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鶯の声は死神と共に  作者: lazilywalker
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終章 鳥の声

『鶯の声は死神と共に』をお読みいただき、ありがとうございます。


本作は、五年前に起きた少年の失踪事件をめぐるミステリーです。

終章 鳥の声


AYAから報告書を受け取った数日後、水瀬美咲は一人で山あいの寺を訪れた。


町から少し離れた、小さな寺だった。


境内の奥には墓地があり、そのさらに端に、いくつもの遺骨を納める集合墓があった。


直人は、そこに眠っていた。


桐谷家の墓には入らなかった。


誰がそう決めたのか、美咲は知らない。


ただ、AYAから渡された報告書の最後に、直人がこの寺に納められていることだけが記されていた。


墓地には人の姿がなかった。


山から吹き下ろしてくる春の風が木々を揺らし、ときおり葉の擦れる音だけが聞こえた。


美咲は集合墓の前に立った。


しばらく見つめてから、持ってきた花を供えた。


そしてバッグから、折り畳んだ紙を取り出した。


何度も書き直した手紙だった。


――あのとき助けてくれて、ありがとうございました。


最初に書いたのは、その一文だった。


その先は、何度書いてもうまく続かなかった。


自分の命を救ってくれたことへの感謝。


悠真を殺したことへの怒り。


なぜ、と思う気持ち。


もし誰かがもっと早く気づいていたらという思い。


どれも本当だった。


だから、どれか一つだけを選んで書くことができなかった。


美咲は手紙を墓前へ置こうとして、やめた。


ここに置いても、答えが返ってくるわけではない。


折り畳んでバッグへ戻そうとしたとき、背後から足音が聞こえた。


美咲は振り返った。


花を手にした男が立っていた。


桐谷雅之だった。


「水瀬さんですね」


美咲は驚いた。


「どうして、私を?」


「AYAさんから聞きました。あなたが直人君のことを調べていたと」


雅之はそれ以上説明せず、美咲の横を通って集合墓の前へ進んだ。


持ってきた花を供える。


そして静かに手を合わせた。


美咲はその姿を見ていた。


「ここへ、よく来るんですか」


雅之は手を合わせたまま、しばらく答えなかった。


「時々です」


それだけだった。


二人は並んで墓の前に立った。


しばらく、どちらも何も話さなかった。


先に口を開いたのは美咲だった。


「私は、あの人に助けてもらいました」


「聞いています」


「だから、知りたかったんです」


雅之が美咲を見る。


「どうしてあの人が、悠真君を殺すところまで行ってしまったのか」


雅之は再び墓へ目を向けた。


「何か分かりましたか」


美咲はバッグの中の報告書に触れた。


「理由は、一つではありませんでした」


「そうでしょうね」


「仕事のことも、家族のことも、悠真君のことも。どれか一つだけだったら、あんなことにはならなかったのかもしれません」


雅之は黙って聞いていた。


「でも」


美咲は続けた。


「理由が分かっても、したことを許せるわけではありません」


「ええ」


雅之の返事は短かった。


「私も、直人君を許すことはできません」


雅之は墓を見つめた。


「悠真を返してほしい。それは今でも思っています」


そこで言葉を止めた。


春の風が墓地を抜けていった。


遠くで木々が揺れている。


「ただ――」


雅之はゆっくりと続けた。


「直人君を責めるだけでは、終われないんです」


美咲は黙って雅之を見た。


「私は、家族を守っているつもりでした」


雅之は自分の手へ視線を落とした。


「家のことも、金のことも、自分が引き受ければいい。そうすれば、みんな安心して暮らせると思っていた」


少し間を置いた。


「でも、それだけだった」


美咲は何も言わなかった。


「誰が何を苦しんでいるのかまでは、見ていなかった。直人君が何も言わないから、大丈夫なんだと思っていた」


雅之は小さく息を吐いた。


「いや――」


首を振った。


「大丈夫だと思いたかったのかもしれません」


「雅之さんのせいではありません」


「そうかもしれません」


雅之は否定しなかった。


「それでも、ときどき考えるんです」


そして初めて、まっすぐ美咲を見た。


「何か一つ違っていたら、私が直人君の立場だったかもしれない」


美咲には、その言葉へ返す答えがなかった。


直人だけが特別に弱かったわけではない。


最初から、人を殺すような人間だったわけでもない。


誰かを助けることのできる人間でもあった。


そして、その同じ人間が悠真を殺した。


どちらかだけが、本当の直人だったわけではない。


だからといって、罪が消えるわけでもない。


人は、一つの言葉では説明できないのかもしれない。


美咲はバッグから手紙を取り出した。


もう一度、開いた。


何度も書いて、消した跡が残っている。


結局、最後まで書き足す言葉は見つからなかった。


それでも、最初の一文だけは声に出した。


「助けてくれて、ありがとうございました」


雅之は何も言わなかった。


美咲も、それ以上は言わなかった。


山の方から、鳥の声が聞こえた。


美咲は顔を上げた。


木々の間に目を凝らしたが、鳥の姿はどこにも見えない。


風が吹き、枝が揺れた。


しばらくして、


もう一度だけ、鳴き声がした。

※本作はフィクションです。登場する人物・団体・地名・心理描写は架空のものであり、実在の人物や事件について、その動機や内面を説明するものではありません。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

最後まで付き合い頂きありがとうございました。

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