結界の中で
「ねぇ、アイリスはどうしてまだここにいるの?」
食堂を出て、私達はメリッサの荷物を取るため再び階段の下へと向かっていた。
満腹になったせいなのか、少女は歩きながら小さく欠伸をする。
「魔女は、みんないなくなったんでしょ?」
散々人から精気を吸い上げたとは思えない、あくまでも愛らしいパジャマ姿の少女は、小首を傾げるようにして、ふいに私を見上げた。
「貴女は、他の魔女とは違って、ここに自分の意思で残ってるってアンソニーが言ってた」
そうだとも違うとも返さない私に構わず、黒髪の少女は歌うように問いかける。
「貴女はモルガナを待つために、ここに自分から閉じ込められてたんだって……ねぇ、どうして?」
あのいけ好かない司祭枢機卿の言った事は、半分真実で、そして半分は見当違いだ。
「そうね……確かに私は、モルガナを待っていたわ」
長い年月を待ち侘びていたのは本当だ。
闇の中で一人、石のように草のささめきを聞いていたのも本当だ。
私とメリッサは今度は二人で螺旋階段を上る。
次第に天辺へと差し掛かる太陽の光の下で揺れる花々は、可憐というよりは毒々しい色合いを競っているかのようだ。
「ここが温室の地上部よ……ここから外へは、庭師が一緒にいないと出られないの」
ガラスの屋根の下、私は先住していた者として最低限の説明をする。
「ふぅん……」
少女は薄い反応を示しただけだ。
「外に勝手に出ようとすると、張ってある結界が発動するらしいわ」
「不便なのね」
不便とかそういう次元の話ではないと思うのだが、少女にとっては『ここから一番近い町まで馬車で半日かかる』と言われた程度の内容のようだ。
魔女について、庭師について、一体どこまでの知識を持たされているのだろう。
私は妙な胸騒ぎを覚える。
「荷物はあそこに……うぁ、やっぱりまだアレ張ってあるのね……」
温室の入口のドアの内側に、見るからに禍々しい贖宥符塗れの大きな革張りのトランクが一つ、二つ。
聖水の独特の匂いに、私の眉間にはたちまち皺が刻まれる。




