ストライガ
『あー、すごかったね!』
気が付けば、中庭は何事もなかったかのような静寂が戻っていた。
メリッサのあっけらかんとした声で、私はようやく当面の難関を通過したらしい事を知る。
(さっきのアレ、夢みたいだったけど……夢じゃないんだよね?)
頭を締め付けるような圧迫感も嘘のように消えている。
『ねぇねえ、あの封印ってすごいよね?! どうやって作ったの?』
『衛星経由で設定しているとだけお答えしておきます』
カーラβと会話する少女は、封印解除前と変わらず無邪気だ。
『じゃあ、あの空にあるお星様のどれかが衛星なんだよね? すごくない!?』
突然話を振られて、
『え、えいせい……?』
(えいせい……って、星の事? えっ、普通の星とは違うの?)
首を捻ってる間に、少女の興味はすぐさま次に移った。
『アイリス見て! あれ、あの白いの、だいせいどうだよね!?』
『……そうね』
中庭を抜けると、そこには昔と変わらない姿で大聖堂が聳え立っていた。
昔と違って夜中でも白亜の建物がくっきりと浮かび上がっているのは、下から灯か何かで照らされているためなのだろう。
(そうか……あの戦争でも、ここは無事だったんだ……)
どうでもいいと思っていたのに、宮殿の別名に相応しい荘厳さに、つい目が吸い寄せられてしまう。
(あれから80年も経ったなんて……嘘みたい)
教会世界を護るためなどと言われても微塵も心が動く事はなかったのに、こうして大聖堂の変わらぬ姿を見て安堵する自分がいる。
不思議な気分だった。
(あの戦争での私達魔女の犠牲が……今のこの世界に、少しでも意味があったのだとしたら……それならこの景色を美しいと思うのも、悪くはないのかも……)
『あれ? あっちから出るんじゃないの?』
しかし、メリッサは私を郷愁に浸らせないための要員か何かなのだろうか。
『人目に付きますので、ここからは地下の専用通路を使用します』
市国の国土の面積約0.44平方kmのうち、3分の2が庭園だという。
温室のある中庭の他にも大小さまざまな生垣や花壇が配置され、さながら迷路の様相を呈している。それは装飾というよりも、密談や移動、隠匿などといった事柄を円滑に行えるようにするために作り上げられた小さな緑の要塞なのだ。
そう、こんな風に----。
白いカラスは司祭達の暮らすエリアを巧みに避けて飛ぶ。
灯の灯っている窓はない。
噴水の音だけが、風に乗ってどこからとも流れて来る。
『こちらです』
何の変哲もない生垣が突然二つに分かれ、芝生で隠されていた蓋がひとりでに開く。
地下へ降りる狭い階段が現れたのは昔と同じだ。ただ灯が自動で点くようになっているらしく、足元は明るい。
『それでは今回の作戦内容について通達いたします』
カーラβは私達が付いて来ているかの確認もしない。
信頼されていると思えば良いのか、どうせ付いて来るしかないだろうと思われているのか、実はAIはそういう事は気にしないものなのか、いまいち思考が分からないのが気になると言えば気になる。
『本作戦名は■■■です』
作戦名をいきなり伏せられて、私は今度こそ躓きそうになった。
いや、別に知らなくても問題はないのか。
私達は備品だし。
『市街地に出没している魔障級生物との接触、および処理を目的としています』
『わぁ、おっかなそう!』
しかし、メリッサは全然怖がっていない。
肝試しに向かうにしても、もう少し緊張感が必要な場面だというのに----。
(この作戦……本当に私達で大丈夫なの……?)
『ねぇ……貴女、戦闘訓練とかは受けた?』
『なにそれ?』
メリッサに尋ねると、案の定、きょとんとされてしまう。
『シュミレーションの事? それならばっちりしてるよ?』
『しゅ……何?』
カーラβが助け舟を出してくれる。
『域外行動については市街地を模したバーチャルリアリティー装置をメインに、戦闘行動については電算式魔術支援システムとの脳波リンク実験で、ほぼ対応可能という結論が出ています』
八割くらいは分かったが、どれも私がやった覚えのないものばかりだ。
『貴女の任務はこれまでと同じく、メリッサの援護です』
面倒な事は教えないし、考える必要もない、という事だ。
拍子抜けするくらい、今までと変わりはない。
『……了解』
黴臭かった空気の中に微かに風の流れを感じ、私は顔を上げる。
もうすぐ、出口だ。
『そうだ! 私達の部隊名、アイリスに教えてあげてよ』
出口の蓋が細く開き、街灯の灯が目に入る。
車の警笛が遠くで聞こえた。
ここから先は、本当に、外の世界だ。
白いカラスが階段を滑るように上昇し、先に姿を消した。
埃が舞うのも構わず、私達は一気に階段を駆け上がる。
『アンソニーが付けてくれたのよ!お花の名前なんだって!』
『へぇ、意外と気の利いた真似をするじゃない』
縺れ合うようにして、私とメリッサはほとんど同時に地上に躍り出る。
市松模様の床に、二人分の靴音が響いた。
『部隊名はね……ストライガっていうの!』




