④
「――武田さんの予想どおりでした」
古山が、なんとも言えない表情で切り出した。
「森脇先生は、【ドン・バ・ラ】の分析を期末レポートの課題にしていました。
音声データを、学内のイントラネットにアップロードし、
受講者にだけ開示していたそうです」
「ならば、無制限に拡散する恐れは低いでしょう」
どこか安心したように武田が言う。
「それから、耳を怪我した三人の学生ですが、
全員が【ドン・バ・ラ】を聴いていた際に負傷したことも確認できました」
「ここまで来ると、須田先生の妄想では片づけられませんね。
そういえば、四人の学生さんのうち、
一人だけ怪我をしていない人がいましたが、彼は……」
古山は、いかにも呆れたといった口調で、
「AIに課題を丸投げして、レポートを書かせたそうです」
「なるほど、ねえ……猫も杓子もAIですか」
武田は思わず苦笑いを浮かべた。
最近のAIは、音楽の分析まで可能なのだ。
AIの音楽的センスが人間を上回るのも、そう遠いことではないだろう。
(そんな世が来たら、はたして音楽の精霊は喜ぶだろうか、悲しむだろうか)
そんなことを考えている間も、古山の報告は続く。
「最後に、これも武田さんの予想が的中です。
怪我をした学生は全員、イヤホンやヘッドホンで、
【ドン・バ・ラ】を聴いていたそうです」
§ § §
科学捜査研究所。
――いわゆる「科捜研」内に設けられたガラス張りの音響ブース。
中には、ヘッドホンを装着した武田甚八警部補の姿があった。
ブースの外では、記録係がカメラを回している。
「それじゃあ、しっかり録画をお願いしますね」
そう言って武田は、音源を再生した。
三拍子のリズムが鼓膜を揺らす。
ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ
ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ
(ふうん、なかなかいいじゃないか。
これは是非、南太平洋の満天の星空の下で聴きたいものだなあ)
ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ
ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ
武田は、ゆっくりと音量を上げていく――
ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ
ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ
ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ
ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ
ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ
「ッ……!!」
右の耳朶に、弾かれたような痛みが走った。
反射的にヘッドホンを外し、そっと手を当てる。
ぬめぬめとした感触。
鉄の臭い。
少なからぬ量の血が、流れていた。
§ § §
「武田さんの耳に残った歯痕と、森脇先生の体に残った歯痕が一致しました!」
医務室で治療を受ける武田の元に、古山が駆け込んできた。
「カメラには、何か映っていましたか?」
「いえ、何も。ただ……」
「ただ?」
「音源を再生した直後から、武田さんの耳の辺りに、
黒い靄のようなものがまとわりついたように見えました」
「ふうん、私は何も感じませんでしたけどねえ。
霊感というものが足りないのでしょうか……」
なぜか、とても悲しそうな武田警部補。
「あの、なぜ武田さんや学生は、耳を噛まれるだけで済んだのですか?」
落ち込む武田の気をそらすように、古山が話題を変えた。
武田は、人差し指を耳に差し込むような仕草をしながら
「あくまで結果論になってしまいますが、
イヤホンやヘッドホンを使っていたことにより、
音の届く範囲が限定されたからではないでしょうか。
だから影響も、耳だけで済んだのだと思います」
彼は目を閉じ、一瞬、体を強張らせた。
「一方、森脇先生はホームシアタールームで亡くなっていた。
あの部屋には、大型のスピーカーがありました。
きっと大音量を、全身で浴びるように聴いていたのでしょう。
結果、より色濃く顕現した【ドン・バ・ラ】によって、
全身を食いちぎられるに至った、と」
それから、古山にも聞こえないような小さな声で――
「その気持ち、わからなくもないですよ。
なにせ、本当に素晴らしいリズムでしたからね、あれは」
§ § §
「ところで――」
署へ戻る車内で、ハンドルを握る古山が困り果てたように言った。
「この件、どうやって上に報告すればいいのでしょうか」
「ありのままを報告すればいいんです」
武田は即座にそう答えた。
「はあ、でも……」
なおも戸惑う古山に、警部補はいたずらっぽい笑顔を向けた。
「今の課長なら、この手の案件に理解があります。
うまく対応してくれるでしょう。
最悪、お偉いさんに【ドン・バ・ラ】を聴いていただけば、
ことの重要さは伝わりますよ。一発でね」
「いや、それは……」
「そんなことより」
武田は、包帯を巻かれた耳に軽く触った。
「この怪我って、ちゃんと労災に認定されるんでしょうか?
それだけが心配で、心配で――」
〈ドン・バ・ラ 完〉




