義兄と魔剣と
家に帰った私たちは、すぐに着替えて夕食の席に着いた。どうやら私たちの帰宅に時間を合わせたらしく、息つく暇もなく両親からの質問攻撃を受けた。
「ルナディール、それで今日はどうだった?」
「何かハプニングは起こりませんでしたか?」
お父さんとお母さんが続いて質問し、私はにこりと笑って、大丈夫でした!と答える。
本当は義兄に魔剣の存在がバレたり、怒られたりといろいろあったけれど、これは今ここですべき話じゃない。
「今日はフォーヴィンにお邪魔したのですが、ジャミラドさんというリーダーも、ティルクさんという副リーダーも素敵な方で、とても楽しかったです。調合に必要な材料を森で採取したりと、良い経験もたくさん出来ました」
「森へ?ルナディールは森へ行ったのかい?魔獣には出くわさなかった?怪我はしていないかい?」
心配そうに聞くお父さんに、はい、大丈夫です、と笑顔で頷く。魔獣に出くわしたどころか倒してしまったけれど、これも内緒だから仕方ない。怪我はしていないからセーフだ。
「アリステラはどうですか?今日一日、一緒にルナディールと行動してみて何か思ったことはありますか?」
お母さんは私から義兄へ視線を向け、真っ直ぐと瞳を見つめる。私も、どうか魔剣のことは秘密に!と願いながら義兄の様子を伺う。
「……やはり、ルナディールは人との付き合いが上手いと思いました。ただ、無防備すぎるところは直すべきかと」
義兄の言葉に、なるほど、と目を細めるお母さん。ちら、と私を見て目が合った瞬間、背筋がピンと伸びた。
「ところでルナディール、先ほどから気になっていたのですが、その身に付けているネックレスはどうしたのですか?そんな物、持っていなかったと思いますが」
探るような目つきにヒヤリとしながら、私はなんとか口を動かす。
「これは、ジャミラドさんから頂いたお守りを、ティルクさんがネックレスにしてくださった物です。依頼達成のお礼としていただいたのですが、このような素敵なネックレスが調合で作られるだなんて思わなかったので、改めてお二人は凄いなと感じました」
なんだか、親に内緒で貰った高価な物がバレた時の子どもみたいな感じがして、妙に緊張する。
「どうしてルナディールはこう誤解されそうなことを……今後が心配だわ」
私の言葉を聞いたお母さんは、ゆるく首を振って何やら呟いたけれど、声が小さすぎて聞こえなかった。でも、雰囲気的に何やら良くないことのようだったので、私は聞き返さなかった。知らない方が良いこともある。
「それじゃあ、ルナディールはフォーヴィンに所属するのかい?」
お母さんの様子を気にもとめず、そう尋ねるお父さん。優しい笑みに緊張もほぐれ、私は少し肩の力を抜いた。
「いえ。まだビーヴィンに行っていないので、そこの様子を確認してから考えます。フォーヴィンも素敵なところですが、魔獣とパートナーになるというのも魅力的ですから」
ドラゴンや九尾を想像しながら、にんまりと笑って言えば。
「ルナディールはいろんなことに興味があるんだね」
とお父さんも微笑んだ。
「それでは明日はビーヴィンに?」
紅茶を一口飲み、私に尋ねるお母さん。本当はここで、はいと頷くべきところなのだが……先ほど考えが変わってしまったので、私はどうお母さんに説明しようかと迷う。
私は少し間を開けて、相手の出方を探るようにゆっくりと言葉を発す。
「……いえ。実は、明日は騎士団の見学に行こうかと考えていまして……」
「騎士団の?」
私の言葉に、怪訝な顔をしたお父さんとお母さん。そこで私は、義兄に指摘された無防備な件と、カリフストラに言われた専属護衛の話を二人に話した。
私専用の部屋には鍵がなく、警備が薄いのでなんとかしなければならないこと。いつの間にか専属護衛の話が上がっていて、騎士団の中から誰かを選ばないといけないこと。
そして、それならば専属護衛を早めに決め、私が魔法研究所にいる間、部屋を警備してもらうのが最善なのではと考えたこと。
それらを話し終えると、お父さんとお母さんが何か考え込むように黙り、しばらく沈黙が訪れた。
恐らく私の話した内容についていろいろ考えているのだろうと思った私は、この間にご飯を急いで食べた。
実は、私はまだ話しながらご飯を食べることが苦手なのだ。ただでさえ食べるのが遅いのに、会話していると完全に手が止まってしまう。
現に、今食卓に並べられているお皿で、ほぼ手が付けられていないのは私のお皿だけだった。お父さんのもお母さんのも義兄のも、もう少しで無くなりそうなのに。この差はなんなのだろう。
「……専属護衛の件、カリフストラからもう聞いたんだね。本当はもう少し落ち着いてからその事について話そうと思っていたのだけれど……聞いてしまったのなら仕方がない。ルナディールが必要だと思うのならば、明日騎士団に行って専属護衛を決めてきなさい」
お父さんが優しく笑って肯定してくれたので、嬉しくて笑みが溢れる。
「はいっ!」
「ルナディール。分かってはいると思いますが、くれぐれも、くれぐれも、問題は起こさないように。ただでさえ貴女は目立っているのです。自分の置かれている状況を理解し、正しい選択をするのですよ」
釘を刺すような言い方のお母さんに、今度は、ひゃいっ!と背筋を伸ばして返事をする。
もし、明日騎士団で何か騒ぎを起こしたらお説教かもしれない。
自分の置かれている状況を理解し、正しい選択を。よし、頭に刻み込んだ。大丈夫、私ならヘマをせずちゃんと専属護衛が選べるはず。
安心して部屋の守りを任せられて、下町にも一緒に行ってくれるような優しい騎士を見つけ、専属護衛になってはいただけないでしょうかとお願いする。きっとこれが正しい選択だ。
私はあくまで宰相の娘、肩書きだけの存在だ。騎士は国を守るという大事なお役目があるのだから、肩書きだけの存在である私より断然立場は上なはず。だから、あくまでも下から。丁寧に。決して命令にはならないように。
たまたまフォスライナやシューベルトと接点があるだけなのに、騎士を専属護衛に出来る特権を得てしまったのだ。きっと、端から見たら王子を盾に優秀な騎士を我が物にしようとしている傲慢な令嬢だ。だから、なるべくお偉いさんとかじゃなく下っ端レベルの人を選ぶのが良いはずだ。ちょっと言い方は悪いかもしれないけれど。
これ以上自分の評価を下げないよう、明日は慎重にいかないと。もしかしたらバッドエンドに近付くか否かの分岐点なのかもしれない。あぁ、そう考えたら怖くなってきた。
頭の中でぐるぐると考え、身震いすると。不意に、ぽん、と頭の上に手が置かれ、私はビクリと身体が跳ねる。見ると、義兄が優しい瞳で私を見つめ、撫で撫でと頭を撫でていた。
「大丈夫だ、ルナディール。明日は俺も一緒に行く。だからそんなに緊張するな。ルナディールに変な虫が付かないよう、俺が目を光らせておく」
優しい声音や瞳に、つい魅せられる。義兄はしばらく頭を撫でる手を止めず、じっと目を見つめてくる。
まるで壊れ物を扱うかのような柔らかな手つきに、つい心臓がバクバクと音を立て、顔に熱が集まっていく。そして、ついに至近距離にある、目を細めて僅かに笑む義兄の顔に耐えられなくなり、
「あ、ありがとうございます。お義兄さまが一緒だと、心強い、です……」
ふい、と目を逸らし、俯きながら小声でそう言葉を発した。
ややや、やばい……義兄が……義兄がぁぁぁ!!!優しすぎて死んでしまう。義妹想いすぎて耐えられない。何その顔、反則では!?
それに頭!義兄の手が……頭撫で撫でとかそんな……キュン死してしまう!!
というかいつまで頭撫でてるの?まだ続くの?これ以上は流石に耐えられない!!
なんか最近義兄に赤面させられること増えてきてない?これもカッコよすぎる義兄と仲良くなってしまったがため?
この世界恐ろしすぎる!魔研に入ってからというもの、なんかこういうシチュエーション多くない?何、知らないうちに変なルートでも入っちゃった?こんなの聞いてないんですけど!もはやイケメン地獄だ!日常生活に支障きたすレベルですっ!!
ぐるぐるぐるとそんなことを考えている間も、一向に手が離れない。
私はついに限界を超え、素早く身を引いて立ち上がった。
「すみません今日はこれで失礼しますご馳走様でしたっ」
上手く思考がまとまらず、身体も熱かったため、私は早口にそう言って逃げるように自室へと走った。少しだけご飯が残っていたけれど、そんなの考えられないくらい限界だった。
最近は義兄耐性がついてきたと思ったのに……今日は他にもいろんなことがあったため、余計にダメだったのかもしれない。
私は部屋に飛び込むとそのままベッドにダイブし、クッションに顔を埋めた。そして、一人悶えまくった。
しばらくうんうんと唸っていると、いい加減ベットから起き上がって下さいお嬢様、とラーニャに言われしぶしぶ身体を起こした。そのままソファに向かい、ぼふっと腰掛ける。もちろんクッションは握ったままだ。
「お食事の席で何があったのかは存じませんが、いつまでもぐだぐだとしないで下さい。見苦しいですよ」
コトリ、と目の前に紅茶を置きながら言うラーニャ。紅茶を置き終えた後はベッドまで行き、せっせと整え始めた。
「自分の部屋だから良いじゃない。ラーニャしか見ていないのだし」
紅茶を一口啜ると、ぽうっと身体が温かくなる。
「見ている方の気にもなってください。同じ空間に長時間ぐだぐだしている人がいれば、文句の一つも言いたくなりますよ」
ぴしゃりと冷たく言われ少し刺さるが、確かにそう言われればそうなので何も返さない。私も気落ちしてたりうだうだと悩んでいる人の側に長い時間いれば、いい加減にしろよって言いたくなるもの。
「ところで、今日はもうこのままお休みになられるのですか?」
ちらっと私の方を見ながら尋ねてくれるラーニャに、なんだかんだ気を遣ってくれているんだな、と笑みが溢れる。
「んーん。お義兄さまと大事な話があるからそれを済ませて、それからお風呂に入って寝るわ」
紅茶を飲みきり、よいしょ、と立ち上がる。
さっきは逃げてしまったけれど、義兄にバレてしまった魔剣の存在について話しておかないと、今日は寝られない。大丈夫だとは思うけれど、口止めもしなければならないし。
「それじゃ、ちょっとお義兄さまのお部屋に行ってくるわね」
「かしこまりました」
義兄の部屋の前に立ち、すぅっと一つ深呼吸。さっきのこともあり、まだ若干緊張するけれど……でも、私の今後のためにも、うだうだ言っていられない。
「お義兄さま、わたくし、ルナディールです」
コンコンコン、と扉を叩くと。ルナディール!?と声がし、すっと扉が開かれた。
「いきなりすみません。その、剣についてお話したく……」
部屋の中に控えている使用人の方をチラッと見ながらそう言うと、義兄はすぐに理解したらしく、私をすぐに部屋に入れ、中にいた使用人全員を部屋の外に出した。
私と義兄以外、誰もいなくなったことを確認し、向かい合ってソファに腰掛ける。
「では、早速聞かせてもらおうか」
義兄が真っ直ぐと私の目を見てそう告げる。私はこくりと頷きながら、それでは……とアースルトランを召喚した。
【やっほー主ちゃん!何か用?】
元気いっぱいに言うアースルトランに、ごめん少しだけ静かにしてて、とお願いして義兄に向き直る。義兄は先ほどより驚きは少ないが、それでもまじまじとアースルトランを見つめている。
「これが先ほど、ロトブルメ採取の際に召喚した、自分の魔力で創り出した剣……通称魔剣です」
「なるほど。触っても良いか?」
義兄が確かめるように尋ね、もちろんですとこくりと頷く。
了承を得た義兄は、恐る恐る魔剣に手を伸ばし、掴む……ことは出来なかった。なぜか義兄の手が魔剣をすり抜けてしまったのだ。
「あれ、なんで……?」
【そりゃあウチが主ちゃんの剣だからだよ。ウチを扱えるのは主ちゃんだけ☆】
つい口から飛び出てしまった疑問に、ひゅうひゅ~う、とはやし立てながらそう答えたアースルトラン。私もなるほど……と言葉を溢す。
「どうやら、この剣は私にしか扱えないみたいです。私が創った剣だから、他の人が触れようとしても無理なのかと」
私の言葉に、なるほどなと頷き、じっと剣を観察する義兄。
「この剣を使って巨大な階段を出現させたのか?」
「はい。この剣は土属性でして、私が魔力を注ぎ、地面を階段に変形させたのです」
私の答えに、ふぅむ、と考え込む義兄。
「つまり、この剣を使えば土で出来ているものなら自由自在に変形可能、ということか?」
「恐らくはそう、かと。まぁ、私の魔力量にもよるとは思いますが……」
それからいくつか義兄から質問を受け、全てに答えていった。
どのような経緯でこの剣が出来たのか、この剣を使って何が出来るのか。アースルトランについてのことを事細かく説明した。
「……なるほどな、だいたい分かった」
そう言って、ソファの背もたれによしかかった義兄。
「それにしても、ルナディールは想像もしないことをやってのけるな。魔力花の魔力も感じられると言うし、一体どれほどの魔力をその身に宿しているんだ」
「それは……私も知りたいです」
アースルトランの召喚を解き、私も背もたれによしかかる。ぼふっと少しだけ身体が跳ねた。
「他に、何か隠していることはないか?」
「……もちろんです」
探るように言われ、私は一瞬言葉に詰まった。
本当は、アースルトランのような魔剣があと五本あることや、ベルリナさんのところの魔石のこととか、いっぱいある。でも、流石にそれは言えない。
義兄は信頼出来るけれど、いつ好感度が下がって私を殺しにくるか分からないのだ。いざという時の切り札は残しておいた方が良い。
それに何より、義兄に化け物だと思われたくはない。
「……そうか」
それから互いに沈黙し、静寂が漂った。
私は義兄から視線を外し、天井を仰ぎ見る。
……義兄は、私のことをどう思ったんだろう。魔剣なんて得体の知れない物を創り出し、自分の魔力が尽きるまで、土なら自由自在に動かせるというチート能力を手にした義妹。魔力花の魔力を感じ取れてしまう義妹。
そして、もし、今度今回と同じように私がヘマをし、他の魔剣の存在が知られてしまったら……?ダークンヴェルダーの能力を知られてしまったら……?恐れられて気味悪がられる未来しか見えない。
ダークンヴェルダーの能力を悪用すれば、それこそこの世界の頂点に君臨することもたやすいだろう。全人類滅亡させることだって出来る。その手段を私が持っていると知ったら……
きっと、殺されるんだろうな。この世界に、危機をもたらす存在として。そうなったら私は……どうするんだろう。追っ手を殺してしまうのだろうか。我が身可愛さに、人を殺めてしまうのだろうか。今日、魔獣を殺したみたいに。簡単に。
死にたくないと言って、そうしてしまう未来があるような気がして、私は身震いする。
もし、そんなことをしたら私は悪役令嬢より凶悪な存在となってしまう。
もしかして私、今、主人公ルートでも悪役令嬢ルートでもなく、殺戮ルートにでも入ってしまったのだろうか。血とかグロい系は無理だけど、今日のように血を一滴も出さず一瞬で消せるとしたら。自分の身の安全のために、殺戮ルートを選んでしまうかもしれない。
この世界にそんなルートが存在するか知らないけれど、でも、魔研に入り好き勝手やってるせいでルートが変わってしまうことぐらいありそうだ。実際、この世界は私の知っているシナリオ通りに進んでいないのだから。
……真の主人公はどうしているんだろう。私が好き勝手してるせいで、変なことに巻き込まれたりしてないかな。この世界がどう変化しているかは知らないけれど……でも、主人公には、幸せになって欲しいな。もちろん、推したちにも。
……もし、主人公がシナリオ通りに物事が進まず、不幸になっていたら。私のせいで、悪い方に進んでいるのなら。それなら、私は……
「ルナディール」
不意に名前を呼ばれ、はい?と義兄の方を見る。すると、義兄は真剣な顔をしていたので、私も背筋を伸ばして真っ直ぐと義兄を見つめた。
「俺は、お前の秘密を絶対他の人には言わない。義父や義母にもだ。ルナディールの秘密がバレれば、それこそお前の身が危なくなる。なるべく、他の人には知られないようにしろ。いざというとき、お前がその力を使わなくても良いよう護衛は強い人の方が良い。明日の専属護衛選出、より一層気を引き締めていくぞ」
「……?は、はいっ」
義兄の中で、どうして専属護衛が強い方が良い、という結末に至ったのかは分からなかった。それでも、私自身もう秘密がバレたくなかったので返事をした。それに何より、義兄はまだ私の身を案じてくれていて、優秀な義兄がそう決めたのなら、きっと間違いはないと思った。
そして、明日は気を引き締めていこう、と私は改めて決意するのだった。
ついに魔剣のお話(一部)をしたルナディール。ルナディールは義兄にどう見られているか気にしていましたが……次回は久しぶりのアリステラ目線です。今回のお話のアリステラverを書いていきます。




