なりそこないの魔女と、はじまりの魔女
(そうだ、私ですらこんなにキツく感じてるんだから……この子はもっと影響を受けてる……?)
私はメリッサの様子を慌てて伺おうとするが、
ぱたぱたぱたぱた。
驚いた事に、小さな足音は少しも乱れてはいなかった。
「主は私の魂を生き返らせ、御名のために私を義の道に導かれます」
少女の詩編を唱える声が、やけにくっきりと響いている。
「主は私の魂を生き返らせ、御名のために私を義の道に導かれます」
それは、封印から自分を防御しているというよりも、むしろ封印を解除していくかのような、不思議な気迫が籠った声だった。
「主は私の魂を生き返らせ、御名のために私を義の道に導かれます」
少女の爪先に踏まれるようにして、金色の帯が光の粒子となって消える。
一本、また一本----。
あれほど空を覆っていた封印が、シュルシュルと解けていく。
いつしか少女は、封印を蹂躙する側となっていた。
キリキリ……キリ……。
金属音は、次第に小さくなっていく。
まるで、封印の断末魔のように----。
「……あ」
手が、するりと離される。
少女----いや、小さな魔女は、解けていく封印をまるで従えるように踏み締め、封印の先へ駆け出していた。
隠されていた空が、その姿を現し始めていた。
数十年ぶりの、空。
暗い、空。
星空。
私が最後に見上げたそれと、同じようで違う----星空。
「主は私の魂を生き返らせ、御名のために私を義の道に導かれます」
こめかみに汗を滲ませた私とは対照的に、少女は弾むような足取りにさえ見えるステップで、中庭という異界から、人間界へと解放されていく。
いや、違う。
これは、もはや侵入だった。
スカートを翻し、黒髪を靡かせ、
蝙蝠傘を持った小さな魔女は、外界を目指す。
キリキリ……キリ……。
最後の封印が解除される。
夜空に消えていく。
そして、法王の庭から、二人の魔女が、放たれた。
私と、メリッサ。
なりそこないの魔女と、はじまりの魔女が----。