なりそこないの魔女
魔女狩り。
それは数百年前に吹き荒れた暴力と殺戮の嵐。
その嵐が止んだとされているのはいつなのか、私は知らない。
そのただ中にいたはずなのに、覚えていない。
私には語るべき知識も記憶もない。
私は、魔女なのに----いや、魔女だからこそ、何も分からないのだ。
幾つもの戦乱と、変化と、壊滅と。
瞳に焼き付いているはずの全ては、滑稽なまでに断片的で----。
とにかく、今の私には、語るべき『私』が無い。
私に残されたのは、アイリスという名前と、朽ちる事のない肉体のみであり、私の時は十七歳で止まったままなのだ。
ザザザザッ、ザザ……ザザ……ッ……。
私は目を開いた。
どこまでも続く闇が、私の世界の全てだ。
それと、
「……モルガナ」
ただ一つだけ覚えている名前。
忘れたくても、忘れられない、名前----。
魔女モルガナについて語る前に、まず私自身について整理しなければならない----のだが、私自身について私が語れる事はあまりにも少ない。
自身の来歴が十七歳まで白紙であるということは、私にとっては、十七歳で唐突にこの世に生まれたのと変わらない。
そもそも私が十七歳だという事すら確定事項ではないのだ。
単にそう記載されているからであり、仮に誰かがその上から線を引き、二十歳だと書き直せば、私は二十歳になるのだろう。
そのくらいに私の存在は曖昧なものなのだ。
だから私が魔女であるというのも、また、誰も証明できない。
なのに、私は魔女として断罪され、
魔女として殺され、
そして----魔女として甦った。
だが、私は魔女などではない。
なのに、それを証明できない。
私が十七歳だということも、私が魔女であることも、全て、私自身に根拠は無い。私が私であるという事を、私は自身で証明出来ない。
この私の存在のなんと不確かな事か。
ザザ……ッ!
私の思考などお構いなしに、草が騒ぐ。
喜びを爆発させている。
ここにあるのは全て魔女のための薬草だ。
それを手折る者はもう誰もいないのに----。
ひときわ大きく草が揺れ、噎せ返るような香りが私を押し包む。
思い出した。
だから私は自分をこう呼ぶ事にしたのだった。
----『なりそこないの魔女』と。