花火と黒猫(朔side)
両親の墓参りに行った時、隣の墓でド派手に花火をしている女に出会った。
なんて不謹慎なんだ。頭おかしいんじゃないのか?
彼女の第一印象はそれだけだった。
真っ白なワンピースに、長い黒髪。
年齢は俺よりほんの少し上に見える。
手元の花火が、ぱちぱちと火花が弾ける。
「花火、綺麗でしょ?」
そう言って女は墓石を見た。
旦那さんかな?
俺はなんとなく墓石へ視線を向ける。
写真立てには、優しそうな男が写っていた。
夏の日差しが墓石を照らしている。
白い煙がゆらゆらと漂い、火薬の匂いが風に乗って流れていく。
長崎県の方では、お盆や命日には墓前で花火をする風習があるらしいが、そっちの出身だろうか?
知識としては知っていた。
でも、実際に目の前で見るのは初めてだった。
しかも彼女は楽しそうだった。
墓石に向かって笑っている。
死者を悼んでいるようには見えない。
まるで生きている相手と話しているみたいだった。
「……旦那さん、びっくりしません?」
俺が後ろから思わず声をかけると、彼女は振り返って、「するかなあ?」と少し考えていた。
「でも、あの人なら笑ってくれると思うなぁ」
”日向家之墓”と書かれたお墓には、真っ白なトルコキキョウの花が供えられている。
白い花と、花火の煙と、夏の青空。
妙に綺麗な光景だった。
「うーん、でもやっぱり、うるさいって怒るかも」
そう言って彼女は笑った。
「じゃあ私、もう一本だけやるから」
「まだやるんですか?」
「命日だからねー」
「……いや、でもそれ……一本じゃないですよね?」
「三本……かな?」
彼女は声を立てて笑った。
その笑顔を見た瞬間、俺は目が離せなくなった。
夏の日差しの中で笑うその横顔が、妙に記憶に残ったのだ。
たぶん、その時だった。
俺が彼女に一目惚れしたのは。
笑っているのに。楽しそうなのに。
どこか泣きそうな顔をしていたから。
そうして、俺はこの茹だるような夏の日差しの下で、日向楓という女性と出会ったのだった。
***
「久世くん、次の依頼入ったからお願い」
数ヶ月後、バイト先の家事代行サービス<アポロン>の事務所で、店長からタブレットを渡された。
顧客情報を見た。
氏名:日向楓
年齢:30歳
職業:作家
同居人:なし
ペット:猫1匹
(日向?いや、まさかな)
「作家さんの家ですか?」
「そうなのよ。締切前で部屋が大惨事らしいわ」
「ああ……」
なんとなく察する。
小説家や漫画家の依頼は珍しくない。
忙しくなると生活が崩壊する人が多いのだ。
けれど俺の頭にあったのは別のことだった。
まさか。いや、でも。
もし本当にあの人だったら――。
ーー翌日。
俺は指定された住所の前に立っていた。
住宅街の一角にある、二階建ての小さな一軒家。
インターホンを押すと、しばらくして玄関が開いた。
「はい、どなたですか?」
顔を見合わせ、そして互いに固まった。
「あ」
「あー!」
そして次の瞬間。
「あー!」
大声で指を差された。
「墓地のお兄さん!」
「……えっと、とりあえず……その呼び方やめてもらえます?」
「ごめんごめん!」
全然悪びれていない。
やっぱり変な人だった。
「家事代行サービス<アポロン>の久世朔です。よろしくお願いします」
「日向楓です。改めて、よろしくね」
そう言って彼女は笑う。
やっぱり綺麗だ、と思った。
とても、三十歳には見えない。
「……ちょーっと、散らかってますけど気にしないでね?」
玄関をくぐった瞬間。
俺は絶句した。
本、原稿、資料。
本、原稿、資料。
本、原稿、資料。
足の踏み場がないほどだった。
「……すごいですね」
「褒めてる?」
「いや」
「だよね」
ーーその時だった。
リビングの奥から黒い影が現れた。
艶のある毛並みの黒猫だった。
金色の瞳で、ずいぶん綺麗な猫だ。
猫はこちらを見る。
じーっと。
じーっと。
そしてーー。
「シャーッ!!」
ものすごい勢いで俺を威嚇した。
「えっ」
俺、何かした?
猫は完全に臨戦態勢だった。
耳を伏せ、尻尾を膨らませ、明らかな敵意を向けてくる。
「クロ!」
楓が慌てて猫を抱き上げる。
「ごめんね、この子普段はおとなしくていい子なんだけど……」
いやいや、嘘だろ。
猫は楓の腕の中からも俺を睨んでいる。
「嫌われちゃったかな」
楓が苦笑する。
猫は相変わらず、俺から目を離さない。
まるで、「近づくな」とでも言いたげに。




