04話 『専用武器 前編』
……紅茶のいい香りがする。
目を覚ますと、俺はソファーに座っていた。目の前には机、挟んで対面にはもう一つのソファー。そこで師匠が紅茶を飲んでいる。
「おや、目が覚めましたか。ひとまず、目覚めの一杯はどうですか?」
師匠はティーカップを皿に置くと、机の上からポットを手に取った。俺の前に置かれていた、空っぽのティーカップに注いでくれる。
「ありがとうございます」
「……身体に不具合はありませんか?」
師匠の問いかけに、俺は自分の身体を見下ろした。
最後の瞬間……俺の視界は真っ赤な炎に覆われた。
神官服の袖をまくってみても、どこにも火傷なんて見当たらない。
肩を回したり、首を捻ったり、背筋を伸ばしてみても……違和感はどこにもない。
「特に変わったところは無いですけど……」
「それは上々です。完全に治癒しているようですね。黒焦げになっていたので、少々やりすぎたかと思っていたのですよ」
……黒焦げ。
「どうぞ、紅茶が冷めてしまいますよ」
「あっ、はい」
釈然としない物を感じつつ、師匠が用意してくれたティーカップを手に取った。
「……美味しい」
無意識に声が漏れていた。
同時、師匠の口角が微かに上がる。
「やはり、分かりますか。この紅茶はただの紅茶ではなく――」
師匠が共和国製の紅茶が如何に素晴らしいかを語っているのをBGMに、紅茶を味わう。
ちょうど中身が無くなったころ、師匠が言った。
「そろそろ、本題に入りますか」
「師匠」
俺は右手を小さく上げていた。
「その前に、質問いいですか?」
「構いませんよ」
「さっきの……突然、攻撃してきたのは何だったんですか?」
「ああ、あれですか。あれは、上下関係を教え込むための……慣習みたいなものですよ」
上下関係?
疑問を顔に浮かべていると、師匠はティーカップを軽く揺すった。その香りを楽しんでから、紅茶を一口すすっている。
「そうですねぇ……アル殿は野犬の群れなど見たことはありますか?」
「はい、何度か」
「群れには統率者が一匹いますが、その座は内部での戦闘によって決定されているのですよ」
俺は無言で頷いた。
その光景を直接見たことは無いけれど、傷を負って死んでいた野犬を何度か見たことがある。
「それと同じです。師匠となったものは、その実力でもって新たな弟子を従えなければならない――そういう規則があるのです。
このような野蛮なこと、やりたくはなかったのですが……かく言う私も、かつて師匠にボコボコにされました。許していただければと」
「……なるほど」
ということは、あの時サラが気絶してたのは、俺と同じように師匠にボコられたからなのか。
ポニーテールの女聖官を思い浮かべる。
あの人、サラをボコったのか。
怪我どころか、服装に乱れさえなかった。俺は成すすべもなくサラに負けたのに。……上には上がいるってことか。
「さて、アル殿の疑問も解けたようですし、改めて本題に入りましょうか」
師匠はティーカップを皿の上に置くと、膝の上で指を組んだ。少し身を乗り出しながら、俺のことを見据える。
「アル殿は無様に私に敗北したわけですが、敗因はなんだと考えていますか?」
……もっと別の言い方もあるんじゃないか? まあ、いいけど……。
「頼みの綱の『能力』が効けば、勝てたんじゃないかなと思います。実際、以前戦った時はそれで決着が付きましたし」
「アル殿、その考えはいけませんよ。そんなことでは、いずれ死ぬことになります」
師匠は無機質な口調で続ける。
「『能力』が効かなければ、そのまま殺されるのですか? 自分の『能力』が効くか、効かないか、そんな博打を繰り返すつもりですか?」
ぐうの音も出なかった。
歯を食いしばりながら、師匠との戦闘を思い起こす。
突然師匠に攻撃されて、俺はひとまず距離を取ろうと思った。いずれは魔素が枯渇するだろうから、それまで時間を稼ごうと思った。
イプシロンに邪魔されたから、結局無理だったわけだけど……。
逃げたのがいけなかったってことか?
師匠に挑む勇気が足りなかった?
いや、違う。師匠の性格からして、根性論は嫌いなはずだ。
「……『能力』以外の攻撃手段が無かったことでしょうか。剣なりを持っていたら、あの状態でも何かできた、のかもしれません」
「先ほどよりはマシな答えですね。ですが、違います。あの状態になってしまえば、もう終わりです。剣で炎は止められませんからね」
スッと、師匠が人差し指を一本上げた。
「アル殿には一つ、致命的な欠点があるのですよ。分かりますか?」
「……欠点?」
「私との戦闘に関わらず……そういえばイプシロンから聞いたのですが、サラ聖官にも敗北したそうですね。彼女との戦闘の方が分かりやすいかもしれません」
サラと戦った時は……最後は電撃だったけど、それ以外ではほとんど使えなかった。サラの動きが早すぎて、それを避けるので精一杯だった。
俺の欠点……。
「もっと遠くから攻撃できたらな、とは思います。身体能力ではサラに勝てないですし、師匠には遠距離からやられっぱなしでしたから」
俺の言葉を聞いた師匠は、満足そうに頷いた。
「そういうことです。私たちのような緑『能力』持ちは、単純な身体能力では赤『能力』持ちに圧倒的に劣ります。いくら身体を鍛えようとも、それは覆りません。
アル殿の欠点は、緑『能力』にも関わらず、近くに寄らないと相手を攻撃できない点です」
そうは言っても……電気なんて、一瞬で空気に拡散してしまう。師匠の炎や、フレイさんの水みたいに遠距離攻撃はできないんじゃ?
そんなことを考えていると、師匠がソファーから立ち上がった。
「解決策は考えてあります。付いてきてください」
――
師匠が足を止めたのは、レンガ造りの建物の前だった。
「こちらの、アル聖官の専用武器を作りたいのですが」
建物の中は狭かった。入ってすぐ、二メートルほど先には壁がある。
その壁の一部がアーチ状にくり抜かれていて、その奥に女性が一人座っていた。
白メイドだ。胸元には、だらしなく歪んだ『Ρ』。ピー?
白髪は女性にしては短い。野郎がちょっと髪を伸ばし過ぎましたって感じの長さだ。しかも、全く整えられてないようで、寝ぐせでボサボサだ。
「使いてぇ武器は持ってきてんのか?」
「いえ、武器から見繕ってもらいたいのです」
『Ρ』はガリガリと頭を掻くと、ダルそうな目を向けてきた。
「お前、手ぇ見せろ」
「……手?」
意図が分からず聞き返すと、『Ρ』は舌打ちをした。
「たったと手ぇ出せよ!」
怒声に引っ叩かれるようにして、俺は右手を差し出した。
右手が、『Ρ』の柔らかい両手に包まれる。汚い口調のわりに……手は小さいな。
俺の手のひらを撫でるように触ってきて、くすぐったい。
「ふんっ、剣か? 刀か?」
『Ρ』が俺の顔をジロジロと睨め付けてくる。
「ツラからすると……剣、だろうな」
一人で勝手に結論を出した『Ρ』は、椅子から立ち上がる勢いのまま、跳ね上がった。
受付台を跳び越えて、シュタッと俺の隣に着地する。
……スカート履いてるんだから、ちょっとくらい意識して欲しい。白いパンツが丸見えだったぞ。
「付いてこい」
言って、大股で『Ρ』は歩き始める。壁の端っこにある扉を開けて、中に消えていった。
師匠の顔を見上げると、瞳の動きで「付いていきなさい」と言われた。
ここに突っ立っててもしょうがないし、俺は『Ρ』が消えていった扉へと向かう。
扉は開きっぱなしになっていた。豆電球のような、微妙に褐色の光で内部は照らされている。
棚がズラリと並んでいる。中にはギッシリと木箱が詰まっていて……どこかの食品倉庫のようだ。
棚の間を覗き込みながら『Ρ』を探していると――五列目に、メイド服が見えた。
『Ρ』は通路の奥の方で踏み台に乗っていた。上方に手を伸ばして、ちょうど木箱を取り出しているところだ。
後ろに気配を感じたので目を向けると、師匠が立っている。それを確認して、俺は『Ρ』の元へと向かった。
『Ρ』は木箱を床に置いて、その蓋を開けている。中に何が入っているのかちょっと興味が湧いて、上から覗き込んでいると、
「これなんかどうだ?」
『Ρ』が箱の中から取り出して俺に差し出してきたのは、一振りの剣だった。
全体的に金ぴかで、所々にカラフルな宝石が埋め込んである。
受け取って剣を鞘から抜いてみると、中から出てきた刃も金色だった。
剣を二十センチほど抜き放った状態で固まっている俺に、
「くくっ、冗談だよ」
明るく笑って、『Ρ』は俺の手から金ぴかの剣を奪い取った。次いで、箱の中から剣を取り出して、床の上に並べ始める。
最終的に床に並んだのは、三本の剣だった。
最初の金ぴかとは全然違って、どれも比較的落ち着いた雰囲気だ。
装飾が全くない、パッと見ではただの木の棒。
白っぽい金属製の鞘で、小さな薔薇が所々にあしらわれた剣。
黒っぽい……何製かはよく分からないが、光沢を持った黒い地の上に、金色のシンプルな模様が描かれているもの。
「どの剣がいい?」と『Ρ』が聞いてきたので、当惑しつつも俺は床から順番に剣を手に取った。
一本一本鞘から刃を抜いてみると、どれも丁寧に手入れされているようだ。金属特有の反射で、俺の顔を映し出している。
……正直どれも同じに見える。俺には審美眼なんて無いからな。これまでの人生では安物の剣しか見たことないし。
最後の一本を床に置くと、再び『Ρ』が同じ質問をしてきた。
「どの剣がいい?」
俺は迷わず最初の一振りを手に取った。
パッと見ではただの木の棒。鞘も柄も、何の装飾も無い木製で、刃も特段変わったところは無い。
「なんでそれを選んだんだ?」
「いえ……」
白い剣を指して「これは薔薇が邪魔ですし」、三つ目の黒い剣を指して「こっちは鞘から手が滑りそうですから」、と答える。
唖然とした顔で俺のことを見上げていた『Ρ』は、少しの間を開けて小さく笑った。
「くくっ、まあ……いちおう合格にしとくか」
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