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王太子に転生しましたが、何故か悪役令嬢に土下座をしました  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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第19話【再びの決意、迫る影】

「殿下、こちらの書類を」


「ああ」


 オリエッタ嬢がやってきてから一週間、俺はこの日も公務を行っていた。

 クレア嬢が手伝ってくれていて、大変助かる。

 王宮内では、俺がオリエッタ嬢と婚約するっていう風潮ふうちょうになってきている。

 それに婚約の申し込みも増えてきている。

 ただ俺はユリアナ嬢しか考えられない。


「殿下、オリエッタ様が殿下に会いたいと」


「またなのか」


 一週間しか経っていないのに。

 だが、会わない理由は無かった。


「分かった」


 俺は彼女がやってくるのを待つことにした。

 クレア嬢はオリエッタ嬢の名前を聞くと、何かを考えている様子だったが。

 何も言うことなく、文官室へと移動していた。


「一週間ぶりですね、殿下」


「ああ、来てくれて嬉しいよ」


 やってきたオリエッタ嬢は、一週間前と変わらないままの美しさを出していた。

 微笑ほほえみのまま、俺を見つめている。


「こちらこそ、お会いできて嬉しいです」


 そこから最初は雑談に入っていった。

 一応当たり障りのない会話をし続けていく。

 だが、途中から婚約の話題に。


「それで、新たな婚約者は決まりますでしょうか?」


「まだ決めていない」


 嘘をついても仕方ないから、正直に伝える。


「あら、そうですのね。殿下、私を選んで頂けますでしょうか?」


「オリエッタ嬢を」


 まるで今日決めてしまえ、と言われているような感じだ。


「はい。私を選んでいただければ、国内の安定が図れますわ」


「そうだな。君は名門だから」


 悪い話じゃない。

 風潮からしても、俺がオリエッタ嬢を選ぶような感じになっている。


「ユリアナ様のような不安定な縁談より、私の方が良いかと」


 彼女のアピールは間違っていないかもしれない。

 だが。


「まだ決められない」


 はっきりとオリエッタ嬢に伝える。


「分かりましたわ。それに私は殿下を愛しております、その気持ちは本物ですから」


「その気持ちだけは、受け取っておこう。婚約するかどうかは別だが」


 本心だろうな。

 二回も訪問してくるなんて。


「国のために、正しい決断をお願いしますわ」


 帰る際には俺にそう、カーテシーをしていた。

 またオリエッタ嬢は来るのだろうか。


「オリエッタ嬢、手強てごわいな」


「そうですね」


 レーナはそう返事をする。


「殿下はオリエッタ様と結ばれる気なんてないですよね」


 文官室から戻ってきたクレア嬢が、問いかけた。


「あるわけないだろ」


 俺は当然のように否定する。


「もしそうなったら、ユリアナ嬢を二度も裏切ることになるし、あと君の講習だって無駄になる」


 ユリアナ嬢との婚約を戻したい気持ちで来た。それは変わっていない。


「それは良かったですが、ところでオリエッタ嬢に心当たりは?」


 クレア嬢は質問を投げかけた。


「いや、名門の侯爵令嬢こうしゃくれいじょうっていう事しか」


 オリエッタ嬢はそれ以上の事について、特別な情報は知らない。


「そうですか」


 これ以上クレア嬢は訊いてこなかった。


「殿下、陛下へいかがお呼びです」


 すると、文官のガスペリが書類を持たずに入ってきた。

 陛下《父上》が呼んでいるなんて。

 大抵は伝言をしているはずなのに。

 ただ事じゃないな。


「分かった」


 俺は父上の執務室へ行って、話を聞くことにした。

 どんな内容になるのだろうか。


「失礼します」


 執務室の前、王家の紋章がある謁見室えっけんしつには、すでに陛下とデメルジス宰相さいしょうが。

 応接用の机には紅茶が既に置かれている。

 湯気が立っていて、入る直前に置かれたものらしい。


「まあ、座れ」


 言われるとおり、応接用の椅子に座る。

 父上も座っていき、話は始まった。

 宰相はそのまま立って、聞いていく。


「さてレオポルド。婚約についてだが、現状誰とも婚約状態にない」


「分かっております」


 やはりその話題だよな。

 むしろそれ以外に呼ばないだろう。


「もう一ヶ月が経つが、誰にするのか決めたのか?」


 王太子の立場としてモラトリアムが長くなりすぎてはいけないのは分かっている。


「いえ、まだです」


「先程も訪問してきたオリエッタ嬢、彼女は良さそうだが」


 父上からもそんな話が出てくるなんて。

 これは、仕方ないのか。


「俺は破棄してしまいましたが、ユリアナ嬢と婚約を戻そうかと」


「レオポルド、

オリエッタ嬢は良い縁だ。ユリアナ嬢との復縁は難しいのではないか?」


 父上さえもオリエッタ嬢を推しているなんて。

 オリエッタ嬢と婚約を結ぶのが、正しいようになっている。


(俺の事なんだけれども、ユリアナ嬢を推している俺が変人みたくなっているじゃないか)


「父上、俺はユリアナ嬢以外考えられません」


 それでもはっきりと宣言する。

 何とかこのモラトリアムを維持させるために。


「国を思うなら、決断を急げ。王室会議で廃嫡はいちゃくの声も上がっているぞ」


 父上はため息を吐いた後、俺に強く言い放った。 

 廃嫡なんて。


(ユリアナ嬢に届いたと思ったのに、時間が無いのか)


 俺が王太子じゃなくなるかもしれないのか。

 ペテルが言っていたな、彼が王太子になるかもしれないって。


「私からも良いかな」


 次に口を開いたのは、この状況を見守っていた宰相だった。


「外交においても、数日前から危うい状況になっているのは確かだ。方々から婚約状態にない君を心配する声が聞こえている」


「そ、そうなんですね」


 苦笑いしながら言葉を聞いていく。


「国に対する不安から、すんなりいくものが厳しくなったものもある」


 交渉がしづらくなったのかよ。

 この状況はマズいのか。


「分かりました」


 軽く頷いて、返事を行う。


「話は以上だ。今週中に決断するように」


 父上の期限をつけた言葉の後、俺は紅茶を飲み干すと謁見室を出ていった。


「はぁ」


 出た瞬間に、大きなため息が出てきてしまう。

 一気に疲れが出てきたようだ。


「殿下、大変でしたね」


 執務室に戻ると、クレア嬢がそうねぎらいの言葉を。

 微笑みながら明るい感じで。


猶予ゆうよもそんなに無いみたいだ。今週中に決めろって」


「そんな、まだユリアナ嬢と婚約を戻していないのに」


 クレア嬢は驚きながら、辛そうな表情をしていた。


「殿下はどうされますか?」


 辛い表情のまま訊いてきた。

 オリエッタ嬢と結ばれて欲しくない、って訴えているようだった。


「ユリアナ嬢しか考えられない。だから明日会いに行く」


 はっきりと俺はクレア嬢に伝える。

 少し安心したような表情をしているが、まだまだ不安そうでもあった。


「明日の公務は、ルイッツホーフの領地への視察、でしたね」


「ああ」


 側で作業をしていたレーナが確認する。

 このために、時間を開けたんだ。



「じゃあクレア嬢、よろしく頼む」


「分かりました」


 次の日、俺は馬車へと乗り込んだ。

 行き先は決まっている、ルイッツホーフ家の領地。

 数時間掛けて、領地にある村へ。前回訪れた場所とは違っているが。


「あっ、王太子殿下だ!」


「ようこそいらっしゃいました」


 出迎えた村人達は、笑顔で出迎えてくれていた。

 嬉しそうな表情をしていて、歓迎しているようだな。


「ユリアナ様は?」


 ただきょろきょろとしていて、気になっている様子。


「いや、俺一人だ」


「殿下、ユリアナ様がいないと寂しいですわ」


 中年の女性が落ち込ませながらも、笑みは残していた。

 気を遣っているんだろうな。


「俺も頑張るからな、だから安心してくれ」


 笑顔を見せて安心させようとする。


「殿下、顔がおかしいですよ」


 女性は少しだけ笑みが自然になっていた。

 良かった。


「あの、最近税が重いのですが」


 女性がそう伝えてきた。

 ユリアナ嬢だったらどう言うのか考えながら、言葉を浮かべる。


「負担が増えないように、俺も陛下や宰相に伝えるよ」


 俺が言葉を発すると、少しだけ安心したようになっていた。


「王太子様ー!」


「あ、お菓子だ!」


 今度は子供達の前で高級菓子を配っていく。

 笑顔を見せ、袋を開けてお菓子を渡していった。


「よしよし、みんなで分けようね」


 子供達は嬉しそうに受け取ってくれるけれど、子供の一人が顔をしかめていた。


「王太子様、いつもユリアナ様が『みんな分けようね』って優しく言ってくれたのに。今日は何か違う」


 そう言われた途端、笑顔が一瞬引きつってしまった。


(またか。俺の笑顔、不気味なのか)


 さらに別の子はお菓子を受け取って、つぶやいた。


「ユリアナ様の笑顔がないと、なんか寂しい」


 俺は慌てて、笑顔を貼り直した。


「ご、ごめんな。今日は俺一人だからな。ユリアナ嬢の代わりに、俺が頑張るよ!」


 子供達に囲まれながら、必死に菓子を配っていく。

 笑顔のままで。


「わわっ!? 申し訳ない」


 途中で手が震えていて、袋を落としそうになったしていた。

 それを見て、領民達はクスクスと笑い始めている。


「殿下、顔が赤くなっていますよ」


 子供にそう指摘されてしまった。無邪気な様子で。

 俺はさらに焦ってしまった。


(ユリアナ嬢だったら、こんな時でも自然な笑顔をするんだろうな)



【ユリアナ視点】


 サルチャクから殿下が再び領地へ向かうと言われ、気になったからわたくしも行くことにした。

 遠くから殿下の様子を眺めていく。

 殿下が領民達の話を聞いて、子供達に笑顔を見せてお菓子を配っている。


「ユリアナ様の笑顔がないと、なんか寂しい」


 そんな事を子供から言われ固まっている殿下を見たとき、何故かわたくしは胸がチクリと痛んだ。

 同情ではない、違和感でもないはずなのに。

 滑稽なはずなのに、わたくしは目を逸らせずに殿下の様子を見続けていた。


(殿下、本当にわたくしがいなくても頑張ろうとしているのね)


 途中では、お菓子を落としそうになって謝っていた。

 そんな様子を見ていると、何故か愛おしく感じてしまう。


(わたくしがいれば、こんなに苦労しなかったのに)


 そっと息を吐き、再びわたくしは馬車に乗り込んで、屋敷へと戻っていった。

 殿下がやってくるのだから。

 果たして殿下は、オリエッタ嬢に向いてしまうのかしら。


(それともクレア嬢で満足なの?)



 夕方、王都にあるルイッツホーフ家の屋敷へ。

 本当の目的はそっち。

 扉を叩いて、使用人が出てくるのを待つことに。


「王太子殿下ですね、こちらへ」


 すると使用人は分かっているかのように、俺を応接室へ。

 何回も訪れているから、慣れてしまったのだろうか。


「お待たせしましたわ。公務お疲れ様ですわね」


 すると応接室にやってきたユリアナ嬢も分かっているかのように、最初の挨拶あいさつを。

 軽く笑みを見せていた。


「ああ」


「本日はどうされたんですの?」


 ユリアナ嬢は俺を見ながら問いかけた。


「これを渡したい」


 俺は前と同じように胸のポケットから、封筒を取り出した。

 それを彼女に渡した。


「あらこれは、わたくしと、殿下ですの?」


 ユリアナ嬢は封筒を開けて、中に入っている絵を見る。

 そこには俺が描いた、ユリアナ嬢とレオポルド()が並んで立っている絵が。


「笑顔が優しいですわね」


 微笑みながら、眺めていくユリアナ嬢。


「そうなるように描いた」


 頷いて、絵を眺めていくユリアナ嬢を見守った。


「『完璧じゃなくても、この未来を一緒に描きたい』、と」


 いつの間にか、ユリアナ嬢は目を潤ませていた。

 届いているのだろうか。

 俺は片膝をついて、彼女の目を見る。

 あの日は、気づかなかった。

 同じように震えていたのに。

 ーー俺は見ていなかった。

 言葉を尽くすより、誠意を見せた方がいい。

 そう思った。

 だから、全部を賭ける言葉を選ぶ。


「ユリアナ嬢、俺は君を選ぶ。廃嫡になっても、君のそばにいたい。もう一度俺を信じてほしい」


 廃嫡。

 それは王位継承権を失うだけじゃない。

 政治的後ろ盾も、立場も、全てを失うということだ。

 俺はそれでも告白した。

 彼女から涙は止まらなくて、俺は言葉を待ったのだった。


「そこまでしてでも殿下は」


 絵を持つ手は震えている。


「殿下。わたくしも、殿下を諦めたくない」


 言い終えた後、ユリアナ嬢は小さく息を吐いた。

 まるで、自分で言ってしまったことに戸惑うように。

 一瞬だけ、成功したかと思った。


「……でも」


 続く言葉が、すぐには出てこない。


「でも、まだ怖い」


 指先に力が入りきらず、絵を持つ手が揺れている。

 それでも、落とさないように必死に握っていた。

 申し訳なさそうな表情で、ユリアナ嬢は涙目で俺を見つめていた。


「そうなのか」


 難しいよな。


「今の殿下を信じたいのに、あの日の殿下がまだ消えませんの」


 はっきりとユリアナ嬢は伝えてきた。

 それでも感じるに、ユリアナ嬢と距離は近くなったかもしれない。

 俺は馬車で王宮へと戻っていく。


「殿下、どうでしたか?」


 王宮に戻って報告した後、クレア嬢が執務室で出迎えた。


「まだだった」


 俺はルイッツホーフ家での事を伝えた。

 すると神妙しんみょうそうな表情をするクレア嬢。


「殿下、ちょっとよろしいでしょうか」


 真剣な表情になって、俺を連れ出した。


「どうした」


 俺は王宮の庭園へと歩いていく。

 夜であるがランプの灯りで輝いている。


「殿下。このままでは、殿下は廃嫡になってしまいます」


「ああ、そうなるだろうな」


 昨日の話を簡単に解釈したらそうなるだろう。

 クレア嬢の顔は真剣だった。

 けれど、その声は少しだけ震えている。


「だから、私が婚約者になります」


 クレア嬢ははっきりと宣言した。

 どうしてこんな事を急に言いだしたんだ。

 俺はこの時、一瞬理解できなかった。

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