摂理に背く者
『アイリス……っ、お空、光ってるよ……!?』
『大丈夫、このまま真っ直ぐ歩いて!』
少女が首を竦める気配に、私は少し語気を強めた。
『ここを抜けるまではちゃんと私と一緒に詩編を唱えてて……!』
キリキリキリキリ……。
質量などないはずの封印帯が天空で立てる金属的な軋みが、頭に響く。
(これが対メリッサ用の封印……!)
全容を現した封印帯に、私の全身に鳥肌が立つ。
キリキリキリキリ……。
聖遺物とは比べものにならないほどの強烈な圧に、眩暈を覚える。
(なるほど確かに、これは効いてるわね)
どのような原理かは知る由もないが、アンソニーの言い方を真似るなら、魔女の脳のみに狙いを定めた効果なのだろう。
『この高レベル封印は、全て人間には不可視の光線で構成されています』
カーラβの説明に私は目を凝らすが、何度も瞬きしないとその姿は捉えられない。
(……なんて厳重なの)
輝く金糸で織られたリボンのような『それ』は、幅は様々だが、温室を中心に何十、何百本と球状に軌道を描き、上空から地下に潜り、再び上空に姿を現すという動きを取る事で中庭を完全に隔離していた。
恐らくは魔女の使う『魔法』を解析し、再構成した『魔術』による、封印。
聖遺物などというまやかしではない、本物の、封印----。
リボンに見えていたものは、ヘブライ語の綴りだろうか。
聖書の言葉で、魔女の『力』を封じているのだ。
もはやこれは完全な『魔術』だった。
強力で、そして我々魔女の埒外の技術で、法王庁はこの庭ごと現世から隔離しているのだ。
摂理に背いているのは、魔女なのか、それとも教会なのか。
私はひたすら詩編23編を唱える。
「主は私の魂を生き返らせ、御名のために私を義の道に導かれます」
メリッサの手を引きながら私は唱える。
「主は私の魂を生き返らせ、御名のために私を義の道に導かれます」
(相変わらずいい趣味してるじゃないの)
生ける屍のような魔女を穴から引き摺り出して敵の討伐に向かわせるには、これ以上はない餞の言葉ではないだろうか。




