毒と毒
「……そこまで知っているのなら、話は早い」
切り替えの早さはこの男の数少ない長所だが、たまにその速さに付いていけないと感じる時があるのがなんだか悔しい。
「マラキの予言によれば、次の法王が教会最後の法王になる」
「そうね」
アンソニーの口調には確信が籠っているが、熱はない。
あるのは、むしろ冷え冷えとした覚悟めいたものだ。
そう、これが最後のコンクラーベになるかもしれないという認識を抱いているのは、教会だけではないのだ。
「忌々しい予言のお蔭で、目下、我々の睡眠時間は限りなく0に向かって減り続けている」
「お察しするわ」
マラキの予言に限らず、教会の滅亡を信じる反教会勢力は多い。
信じるだけならまだしも、それを現実のものにしようとし、自らが新しい世界の創造主になろうと目論む者達は枚挙に暇がない。
彼らは時に悪魔を、時に魔女を祭り上げようとして必死に探し回る。
トゥーレ協会のような有名どころは、言葉通り氷山の一角なのだろう。
「……そんな気はしていたんだけど、やっぱり人間って全然進歩してないのね」
「電話だけはやたら小さくなったんだがな……」
法王庁としては、もはや魔女だろうが偽書だろうが、教会世界を護れるのなら、例えそれが毒でも使うべしという方針のようだ。
「無論、教会も、法王庁も、未来永劫続くものだ……おいそれと予言を実現させる訳にはいかない」
「だからこそメリッサの復活は、教会……いえ、全世界にとっても切り札なのです」
カーラが喋りだす。
「司教会議の結果、本日付けで法王猊下は我々庭園管理局に全権を委任されます」
AIの言葉は限りなく流暢なのに、内容を理解するのにしばらく時間がかかった。
「つまり……それって……」
「そうです。神に仇なす者共を排除するための聖なる戦いを、我々にお命じになられたのです……!」
不意に思い出した『ザ・中世』というメリッサの言葉が、頭の中でぐるぐると回り始めたのを止められないまま、私は背中を変な汗が伝うのを感じていた。