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第35話「サインコークの夜」

35.「サインコークの夜」モガニア・シェブーラ・ロベイル


 サインコーク(サインコーク星系)


  属

  ゴウァック・シエルトVJ3510‐212

 (以下、略)星系


  属

  ブル・オプニゼAT3925‐697

 (以下、略)銀河


  属

  フェイザー・サルタンCR1402‐500

 (以下、略)宇宙


  属

  プロン・ユーヤナAQ007‐235

 (以下、略)インペリオーム


 暴風雨の夜は何も珍しいことではない。ここは荒れ狂う風の星サインコーク。部屋の窓には激しく雨が打ち続け、まともに外の様子を伺い知ることはできない。ただ、この嵐の中を歩く人は基本いないし、平然と歩けるのはアンストローナ兵ぐらいのものである。

 対照的に屋内は驚くほど静かなものだ。たまに兵員輸送機エイヴスや車両の明かりがかすれて淡く光り、窓際の机を照らす。ヴェルシタス人の歴史学者モガニア・シェブーラ・ロベイルは読んでいた本を閉じ、まぶたを押さえた。


「バカな……古代ヴェルシタス語、古代アバンクス語、古代ジェルズ語の三言語で書かれている」


 椅子から立ち上がり、上を見上げた。果てなき天井、隙間なく埋められた巨大な本棚。この部屋に対して、明らかに光量不足の小さな電球が宙に浮いている。


「冒頭は現代ヴェルシタス語と現代エディア語だった……ありえない。著者は一体誰だ?」


 銀灰色の書。題名、作者名ともに記載なし。特筆するような(そう)(てい)もなければカビ臭さもない。この、実に奇妙な本を右手にモガニアは木造の()(せん)階段を降りた。(さい)(だん)のごとく円形の机が部屋の中央に置かれ、その周囲を多種多様な言語の本棚が取り囲む。モガニアが立つ、ここが中心地だ。


「こいつは(せい)(こう)に作られた偽書か?」


 机上には複数の紋章、()()(がく)模様が一枚のホログラム・ディスプレイにまとめてある。それとは別にいくつもの本が見開きで置かれ、さらに積み上げられた本の数々。そのどれもがハイペリウムでも研究課題となっている古代パラシス語、古代アバンクス語、古代ジェルズ語、古代ロビアード語といった、未解明言語による古文書だった。これらの文明は天の遺産に関係しているとされている。


「ドッキリなら、さっさとネタばらししてくれよ。すこぶる心臓に悪い」


 ひとまず複雑怪奇な本を手放し、彼は頭の中を整理することにした。ホログラムには古代アバンクスと古代ジェルズを比較したメモ書きが浮かぶ。


「我々が天の遺産と呼んでいた構造物を創造したのは、古代ジェルズ族というのが定説だったが、ハイペリウムの研究からミュザミスの民によって創造されたという新説が出た。ミュザミスの民は古代ジェルズ族を生み出した、と」


 頭を()きながらモガニアは一冊の本を手元にたぐり寄せる。彼の頭の中では様々な知識が()(とう)のごとく襲いかかり、出口の見えない迷宮を作り上げていた。自分の立ち位置すら飲み込まれそうなこの荒波に対し、彼は静かに一つずつ、順を追って自分の考えを道にしていく。


「ただ古代アバンクスでも天の遺産らしき超常の力を持つ、何らかの〈モノ〉があった可能性が高い。これは果たして同一起源のものか、はたまた全く別由来のものか。翼を持つ存在の記述も古代アバンクス遺跡にて確認されている……」


 ミュザミスの民は天の遺産を〈グノフィア(超越せし意志)〉と呼んでいたが、古代アバンクス人は酷似したものを〈セネツィナ(()(げん)の鍵)〉と呼んでいたようだ。


「……ミュザミスの民がすでに滅びていた古代ジェルズ族を復活させたという可能性もありうる。今の帝国と同様、天の遺産にまつわる核心技術がミュザミスの民のものではなく、別の文明の(のこ)したものだったかもしれない。もう原初の超科学文明を突き止めるのは無理なのか?」


 実際、ハイペリウムでも超古代文明の研究には手を焼いている。それは天の遺産の持つ“常識外”の力によるものだ。そもそも一体いくつの天の遺産が存在しているのか、作られた目的は何なのか。発見済みのものでも、それは本来の力を発揮しているのか。帝国が天の遺産を発掘、解析、活用するほど、謎は積み重なっていき、超古代文明でさえ歴史の彼方(かなた)へ消え去ったという事実は恐ろしい。それは知的生命の宿命だとでもいうのだろうか。

 天の遺産は構造、大きさ、立地場所といった、様々な面で同一のものは存在しない。また、発掘時、起動していたものは今のところなく、仮に起動済みのものが発見された場合、世界への影響を調べる必要性も出てくる。


 しかしながら、天の遺産の効果・機能を調べること自体が困難な上、最初から世界に影響を(およ)ぼしていたとなると、残念なことにそれを検証する手法も、検証結果の成否も、帝国には分からない。ゆえに、天の遺産が他の勢力や文明に渡ることを帝国はよしとしない。

 仮に、帝国の敵が、世界を揺るがすような天の遺産を軍事転用してきた場合、帝国にはそれを防ぐ“手段”がないのだ。


「ああくそ。翼を持つ種族はジェルズ族なのか? ジェルズ族の他にもミアギの存在がある。今なお正体不明の存在。明らかに、我々の科学では説明のつかない能力を多用している。ミアギが元いた世界についても特定には至っていない」


 支配領域における〈伝説〉〈伝承〉〈民謡〉〈詩〉〈絵〉といったものを、帝国が熱心に調査しているのは古代文明の秘密に近づくため他ならない。現地へ派遣されたアンストローナ兵により、占領間もない領域でも(じん)(そく)に、(とどこお)りなく、確実に行われ、それは科学とは別ベクトルの情報収集だった。アンストローナ兵は帝国軍の忠実な兵士であるとともに、皇帝の私兵なのだ。


「これほど帝国が大きくなっても“世界”はまだまだ謎に覆われている」


 薄明りの中、軽くため息をついた。

 これは自分との戦いでもある。

 もう一度〈題名のない本〉を手にした。


「おいおい、うそだろ……」


 先ほどまで何も描かれていなかった表紙に、紋章が浮き上がる。

 見たこともない模様だ。

 それとともに、題名が記された。現代ヴェルシタス語で。


 〈創世と終焉の物語〉


 彼は目の前にある、この本が、天の遺産であることを悟った。


「ようやくネタばらしか……この世界が時たま、現実かどうか忘れそうになるよ。最高だ」


 この時、裏表紙に一瞬だけ、次の一文が現れたのをモガニアは気づかなかった。


(なんじ)、果てなき果ての地へ』

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