時の異物
「いらっしゃい。」
「至ですよ、先代。」
「本当に連れてきたんだね、一粒さん。」
ものすごい緊張感で足を踏み入れた割に、時間屋は相変わらずとても静かで、特に何事も起こる様子はない。
少なくとも店内に入った途端細胞単位で爆散しなくて良かったと内心ホッとする。
先代は時量さんにとても似ているが、デフォルトの表情が、常に悟りの向こう側みたいな顔した時量さんとは違って、もう少し愛想の良さそうな感じだ。
ニコニコと奥のテーブル越しに私を見ている。
怖いもの見たさで大砂時計も横目で確認するが、こないだのような異様な誘引力は、金属が震えている様子もない。
時量さんも確認していたのか「やはりもう動かないようですね」と大砂時計を見ている。
「先代とも話し合ったのですが…」
と、時量さんが今回の時戻しの時間屋としての見解を話してくれた。
はっきりした原因が分かったわけではないが、
おそらく私の何かが、時間の流れの中の"時の異物"と判断される何かがあって大砂時計に誘引されて、強制的に時戻しが起こったのだろうと。
「そう判断すると、一粒さんの不運を引き寄せる性質や、御神木もなんとなく繋がるんです。」
考えるポーズで推測を語る時量さんは、どこかの名探偵のようだ。
「御神木って、うちのですか?」
「そうです。あのムクロジ。清太郎さんに教えてもらったのですが、あのムクロジは樹齢300年を超える大木です。清太郎さんをはじめ、代々久谷家の方々が大切に守ってきたこの木は、御神木として一粒さんを時軸が異質を取り除こうとする働きかけから守っていたのでしょう。」
「あの御神木が、本当に?」
「清太郎さんもそう思っていたそうです。一粒さんの御神木になってもらうよう願った日から、一粒さんに何かトラブルがあると、風もないのに大枝が折れたり、抉り取られたような傷ができていたそうです。おそらく大きな力の大半を肩代わりして、依代のような役目をしていたのではないでしょうか。長い年月を経た物は、少なからず時の流れに対しても耐性が強い。もしかしたら時軸からも一粒さんの存在を分かりにくくしていた可能性もあります。」
はぁー、と呆けたように話を聞いていた一粒だが、どこか腑に落ちたような心地だった。
異物、か。
そして取り除かれようとしていた。
取り除いて、正しい形に戻そうと。
ずっと、自分だけおかしいなぁとは思っていた。
でもどこか認めたくもなかった。
そんなに躍起になって正さなくてもさー。
私なんて世界から見たら砂粒の一粒みたいなもんじゃん。
そのくらいちっぽけなもの見逃してくれたってさ。
ちっぽけな一粒でも精一杯生きてるのにな。
「そして今回落雷により、御神木が大きな損傷を受けて、一粒さんを守る力が弱まり、時戻しの干渉の力が一粒さんを時間屋の大砂時計に近づけた、と。
落雷自体は、あれだけ大きな木なので、自然現象なのか分かりかねますが。」
朝起きて窓から見えた、幼い頃から一緒に育った大木の無惨な姿
マジで巻き込むなよ。という塩川のうんざりした顔
運転席からでてくる狼狽したサラリーマン
『久谷と同じクラス?また遠足中止になるよ!最悪!』
疫病神〜
そうか、ほんとに私のせいだったのか。
「やっぱり、私のせいだったんですね。」
「いいえ、そうとも言えなくて。なぜならきっかけは一粒さんかもしれませんが、不思議なことにあなたの時は戻っていない。戻ったのはむしろ時間屋内の時間だけ。そして、今もう一度大砂時計に近づいても何も起こらない。」
「??」
「もう今の形で正されたということですよ。お嬢さん、あなたは変わっていない。あなた自身は何も間違っていない。」
先代のおじいちゃんが、理解に戸惑う戸惑う私に優しく言葉をかけてくれるが、私はなんと言っていいか分からなくて口を噤む。
「正されたのは、一粒さんと時間屋自体の時間軸のズレということなのでしょうか?私はまず手が空いている時に一粒さんの産まれた時の時間にあたる16年前付近の時戻しに何か関係がないか、記録を調べてみるつもりです。先代、問題ないですね?」
「ええ、長居しないのであれば。」
以前は、先代に追い出されたと言っていたけれど、2人の間に何か交渉があったのか、時量さんは今後も時間屋に入れるようだ。
「時量さん」
先代と今後の話をしている時量さんに、話が途切れたタイミングで声をかける。
「ごめんなさい。」
本当は謝罪の言葉に合わせて下げた頭をそのままにして、顔を見ずに話したかったけど、これ以上後ろめたいことをしたくなくてきちんと顔をあげて時量さんを見る。
「やっぱり私が巻き込んじゃったっぽいですね。謝って済むことじゃないんですけど、ごめんなさい。」
「…一粒さん」
ある日唐突に、望んだわけでもないのに、年齢や姿や暮らしを変えさせられた時量さん。私のせいで。
「私は、今の生活がとても楽しいです。」
「…ほんとうに?辛く、ですか?」
「いいえ、そこそこ長く生きていたのに、知らなかったことばかりで、初めての気持ちばかりで、毎日刺激的すぎるくらいで、それこそ一粒さんが若返らせてくれてなければ、老体でただ外に出てこの刺激を受けていたらポックリ死んでいたでしょう。私はそれよりも今の方がいい。」
「そうですか、ハハっ、ポックリってそんなに?うちでおじいちゃんより静かに暮らしてるのに、あははっ…」
笑って細めた目尻に涙が黙って、ブラウスの袖で拭いとる。
時量さんが今の生活をどう思っているのか、分からなくて、私は日に日に時量さんと話すのが、怖かったんだ。
もしも、早く戻りたいと思っていたら。
もしも、私を見る目に少しでも疎ましさを見つけてしまったら。
「私は、一粒さんから見て世間慣れしましたか?」
「え?うーん、少なくとも、久谷家慣れはしたと思う。」
「そうですか。少しは久谷家の皆さんや、少なからずそれ以外の方とも関わるようになって、以前よりは、人の心情というものが、なんとなく分かるようにはなったと思うのですが…」
言葉に迷うように話す時量さんの話の流れが分からず、首を傾げつつも続きを聞く。
「清太郎さんと清司さんは、あなたを車に乗せると年頃の娘とドライブできると、とても嬉しそうですよ。
家族で外食や旅行に行かないことも、恵理さんは外に出なくていい理由を考えなくていいから超楽、と。
大地さんは、まぁ少しよく分かりませんが、俺の妹はハードなラブコメヒロインだからなと、言っていましたから、そうなのでしょう。」
「お兄ちゃんは阿保だから。」
「一粒さんのご家族は、みんな、あなたを心配こそすれ、疎んだりなどしていませんよ。たぶん、あれらが愛情というものなのでしょう。」
「えへへ、恥ずかしいなぁ。…私も知ってるよ。」
「助けてもらっていいんですよ。起こってしまうことも、あなたに責任はない。」
私はしばらくグズグズと時間屋で泣いてしまったけど、落ち着くまで時量さんも先代も静かに待っててくれた。
寡黙な人ってありがたい。
先代は、時量さんと時間屋を出る時に一言だけ
「よかったよかった」
と誰に向けたのか、独り言なのか、分からない一言を呟いていた。




