花と糧
「アイリス……?」
どのくらい時間が経っていたのだろう。
完全に黙りこくってしまった私に不安を覚えたのだろう、気が付けば背伸びをしたメリッサがランタンで私の顔を照らしていた。
「どうしたの? 大丈夫?」
精いっぱい爪先立ちになっているせいか、指先が小さく震えている。
「……大丈夫よ、ちょっと……考え事をしていただけ」
金輪と鎖がさっきよりも赤みを増して見えるのは、きっと目の錯覚だ。
「この部屋を使ってたのは、もうずっと昔だから……私達にはもう関係がないわ」
「ふぅん……」
少女はランタンを入口に向けた。
「なら、いいや」
興味はもうないらしい。
「残りの部屋は、また後で見たら……?」
「うん」
意外にも素直に頷くのを見て、私は理由の分からない安堵を覚えてしまう。
魔女狩りについて説明できるだけの記憶が残っていないというのは、本当だ。
だが、本当に残ってないのだろうか?
ごくり、と私は唾を飲み込んだ。
(記憶を残していないと思い込んでいるのだとしたら……?)
だって。
そう、あまりにも私の記憶は断片的過ぎる。
まるで、誰かの手によって細かく刻まれ、撒き散らされたかのように----。
「そうだ! アンソニーが、上に荷物を運んでおいてくれてるはずだから、取りに行かなきゃ!」
「……そういえばそんな事言ってたわね」
今は先にやる事が幾つもある。
この事は、とりあえず忘れよう。
「危ないから走っちゃダメよ」
そう言ったそばから少女は駆け出した。
子供なんてそんなものだ。
私達魔女宛の荷物は全て、棟梁以外の庭師達の手で温室の入口前に置かれる決まりになっている。
荷物には全て羊皮紙の贖宥符が貼り付けられ、聖水と香油が振り掛けられているのだ。それはいいとして、全て剥がす手間は思い出すだけでゲンナリとする。
(あれってまだ続いているのかしら……?)
「うわ……っ、すごい! こんなにお花が咲いてる……!」
メリッサの歓声が聞こえた。
「見て! ここにある草、全部お花が咲いてるの! きれい……!」
幾つも混ざり合った芳香が螺旋階段から漂って来る。
私は息を呑んだ。
昨日までは蕾すら付けていなかったはずの薬草達が、一斉に花開いていた。
赤、黄色、紫、青、白----。
花屋の店先もかくやという程の色彩の洪水に私は息を呑む。
こんな事はこの数百年で初めてだ。
「良かったぁ、これで私、やっとごはんを食べられるね」
そうか。
私はまた一つ思い出す。
この薬草達は、魔女モルガナのために自らの花を咲かせたのだ。
女王の、糧を生み出すために。
つまりは、私の血肉となるために----。




