エデンの東
法王庁の中庭に隠されているのは、魔女を集めた温室だけではない。
温室の下、広大な地下空間のどこかにある書庫で秘密の予言書を管理し継承するのもまた、法王庁庭園管理局の役目だった。
『庭師』
その呼び名の通り、彼らは庭師としてこの中庭を長い年月の間護ってきたのだ。
歴代法王に時に重用され、時に疎まれた庭園管理局の庭師達----彼らが、現代までその地位を保障されてきた大きな理由の一つが、恐らくは、秘密の管理者としての立場だったのだろう。
種を蒔き、水をやり、枝を切り、虫を取り除き、刈り入れる。
法王を守護しながら同時にその地位を奪う事もできる諸刃の剣として、庭師達は生命の木という古書を代々受け継いできているのだろう。
ベラドンナ、シュロソウ、キングサリ。
エンジェルトランペット。
ダチュラ。
それら毒草の真ん中に、ひときわ高く聳える----林檎の巨樹----生命の木。
魔女を閉じ込めた温室は、古代のネクロポリスの上に再現された秘密の楽園だったのだ。
エデンの園にしては、少々悪趣味で、庭師の名を持つ選ばれた者しか入れないのが難点ではあるが。
「神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて命の木の道を守らせられた」
私は諳んじる。
「封印は、魔女を封じるためのものでもあるけど、予言書を侵入者から守るための封印でもあったのね」
「旧約聖書3章24節か……確かに中庭も温室も、まさしくその一節の通りに設計されているが……しかし、お前……本当に、魔女なのか……?」
私は軽く吹き出した。
「何よ? 魔女だって聖書も読むだろうし、なんだったらアウグスティヌスだって読んでるかもしれないわよ……知識が人間だけのものという傲慢は、このご時世少々古いんじゃない?」




