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ドン・バ・ラ(短編集『武田警部補はいつも忙しい』より)  作者: 吉田 晶


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「――武田さんの予想どおりでした」


 古山が、なんとも言えない表情で切り出した。


「森脇先生は、【ドン・バ・ラ】の分析を期末レポートの課題にしていました。

 音声データを、学内のイントラネットにアップロードし、

 受講者にだけ開示していたそうです」


「ならば、無制限に拡散する恐れは低いでしょう」


 どこか安心したように武田が言う。


「それから、耳を怪我した三人の学生ですが、

 全員が【ドン・バ・ラ】を聴いていた際に負傷したことも確認できました」

「ここまで来ると、須田先生の妄想では片づけられませんね。

 そういえば、四人の学生さんのうち、

 一人だけ怪我をしていない人がいましたが、彼は……」


 古山は、いかにも呆れたといった口調で、


「AIに課題を丸投げして、レポートを書かせたそうです」

「なるほど、ねえ……猫も杓子もAIですか」


 武田は思わず苦笑いを浮かべた。

 最近のAIは、音楽の分析まで可能なのだ。 

 AIの音楽的センスが人間を上回るのも、そう遠いことではないだろう。 


(そんな世が来たら、はたして音楽の精霊は喜ぶだろうか、悲しむだろうか)


 そんなことを考えている間も、古山の報告は続く。

 

「最後に、これも武田さんの予想が的中です。

 怪我をした学生は全員、イヤホンやヘッドホンで、

 【ドン・バ・ラ】を聴いていたそうです」



                § § §



 科学捜査研究所。

 ――いわゆる「科捜研」内に設けられたガラス張りの音響ブース。


 中には、ヘッドホンを装着した武田甚八警部補の姿があった。


 ブースの外では、記録係がカメラを回している。


「それじゃあ、しっかり録画をお願いしますね」


 そう言って武田は、音源を再生した。

 三拍子のリズムが鼓膜を揺らす。


 ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ

 ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ


(ふうん、なかなかいいじゃないか。

 これは是非、南太平洋の満天の星空の下で聴きたいものだなあ)


 ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ

 ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ


 武田は、ゆっくりと音量を上げていく――


 ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ

 ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ


 ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ



 ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ




 ドン・バ・ラ、ドン・バ・ラ



「ッ……!!」


 右の耳朶に、弾かれたような痛みが走った。

 反射的にヘッドホンを外し、そっと手を当てる。


 ぬめぬめとした感触。

 鉄の臭い。


 少なからぬ量の血が、流れていた。



               § § §



「武田さんの耳に残った歯痕と、森脇先生の体に残った歯痕が一致しました!」


 医務室で治療を受ける武田の元に、古山が駆け込んできた。


「カメラには、何か映っていましたか?」

「いえ、何も。ただ……」

「ただ?」

「音源を再生した直後から、武田さんの耳の辺りに、

 黒い靄のようなものがまとわりついたように見えました」


「ふうん、私は何も感じませんでしたけどねえ。

 霊感というものが足りないのでしょうか……」


 なぜか、とても悲しそうな武田警部補。


「あの、なぜ武田さんや学生は、耳を噛まれるだけで済んだのですか?」


 落ち込む武田の気をそらすように、古山が話題を変えた。

 武田は、人差し指を耳に差し込むような仕草をしながら


「あくまで結果論になってしまいますが、

 イヤホンやヘッドホンを使っていたことにより、

 音の届く範囲が限定されたからではないでしょうか。

 だから影響も、耳だけで済んだのだと思います」


 彼は目を閉じ、一瞬、体を強張らせた。


「一方、森脇先生はホームシアタールームで亡くなっていた。

 あの部屋には、大型のスピーカーがありました。

 きっと大音量を、全身で浴びるように聴いていたのでしょう。

 結果、より色濃く顕現した【ドン・バ・ラ】によって、

 全身を食いちぎられるに至った、と」


 それから、古山にも聞こえないような小さな声で――

   

「その気持ち、わからなくもないですよ。

 なにせ、本当に素晴らしいリズムでしたからね、あれは」



               § § §



「ところで――」


 署へ戻る車内で、ハンドルを握る古山が困り果てたように言った。


「この件、どうやって上に報告すればいいのでしょうか」

「ありのままを報告すればいいんです」


 武田は即座にそう答えた。


「はあ、でも……」


 なおも戸惑う古山に、警部補はいたずらっぽい笑顔を向けた。


「今の課長なら、この手の案件に理解があります。

 うまく対応してくれるでしょう。

 最悪、お偉いさんに【ドン・バ・ラ】を聴いていただけば、

 ことの重要さは伝わりますよ。一発でね」


「いや、それは……」

「そんなことより」


 武田は、包帯を巻かれた耳に軽く触った。


「この怪我って、ちゃんと労災に認定されるんでしょうか?

 それだけが心配で、心配で――」


                  〈ドン・バ・ラ 完〉

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