11話 『一人前』
ここふた月、ジャニマでの任務を皮切りに聖国外での任務が増えてきた。どれも単発の、○○を倒せというものなので、一日や二日で終了するようなものばかりだ。
今回も似たような任務だろう。
すでに暦は一月に入っている。北方は寒さが厳しいので、できれば今回の任務は南方がいいな……なんて考えながら、現在中央教会の豪奢な廊下を歩いているわけだが。
俺は一つの扉の前で足を止めた。
確か……第三応接室と言ったら、ここのはずだ。
扉をノックすると、すぐに内側から扉が開かれた。扉の取っ手を持っているのは、ツインテールの白メイド。
「アル聖官、お待ちしていました。どうぞ……中へ」
部屋の中に入ると、師匠がソファーに座っているのが見えた。紅茶を飲んでいる。
師匠の対面に座ると、そこには湯気をあげる紅茶が用意してあった。取りあえず一口飲んだ時だった。
「さて、アル殿。突然ですが……任務中、仮に自身の手に負えない敵と対峙した時、アル殿ならどうしますか?」
師匠の言う通り、脈絡の無い内容に困惑しつつ、俺は紅茶を受け皿に置いた。
「その場合は、師匠に援助を求めます」
「私がすぐ傍にいなければ?」
「その時は……可能ならば撤退します。無理そうなら頑張って、やるだけやるしかありませんが」
「ふむ」と呟いて、師匠はいつにも増して冷たい声で言った。
「逃亡は重罪ですよ? 自分ではどうしようもないからと言って、逃げると?」
「逃げるわけではありません。
情報を持ち帰って対策を立てるなり、より適した聖官を派遣するよう教会に報告するなり、そうしたことが結果的に敵を倒すことに繋がります」
俺の発言を聞きながらティーカップを傾けていた師匠は、中身をすべて飲み終わると、それを受け皿の上に置いた。
ソファーから立ち上がって、入り口の扉の方へ足を進めながら、
「イプシロン、アル殿は問題無いと判断します。青『能力』が判明しなかったことだけが心残りですが……仕方がありません。聖女様に連絡をお願いします」
「承りました」
パタンと、扉が閉じた。
何がなんやら分からないまま、紅茶を飲んで待っていると、イプシロンが笑顔で近づいてきた。
「おめでとうございます、アル聖官! 先ほど聖女に申請を出しておきましたから、じきにアル聖官への個人任務も下るはずですよ」
紅茶の香りを楽しむ俺に、イプシロンが訝し気な目を向けてきた。
「あの……嬉しくないのですか?」
「ん? いや……」
中身を飲み切ったカップを受け皿に置く。
「えっと……嬉しくないわけではないんですけど、実感が湧かないと言うか。……師匠が俺の事を認めてくれたってことですよね?」
「はい、そうだと思いますよ」
イプシロンの言葉に、胸の奥底からようやく、熱いものが滲み出てくるのが分かった。
「イプシロン、この後時間ありますか?」
「えっ、いえ、すみません。この後も幾つか任務が」
「……そうですか」
残念だ。二人で豪勢な昼食でも食べようかと思ってたんだが。
しょうがない。自分へのご褒美として、今日は自室で惰眠でも貪るか。
――ふと、深紅の髪が脳裏を過った。
そういえば……マエノルキアから帰ってきたあの日から、一言も話していない。
というのも、サラが聖国に全然いないからだ。
ここ最近は俺も各地を転々としていたので、よりいっそう会えるような機会がなかった。
もし近くにいたら、会いに行ってもいいかな。
近くにいれば疲れるけど……やっぱり、俺はサラのことが結構好きだし、久しぶりに顔を見ておきたい。
「イプシロン、一つお願いしていいですか?」
「はい、どうしましたか?」
「その……サラが今どこにいるか知りませんか?」
「サラ聖官ですか?」
瞬いたイプシロンは、口角を少し上げながら、
「ちょっと、待っててくださいね……」
しばらく目を閉じていたイプシロンは、残念そうな顔で目を開けた。
「シャーガス島、という場所にいるみたいです」
「シャーガス島?」
「はい。ポルト沖の……無人島です」
ポルトと言えば、前世で言うスペインの辺りを支配している国だ。帝国構成国の一つ。
俺は行ったことが無い。ちょうどいい。旅行がてらサラに会ってくるか。
「その、シャーガス島って場所に行ってみてもいいでしょうか?」
イプシロンは首を傾げた。
「なにか、用事でもあるのですか?」
「いえ、ちょっと……せっかく時間ができましたし、久しぶりにサラに会いたいな、と思って」
「ああ……」
納得の声をあげたイプシロンは、直後に申し訳なさそうな顔をした。
「すみません、ちょっと……難しいかもしれないです。いつ新たな任務が下されるか分かりませんから、長時間聖国を離れるのは、少し……困ります」
「えっ、シャーガス島って……そんなに遠いんですか?」
「ポルト本土の最寄教会から……往復で十日程度でしょうか」
……どうやら、サラもハードな任務をこなしているらしい。
次に会った時、いったいどれだけ成長してるのか――それが、ちょっとだけ楽しみに思った。
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