第29話「スオートの怪物」
29.「スオートの怪物」ローケス2‐3
ラ・ゼツア(フォーゼニック星系)
属
シエルト・シエルトRT6019‐824
(以下、略)星系
属
オグゼア・ゾルドーンBC0410‐002
(以下、略)銀河
属
ゾルドーン・マカデVY6003‐062
(以下、略)宇宙
属
ブレゲルシダ・サルタンAS007‐235
(以下、略)インペリオーム
雨の惑星ラ・ゼツア。空は一面、雨雲に覆われている。日が暮れたこともあり、都市部でなければ恐ろしいほど暗さが際立っていた。
光学迷彩により姿を消した保安局の中型兵員輸送機エイヴスが十機、首都高層ビル群の上を飛び抜けていった。目的地はスオート湾岸部、開発地域。
『こちら戦闘指令所。隠密作戦につきゲートの使用を禁じる。敵がサニスである可能性も十分に考慮し、周辺区域は封鎖。無人ユニットによる二重防衛線を構築した。敵性分子は可能な限り拘束、それが不可能な場合は射殺せよ』
「了解。各員、目的地到着まで十秒。アーマー迷彩を起動。備えろ」
エイヴスの乗員は武装したアンストローナ兵。彼らには一時的に個体識別番号が割り振られ、視点映像が関係部署に生配信されていた。映像は余計なノイズが入らないよう、自動で補正され、明度も適正な値に調整されている。
『生体スキャンに反応はない。敵はステルス装備を有している可能性。総員、目視による索敵を行え。死角に注意せよ』
スオート湾岸部は星間企業ホズストク・テクノロジー社による、大規模水中商業施設の開発が行われているのだが、ここ数週間で十人以上の従業員が行方不明となっていた。事件なのか事故なのかも分からない。
事態を重くみた同社は安全対策強化のために作業用無人機、安全監視ドローンを導入。武装警備員も増員した。それでも事態は変わらず、昨日、警備員が三人、無残な姿で発見されたのだった。
頭部と胴体は引きちぎられ、四肢の一部は欠損。単なる殺人とは次元が違う。
この異様な事件にホズストク社は建設計画を封印。さらに全関係者を現場から退避させた。事件性が確定したため、保安局へ管轄が移行、凶悪犯罪対策部隊が派遣された。
「降下地点に到着。帝国に栄光あれ」
「各班、周囲を警戒しつつ、敵を探し出せ」
雨が降り続けている。
エイヴスの右側面ドアが開放されると同時にアンストローナ兵は散開。
四人一組のユニットで、建設現場に進んでいく。
主電源は落とされ、補助電力のみで照明は動いている。しかし、アンストローナの視界は自動補正によって確保され、明るさの問題はなかった。
「全セキュリティシステムは正常に稼働中。内部に反応はなし」
「気をつけろ、サニスならば高度な技術を持っている。フォーラスンを強襲した連中だからな」
「フォーラスン陥落、まったく嫌な話だ。連中はミアギの開放が目的だったのか?」
「さあな。こちらローケス2‐1、西通路から第二層へ向かう。エアロックを解除」
水中第一層を通過。第二層への入り口となる巨大な隔壁を開放。
分厚い壁が上下に収納され、鈍い水中の光が辺りを照らす。
「嫌な静けさだな……」
「おい、あれを見ろ。あのコンテナだけ、位置が不自然じゃないか?」
いくつもの巨大コンテナが規則正しく置かれている中、一つだけ、目に見えてずれているものがあった。
「コンテナがくぼんでいる。真新しい、最近の傷だ」
周囲を警戒しながらローケス2‐3は確認した。
「へこみ方が尋常じゃないな。バカでかい鉄球でもぶつけたか?」
「作業用車両は全て撤収している。それはありえない」
「待て。施設の動体感知センサーにわずかな反応がある。第三層の東棟だ」
「了解。ローケス2は移動する」
水中第三層。地上からの明るさはほとんど届かず、人工照明だけでは足元しか見えない。
「まもなく東棟へ到着」
「なんだこのありさま……」
床には何か巨大なものが這いずり回ったかのような、ぬめりが残されており、建築用資材や放置されていた足場は崩壊。
「ローケス2から各班、異常を発見した」
ザザッ……
その瞬間、ヘルメットの画面にノイズが走った。
強烈なノイズで映像配信も停止。
「通信機器にも異常。これはジャミングだ。有視界モードへ移行」
ドン、ドン、ドン……
地響きだ。
大きな質量がこちらに迫って来る。
「おいおい、なんだコイツは」
目の前に現れたのは、カマキリのような形態の化け物だった。
上半身には二本の腕を持ち、頭部には四つの小さな側眼と無数の細い触手が生えている。ギザギザで鋭利な歯並び。下半身は太い二脚、水棲生物を思わせる長い尾。何より不気味なのは、身体の中を動き場所を変える、大きな一つ目だった。
目は左足へついていたのだが、今は頭部の正面に収まっている。
「シャアアアァァ!」
「くそ、コンタクト!」
すぐさまアンストローナ兵は撃ちながら、遮蔽物の方へ移動する。
「こいつをくらえ」
ローケス2‐3は追ってくる化け物めがけ、電磁拘束グレネードを投げた。
化け物は何のためらいもなく、グレネードを口に含み、こちらを見つめた。
「起爆していない」
「まさかやつが、ジャミングの発生源」
今度は化け物が口に含んだグレネードを吐き飛ばし、ローケス2‐4を正確にぶつけた。
その衝撃力はすさまじく、ローケス2‐4はその場に倒れた。
「ちっ、ローケス2‐4がやられた」
「奴の粘液を見ろ。フロアドネス粒子が含まれている。奴の体内にフロアドネス粒子が」
レーザーの銃撃を受けても、化け物はひるまない。
一つ目が背中へ周り、体色が半透明へ変化した。
するすると滑らかな移動を行い、こちらを狙ってくる。
「半液状化した?」
「ローケス各員、下がれ。隔壁を下ろす!」
ローケス2‐1は背中にマウントしていたRD‐35携行式ロケットランチャーを組み立て、化け物に放った。
完全機械式のため電子部品を含まないロケット弾は爆発。
化け物はのけぞった。
その隙にローケス2‐3が非常用レバーを引き、隔壁を下ろした。
「脱出だ。ローケス2‐3、通信ができる場所まで後退。どうせ隔壁はもたない」
「了解」
後ろでやつは体当たりを繰り返している。
隔壁は変形し、もう限界だ。
「こちらローケス2‐3だ! 至急、軌道砲撃による火力支援を要請! 応答を!」
ひたすら走りながら、通信を繰り返し試みるローケス2‐3。
この間、アンストローナは暴徒鎮圧用ガスグレネード、局所封鎖用焼夷グレネードを準備。RD‐35携行式ロケットランチャーを装填。化け物との再戦に備えた。
「来るぞ」
分厚い隔壁を力づくで破壊した化け物が目の前に映るアンストローナへ喰らいつこうとした。
それを向かい討つアンストローナ兵らはロケットランチャーを発射。
すかさず、ガスグレネードを投擲することで、化け物は目に強烈な痛みを覚えた。
「よし、下がれ! こいつはお土産だ!」
動けない化け物へ、焼夷グレネードによる炎の追いうち。
相手が態勢を立て直す前に第二層の隔壁を下ろした。
「こちらローケス2‐3だ! 至急、軌道砲撃による火力支援を要請! 異常事態発生! 至急、軌道砲撃による火力支援を要請!」
『こちら戦闘指令所。ローケス2‐3、要請を受領した。目標座標を指定せよ』
降下地点付近まで後退したローケス2隊員らは、他の班が包囲陣形を取っていることに安心した。
アンスケル、イーガスも展開しており、上空ではエイヴスが増援部隊を降下させている。
「やつが来るぞ」
ダァン、と大きなものが崩れる音。
それに続いて、あいつの咆哮が響き渡る。
「グレネード投擲!」
HLP‐7多目的グレネードランチャーによる催涙ガスグレネードの弾幕。
動けなくなった化け物へ、全員が集中砲火した。
『スパルツァ5‐7から地上部隊へ。目標を確認した。これより軌道砲撃を行う。弾着に備えろ』
暗い空から差し込む青白い閃光。
その光は化け物を突き刺した。
衛星軌道上にいる艦隊から精密砲撃が行われ、化け物は高出力レーザーの雨を浴び続けた。身体は焼け落ち、再生もできず、巨大な肉体は起き上がれなかった。
「対象の沈黙を確認。周囲を封鎖し、現場を保存だ。こいつが何なのかを調べる。他の個体がいる可能性もある。徹底的に探し出せ」
スオートの怪物は各局にも情報共有され、軍による科学調査が実施されることになった。




