規格外の義妹
ルナディールと一緒に魔法研究所から戻り、すぐに着いた夕食の席で。
「ルナディール、それで今日はどうだった?」
「何かハプニングは起こりませんでしたか?」
ルナディールは義父と義母に質問攻めにされていた。
「今日はフォーヴィンにお邪魔したのですが、ジャミラドさんというリーダーも、ティルクさんという副リーダーも素敵な方で、とても楽しかったです。調合に必要な材料を森で採取したりと、良い経験もたくさん出来ました」
ルナディールがジャミラドとティルクの話をし、俺は少しだけ顔を顰める。ルナディールには二人が素敵な方という風に映ったらしいが、俺はどうもそう思えなかった。
今回の依頼での二人を見る限り、ティルクは常に笑顔を浮かべ本心を隠しているように見えたし、ジャミラドはそもそもあまり話さないし表情も見えないのでよく分からないやつだった。
「アリステラはどうですか?今日一日、一緒にルナディールと行動してみて何か思ったことはありますか?」
不意に義母が俺に話を振り、答えるために食べる手を止め、義母を見つめ返す。
「……やはり、ルナディールは人との付き合いが上手いと思いました。ただ、無防備すぎるところは直すべきかと」
本当はジャミラドとティルクについて、信用ならないやつに見えたと言いたかったが、それでルナディールを嫌な気分にさせるのは避けたかったのでなんとか堪えた。
俺の言葉に、なるほど、と目を細めた後、そのままルナディールに話を振った。
「ところでルナディール、先ほどから気になっていたのですが、その身に付けているネックレスはどうしたのですか?そんな物、持っていなかったと思いますが」
義母の言葉に、俺はさらに気分が悪くなる。ルナディールの胸元で輝くネックレスは嫌でも目を惹くので、話題に出さない訳にはいかなかったのだろう。
「これは、ジャミラドさんから頂いたお守りを、ティルクさんがネックレスにしてくださった物です。依頼達成のお礼としていただいたのですが、このような素敵なネックレスが調合で作られるだなんて思わなかったので、改めてお二人は凄いなと感じました」
ここでまたルナディールが二人を褒めたので、俺は目の前にあった紅茶を一気に飲み干した。ルナディールが嬉しそうにネックレスを受け取った姿が頭に浮かび、それをなんとか振り払う。
ジャミラドがお守りを渡し、さらにそれをティルクがネックレスにしたせいで、きっとこれから毎日あれがルナディールの胸元で輝くのだろう。
お守りではなく、ただのネックレスであってくれれば良かったものを。魔法研究所で一番の腕を持つ調合師が作ったお守り、なんて聞けば、ルナディールが肌身離さず持っていたいと思うのも当たり前だ。だってルナディールは、調合に並々ならぬ興味を持っているのだから。
「それじゃあ、ルナディールはフォーヴィンに所属するのかい?」
義父がルナディールにそう問い、俺は耳を澄ませた。すると、
「いえ。まだビーヴィンに行っていないので、そこの様子を確認してから考えます。フォーヴィンも素敵なところですが、魔獣とパートナーになるというのも魅力的ですから」
と言ったのでひとまず安堵する。
「ルナディールはいろんなことに興味があるんだね」
義父の言葉に、全くその通りだとルナディールを盗み見た。
どうしてこんなに好奇心旺盛なのかは知らないが、たくさん知りたいことがあるのは幸せなことだろうなと思う。俺はそんなに熱を持って何かに熱中したことがない。だから、目を輝かせてやりたいことを言えるルナディールは眩しい。
「それでは明日はビーヴィンに?」
「……いえ。実は、明日は騎士団の見学に行こうかと考えていまして……」
義母の質問に、てっきりそうですと答えると思っていたので、俺は少し驚いた。ちら、と横を見ると、真剣な顔でルナディールは語り出した。
俺が言った無防備だという件と、騎士団長から聞いた専属護衛の話。専属護衛を雇えば部屋の警備が出来るので無防備度も減るのでは、というような内容だった。
……俺は別に、警備の点だけが無防備と言っている訳ではないのだがな。本当はルナディール自身にもう少し気を付けて欲しいのだが、意味が分かっていないのならそれも無理だろう。
そこで俺は、午前中にルナディールを押し倒してしまったことを思い出し、一気に身体が熱くなった。そこでまた、使用人に入れてもらった紅茶を一気に飲み干す。
二人っきりのあの部屋で、あの状況で。瞳を潤ませながらお義兄さま、なんて言われれば理性が吹っ飛んでしまうことくらい分からないのだろうか。本当にあの時は危なかった。あれがフォスライナであったならば、恐らく完全に手を出されていた。ルナディールはもう少し、自分が可愛いことを自覚するべきだ。
「……専属護衛の件、カリフストラからもう聞いたんだね。本当はもう少し落ち着いてからその事について話そうと思っていたのだけれど……聞いてしまったのなら仕方がない。ルナディールが必要だと思うのならば、明日騎士団に行って専属護衛を決めてきなさい」
義父が話し出したので、俺はなんとか雑念を追い払う。
「はいっ!」
「ルナディール。分かってはいると思いますが、くれぐれも、くれぐれも、問題は起こさないように。ただでさえ貴女は目立っているのです。自分の置かれている状況を理解し、正しい選択をするのですよ」
義母に釘をさされ、ひゃいっと返事をするルナディール。背筋を伸ばし、完全に緊張していた。
だが、義母の言うことはもっともだ。ルナディールは目立つ。そして人と仲良くなる才能も持っている。明日、俺も共にその場へ赴き、しっかりルナディールを守らなければ。また新たな人と仲良くなられでもしたら困る。
専属護衛を決めるのも、専属護衛と信頼関係を気付くのも大事なことだが、それ以上に好かれすぎないことが大切だ。もしフォスライナのような人物に目を付けられたらたまったものじゃない。ただでさえ、魔法研究所で何人もの男と仲良さげにしているのだから……
明日城に行くのなら、王子たちに出くわさないよう注意しなければいけないな、と隣を見ると。ルナディールが身震いしているのが見え、やはり専属護衛を見つけに行くのは緊張するのだな、とかすかに笑みが溢れた。舞踏会の時も、初めて魔法研究所に行くときもそうだった。
頭の上にぽん、と手を置くと、ビクリと驚いたように俺を見上げたルナディール。その姿が可愛く、つい口元が緩む。
「大丈夫だ、ルナディール。明日は俺も一緒に行く。だからそんなに緊張するな。ルナディールに変な虫が付かないよう、俺が目を光らせておく」
ルナディールの緊張がほぐれるよう、優しく頭を撫でて語りかける。
こんなに愛らしいルナディールを泣かせるようなやつがいれば、相手が騎士だろうとなんだろうと俺が排除してやる。
そう思いながら頭を撫で続けていると。
「あ、ありがとうございます。お義兄さまが一緒だと、心強い、です……」
顔を真っ赤にし、ふい、と目を逸らすルナディール。俯きながら小声でそう言葉を発す姿がなんとも可愛らしくて、撫でる手が止まらない。
時折ちら、と俺の顔を見て、目が合うとまたすぐさま俯くルナディール。もう身体を引き寄せ抱きしめたいくらいに可愛らしい。どうして俺の義妹はこんなにも可愛いのだろうか。
可愛すぎてもう誰にもこの姿を見せたくない。他の男の前にルナディールを出したくない。いろんな男を魅了してしまう前に、俺の部屋に閉じ込めてしまいたい。明日も男だらけの騎士団のところにルナディールを行かせたくない。
そんな風に思っていると。ふいにルナディールが俺の手を逃れ、すばやく後ろに下がった。そして、
「すみません今日はこれで失礼しますご馳走様でしたっ」
早口にそう言い、扉まで走って行ってしまう。バタンッと思い切り音を立てて閉じる扉を呆然と眺めていると。
「アリステラに耐えられなかったみたいですね」
ぼそり、と呟く義母の声が聞こえ、ハッと我に返る。
今、俺は何をしていた……?義妹のあまりの可愛さに負けて、長い間頭を撫で続けていたが……これは、義兄としていけなかったのでは?
あくまで俺は義兄だ。あれは義兄の俺がして良いことではなかったのでは。兄妹といえど、成人した女性の身体にみだりに触れてはいけない。それなのに、俺は……
自分を制御出来なかったことが恥ずかしく、俺は静かに立ち上がる。そして、義父と義母に一礼して足早に自室へと向かう。
俺はあの時、ルナディールの顔が赤いのは恥ずかしがっているからだと勝手に考えていたが、もしかしたら怒っていたのではないだろうか?許可も無く勝手に触れるなんて、と。
ルナディールは優しく、義兄である俺のことを家族として好いてくれている。だから、あの時声に出して怒らなかっただけかもしれない。あの場に義父と義母がいたことを考慮して。
でも、俺はそれをただの恥じらいだと思い、その姿が余計に可愛く見えてしまい……手を止められなかった。それで、ルナディールが怒って退室してしまったのかもしれない。
バタン、と自室の扉を閉め、ゆっくりとソファに腰掛ける。背もたれによしかかれば、ぼふんと軽く身体が跳ねた。片腕で目を覆うと、俺は大きなため息が出てしまった。
今日、俺はやらかしすぎだ。一体どれほどルナディールに触れてしまったんだ。これは、嫌われたかもしれないな……。そう思うと、さらに深いため息が出た。
心を無にするべく、ひたすら書類仕事をしていると。
「お義兄さま、わたくし、ルナディールです」
不意に扉が叩かれ、聞こえた声。俺は驚いて、つい、ルナディール!?と声に出してしまった。
急いで扉を開けると、現れたルナディール。ルナディールは俺の部屋にいる使用人の方に視線をやり、
「いきなりすみません。その、剣についてお話したく……」
と言葉を発した。その意図を理解した俺は、すぐさま使用人を外に出し、二人っきりの空間を作る。
さっき怒らせてしまったのに、ちゃんと剣について話しに来てくれたルナディール。昼食での言葉を覚えていてくれたんだなと思い、少し嬉しくなった。そして、ルナディールの心の広さに脱帽した。俺だったら、絶対に話しに来ないだろうに。
「では、早速聞かせてもらおうか」
長々と話していたら、使用人にあらぬ疑いをかけられると思い、俺はすぐさま話を切り出した。夜に密室の部屋で二人っきり、これだけでも怪しいのに、長時間過ごしたらさらに怪しまれる。俺は別に構わないが、ルナディールにこれ以上嫌われる要素を増やしたくない。
俺の言葉に頷き、何もないところからまた剣を出したルナディール。ことり、とテーブルに置かれた茶色の剣をまじまじと見つめる。
「これが先ほど、ロトブルメ採取の際に召喚した、自分の魔力で創り出した剣……通称魔剣です」
その説明に頷きながら、触れても良いか尋ねる俺。ルナディールは快く了承してくれた。
俺は恐る恐る手を伸ばす。しかし、剣の柄に触れようとすると、俺の手は通り抜け、テーブルに当たってしまった。
その現象が不思議で何度も挑戦してみるも、俺は一向に剣に触れることが出来なかった。
「どうやら、この剣は私にしか扱えないみたいです。私が創った剣だから、他の人が触れようとしても無理なのかと」
ルナディールにそう言われ、再び剣を観察する。
「この剣を使って巨大な階段を出現させたのか?」
ティルクたちを引きつけている間に、急に現れた巨大な階段を思い出しながら聞くと、
「はい。この剣は土属性でして、私が魔力を注ぎ、地面を階段に変形させたのです」
と即答した。
「つまり、この剣を使えば土で出来ているものなら自由自在に変形可能、ということか?」
「恐らくはそう、かと。まぁ、私の魔力量にもよるとは思いますが……」
その答えに、なるほど、と考え込んでしまう。
それからいくつかルナディールに質問をしたが、全て淀みなく答えるルナディール。
魔力で剣が出来るのではないかと思い、考えていたら出来てしまっただとか、剣を使えば少しの魔力で莫大な威力を発揮できるだとか、信じられないことばかりを口にするルナディール。
さらに驚くべきことに、この剣と意思疎通も出来るらしい。剣にも名前があり、話せるというルナディールは、頭がおかしくなってしまったのではなかろうかと心配せざるを得なかった。
「……なるほどな、だいたい分かった」
理解するのに頭を相当使った俺は、少し疲れながらソファの背もたれによしかかる。
「それにしても、ルナディールは想像もしないことをやってのけるな。魔力花の魔力も感じられると言うし、一体どれほどの魔力をその身に宿しているんだ」
「それは……私も知りたいです」
ルナディールもひとまず話し終えて安心したのか、同じように背もたれによしかかった。
「他に、何か隠していることはないか?」
一応そう尋ねてみた俺。なんだか、こう予想外のことをいろいろとしでかすルナディールには、もう何を言われても驚かない気がするし、他にも何か秘密があってもおかしくはないと思った。
「……もちろんです」
俺の言葉に、すこしだけ間を置いて答えたルナディール。
「……そうか」
その間が少し気になったが、俺はもう一度先ほどのことを考えるべく黙った。
ルナディールはあの剣を使って、土なら何でも自由自在に動かせると言っていた。自分の魔力量にもよると言っていたが、恐らくルナディールの魔力量は計り知れないほど多い。
現に、魔力花の魔力を感知できていたらしいし、全属性だ。しかも魔法に目がなく、いろいろ一人で研究しているルナディールの魔力操作は恐らく高い。花壇の水やりなんて良い例だ。
俺も前、試しにやってみたが出来なかった。あんなに細かい水を一度に大量に出すことがどれほど大変なことか、ルナディールは分かっていない。あれレベルの複雑な魔法は詠唱か、もしくは魔法陣を使わないと出来ないだろうに。
……思えば、ルナディールが魔法を使う際、何か詠唱したり魔法陣を出しているところを見たことがない。どれほど複雑な命令式を頭の中に描いているのだろう。やはりルナディールは天才だ。
そこでちら、とルナディールを見ると、ルナディールも何やら考え込んでいる様子だった。俺はそんなルナディールを見つめながら、ふと考える。
こんなにも優秀なルナディール。魔法研究所にいたら、嫌でも魔法の才能がバレてしまう。無詠唱で魔法陣がなくとも、複雑な魔法を使えると知られれば、どうなる?それに加えて、魔剣についてもバレたら?
……確実に利用される。婚約者がいないルナディール。そして、驚くほど無防備で、部屋に鍵がなくても大丈夫だと言い張るルナディール。現に、眼帯の男だって普通に出入りしていたし。
もし、ルナディールが寝ている最中に人が押し入り、既成事実を作られでもしたら?
もし、ルナディールを利用したいやつらが作った罠にルナディールが嵌まり、それを助け、恩人となりすまし、そのまま騙され続けて良いように使われたら?
そう考えると恐ろしく、身震いしてきた。そんな事態には絶対にならないようにしなければいけない。かといって、俺が常にルナディールの側にいられるわけでもない。俺には次期宰相としての仕事がある。
それならば。明日の専属護衛選出で、強くて信頼に足る人物を何としてでも見つけなければいけない。
そう決めた俺は、ルナディールの名前を呼ぶ。呼ばれたルナディールは不思議そうに返事をし、そして、背筋を伸ばした。
「俺は、お前の秘密を絶対他の人には言わない。義父や義母にもだ。ルナディールの秘密がバレれば、それこそお前の身が危なくなる。なるべく、他の人には知られないようにしろ。いざというとき、お前がその力を使わなくても良いよう護衛は強い人の方が良い。明日の専属護衛選出、より一層気を引き締めていくぞ」
「……?は、はいっ」
よく分からない、というような表情をしていたけれど、それでも返事をしてくれたルナディール。俺はその返事を聞き、一人また決意を強めた。
ルナディールが危険な目に遭い、魔剣を召喚しその困難を乗り越えるのを避けるように。ルナディールがこれ以上魔剣を使わず、安心して過ごせるよう、護衛は強くなければならない。
確かにルナディールは強い。魔法を使えば並大抵の人に勝てるし、魔獣だって簡単に倒せるかもしれない。魔剣を使えば、さらに敵無しになるだろう。
でも、そんなすごい力を他人に見せてしまえば、絶対にそれを利用しようと企むやつが出てくるはず。だから。
これ以上ルナディールを危険に晒さないためにも、護衛は強い……それこそ、騎士団の最高峰レベルの人が良い。
周りの人が何と言おうと、別に良い。騎士団長も誰でも好きなやつを選べと言っていた。それなら遠慮せず、上から選んでいった方が良い。文句を言う人が出てきたら、上手く言いくるめるだけだ。
俺は、絶対にルナディールを危険に晒したくはない。
久しぶりの義兄目線でした。義兄のルナディール溺愛度がどんどん上がってきていますね……次は専属護衛を決めに騎士団の元へ向かいます。お久しぶりの登場の人も出てきます。




