番外編5 旅のおわり。
「あはは、ミオのお母さんって面白いね」
「でしょう? 本当、なんでも拾ってきちゃうから家が動物園みたいになっちゃって」
少女たちの出会いから数日後。街道を歩きながら賑やかに会話をする二人の姿があった。
1人は何の変哲もないこげ茶の髪の毛。もう1人はとても珍しい闇色の髪の毛を風に揺らして歩いている。話に上るのはおしゃべりな黒髪の少女、ミオの家族の話が多い。
「私のおじさんは、かなりカッコいいからモテてるんだけど、ずっと片思いしててね。あれは相当長い時間がかかりそうなんだよね」
「ミオのおじさん? 結構なお年まで独り身なんだね」
「…あ、ええっと、そうそう。お母さんとはずっと…その、年が離れてるから。私たちよりちょっと年上くらいに見える、かな」
「そうなんだ」
リリィは不思議そうに首を傾げたが深くは聞かなかった。ミオはとってもいい子だが、何かを隠している。そしてそれを聞かれたくはないだろうと判断したからだ。
別に害意はなさそうだし、問題ないだろう。そう思えるほどにこの数日で二人は仲良くなっていたのだ。二人は一路、ネスレディア王国へと向かっていた。探し物がそれまでに見つかればそれで良いし、見つからねばそこで仕事を探そうと思っている。
北の大魔法使いは竜を殺してなどいないと、ミオは憤慨して真相を語ってくれた。それは今までの雲をつかむような話とは違って現実的で血なまぐさいものだったが非常に納得できるものだった。
長い年月と、リリィの暮らす田舎まで届くまでのうちに、話は歪められて語られてしまったのだろう。
「ね、リリィはなんで白銀の竜を探しているの?」
この短い旅の間で何度聞かれた言葉だろう。
この質問をする深い菫色の瞳は、リリィの心の中まですっかり見通しているようで少し怖かった。ずっとはぐらかしていたが、そろそろ限界か。諦めてひとつ溜息をついた。
「絶対に笑わないで聞いてくれる?」
***
街で、リリィに会えたのは本当に偶然だったのだけど、本当は運命だったのかもしれない。
面白い人がいるなーと思って声をかける悪い癖はやめなさい! ってお母さんに口うるさく言われていたけどたまにはいいこともあったよ。
リリィのポツリ、ポツリと話された彼女の事情は、私が予想していたものとほぼ合致した。そして、旅の理由を聞いて私は内心ガッツポーズしてた。
「ふふ、おかしな話でしょ」
「信じるよ」
「でも、信じてくれなくてもいい。私はハルトを探してい…あれ? 信じてくれるの」
彼女のヘーゼル色の綺麗な瞳は瞬きをする。
やったね、じいちゃん。ばあちゃんめっちゃ可愛いよ。
「うん。だって、嘘ついてないんでしょ」
戸惑う彼女の手を引いて私は街道を逸れた。
私には、じいちゃんの居る場所がいつもなんとなく分かる。じいちゃんから光の糸が伸びているような、そんな感じ。大輝おじちゃんに言ったらそれは世界の道しるべだよって言われたけれど、私にはそれを渡る力は無いらしい。
「このまま、こっちの山を登って。そしたら貴女の探している白銀の竜がいるはずだよ…ミサキ」
ネスレディアへの楽しい旅は中止だ。だって、じいちゃんがすぐに連れてきてくれるだろうから。いや、当分は二人で過ごすのかもしれないけれど。
ミサキと笑った私に彼女は目を丸くして、どうしてと呟いた。
私は何も言わず、方向を指し示した。彼女は戸惑った表情をしていたが、決心したのだろう。頷いてその方向へと走って行った。
***
ジオハルトは、滝の近くで数日を過ごしていた。この滝は、彼の大好きだった竜王の里にあった滝によく似ており、冷たさはそこまでないもののジオハルトの疲れた体を癒すには最適だったからだ。
「しかし、いつまでもここにいるわけにもいかぬな。そろそろ出立せねば」
大きな岩に座り、ざあざあと轟音を立てる滝をぼんやりと見つめていたジオハルトは立ち上がり、眉をひそめた。自身が張った結界内に誰かが侵入してきたからだ。一体誰が…気配を探った彼の緑色の瞳が大きく見開かれた。彼はしばし呆然としてから、ゆっくりと後ろを振り返った。
ガサガサという茂みの揺れる音、枝を踏み折る音が聞こえ、それが段々と近づいてくる。
ジオハルトは身動きひとつせずに、その揺れる茂みを見つめていた。やがて、そこからひょっこりとこげ茶色の髪の毛が覗き、次いで体が現れた。頭に葉っぱやら枝をくっつけた少女は滝を見て歓声を上げる。
「あ、滝だー。やっと水が飲め…る」
見慣れないヘーゼル色の瞳に、こげ茶色の髪の毛。ジオハルトの愛する妻とは全然違う見た目だったが彼には分かった。
そして、悠久の時をそのままの姿で生きる竜の変わらぬ姿に彼女もすぐに気付いたのだろう。
「ハ、ハルト」
その場にへなへなと座り込んだ彼女を見て、ジオハルトは、岩から飛び降り着地する。彼女の前に座り、ぎゅうと抱きしめた。
ずいぶんと長い時間抱きしめていたが、そっと身を離して彼女の頬を両手で優しく包み、涙に濡れたヘーゼル色の瞳を覗き込んだ。可愛らしい顔は涙で濡れて歪んでいる。優しい春を思わせる緑色の瞳もすっかり濡れていて、二人は少し笑い合った。
「おかえり、ミサキ」
「うん。ただいま、ハルト」
彼女は、彼の胸の中に勢いよく飛び込んだ。あまりに勢いが良すぎて彼は後ろに倒れてしまう。
「あ、ごめんね。強すぎちゃった」
慌てて身を起こそうとすると手を引かれ、そのままミサキはジオハルトの体の上へと引き倒されてしまう。ジオハルトの体は白銀の竜だからひんやりと冷たい。でも、胸に押し当てた耳からはきちんと鼓動が聞こえてくる。
腕を掴んでいた手はいつの間にか背中へと回っており、ぎゅうと苦しいほどに抱きしめられている。その少し息苦しいけれど心地よい感覚にそっと瞳を閉じた。
「遅くなって、ごめんね」
「探し出す前に、探し出されてしまったな」
そっと囁いた言葉に、少し悔しそうな返事が返ってきたので彼女は笑った。そんな彼女を体に乗せたままジオハルトは起きあがり、そっと口付けた。そして再び腕の中に囲いこみ、愛おしそうに頭を撫でたのだった。そして、彼女もそれに応えるように彼の背中にしっかりと両腕を回して抱き返した。
****************
ネスレディア王国、時空の塔の大魔法使いの住まう場所。深夜の時間帯だというのに、塔を登る少女の姿があった。黒い長い髪の毛は頭の上でくくられており、瞳は深い菫色だ。
「美緒、どうした? この前来たばっかりじゃん」
出迎えた大魔法使いは不思議そうにしながらも扉を開けてやる。少し興奮気味のかわいい姪っ子は大輝に勢いよく抱き着いた。
「うわっと、なんだなんだ」
「大輝おじちゃん! ばあちゃん見つけたよ!」
「はあ?」
ばあちゃんというと、あれか。フリクセル家のあの元気いっぱいなアルフレドの母親かと思ったが、姪の瞳はきらきらと輝き、その興奮具合は通常では考えられない。困惑する大輝に美緒はじれったかったのか、彼の肩をがしっと掴んでぐらぐらと揺さぶった。男性としては小柄な彼の体がぐらぐらと揺れる。
「ミサキだよ! 人間だったけど魔力を持っていないから、竜の気をたくさん受け入れられると思うよ!!」
「え、母さん? ちょちょちょ、美緒ちゃーん、興奮しすぎ。羽根も出てるよ! 引っ込めて引っ込めて!」
興奮して尻尾と羽根まで出てきた姪を宥めて話をきちんと聞いた大輝はしばし驚いていたが、満面の笑みを浮かべた。そして当直していたアルフレドへと通信珠を繋ぎ知らせてやる。すぐに美雨も知ることになるだろう。
さて、いつになったら親父殿は連れてきてくれるかな。まあ、ずっと会えなかったのだから、存分に独り占めするといい。そんなことを思いながら、塔より空を見上げた。
もうこの塔から孤独に空を翔ける竜王を見ることはなくなるだろう。
竜王の長い旅は終わったのだから。
本当のおわりでした。番外編までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。
ちなみに、美緒の名前は母親たちから一文字と、“緒”は紐、繋ぐという意味合いです。以上、余談でした。




