよ!」
えへん、と少女は見た目の年相応の薄い胸を張る。ただ、こめかみに薄く汗が流れたように見えたのは気のせいだろうか。
「へー、そんな装備がよく売れ残ってるな」
単純な装備としての性能、ステータス補正などを見ればこの外套は最低の域だが、装備スキルにはそれらを覆す価値がある。だというのに、雨でプレイヤーの目が少ないとはいえ、目に留まらないわけもなく。未だに売れ残っているのが不思議でたまらなかった。
「ええとぉ、それはぁ······」
見ると、少女は決まりが悪そうに頬を指でかいている。
「実は、それ、装備が大変で······」
「へえ、レベル50じゃないと着られない、とかか?」
時折、プレイヤーが生産する装備品には、装備するのにレベルの制限がある装備があるらしい。性能のいい装備品ほどその傾向は顕著に現れる。
これほど性能のいい装備品だ。きっとレベル制限もかなり高いだろう。
「ええと··········」
「何だって?」
消え入るような声で囁くものだから全く聞こえない。もっと大きな声で言ってもらえないものか。
「······それを着ると【酩酊】状態になって、しかも、一度でも攻撃をはずしたらステータスが激減する、っていう有り様で······」
「······何だって?」
バツが悪そうにえへへと頭をかく少女。後半は消え入るような声だったが、言わんとしていることは良くわかった。
が、衝撃のあまり思わず聞き返してしまう。
「一回それを買ってくれた人がいたんだけどね。すぐに返品された。聞いたらひどい有り様だったよ。早速試そうってフィールドで着替えたら【酩酊】状態にかかって知らない間にモンスターに見つかっちゃうし、逃げようとしてもうまく逃げられなくて、反撃しても空振ってステータス激減。そのままモンスターにボコボコにされちゃったみたい。本当、笑っちゃうような話だよね······」
少女はフッ、と自嘲的な笑みを覗かせる。その後は、プレイヤーの間でこの店の評判もがた落ち。依頼者は途端に少なくなって、桁が一つ落ちたらしい。
「それは、気の毒じゃの」
「······良いんだよ。まだ依頼してくれるプレイヤーの人たちもたくさんいるし」
「······ちょっと気になるんだが、何で評判をがた落ちさせた商品を店の前に飾ってるんだ?」
そんなの、店にとってもマイナスだろうに。すると、少女はショーウィンドウに手を置いた。
「それはね。この装備が、ボクが作った装備の中でも間違いなく最高傑作だからさ」
「最高傑作?でも······」
「うん。勿論、それと同時に最低傑作でもある。でもね、見てよ、この装備スキル。こんなの、【リルトン】中探してもないよ」
「······そうだな」
「他の人にとってはゴミかもしれないけれど、ボクにとっては宝物······というより、誇りなんだ。値段が少し高いのも······まあ、形式的にね?」
少女はにっこりと笑った。
その笑顔は裏表がなく、本当にこの装備を誇りに思っているんだと言うことが伝わってくる。
「······って、ゲームなのに何言ってるんだって感じたよね?引いた?」
「いや、引いてはない」
ゲームでも、装備に愛着が沸いたりするのはよく在ることだ。
「そっか、よかったー。じゃあ、店の中に入ってよ。雨でお客さんも来ないしで暇だったんだ。ついでに商品も買ってくれるんならお安くしとくよ?」
「結局客引きかよ」
少女は可愛らしくウィンクして店の中へ促してくる。さっきのプチ感動が半減するような気もしたが、騙されたとでも思って店の中へ入ることにした。
■生産職について
一般的に生産職と言うのは、【鍛冶屋】や【農民】、【薬師】などを意味する。
生産職の《生産》スキルは二通りあり、
数に重きを置いた《量産》スキルと、
質に重きを置いた《制作》スキルがある。




