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亡命者の兄妹、吸血鬼を刈る。  作者: 剣持真尋


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狂おしいほど愛している

「あなたは異物ね」壺の中。その奥底に。女神メリオランテが呼びかけたのはミンツェだ。それは、顔を向けられていなくても──受肉する前の裸石《ルース》でもはっきりと伝わる。「処女ではない女が、聖域に存在してはならないわ」

 オリカルカムから彼女へ、煌めく光が放たれた。単なる明かりではない神力の流れに飲まれる前、眩しさに目蓋を閉じる瞬間よりも刹那、ミンツェは死を予感した。浸されて宿り身体を流れ渡る女神に由来する力は、確かに苦しみを齎した。過去の傷跡が開く僅かな痛み。だがそれも直ぐに癒え、心地良い喜びに満たされて喘いだ「おお……っ」そして至極の治癒魔法《ヒール》によって新しく生えた右腕を見つめて喘いだ。「おお……」幸福に。

「敬服する。メリオランテ。貴女は我が弟子を清らかにしてくれた」

 ヘランハルメが礼をいったとおりだと、みぞおちの疼きによってミンツェは確信した。私は奪われたものを再び与えられた。それは神の祝福だが、汚物の排除でもあると理解できた。処分ではなく再生によって。穢れた侵入者に存在を赦す証を授けた。取り戻された右腕は、彼女の純潔を再生した副産物だ。それでも、ミンツェは癒しの女神に感謝した。そして自分が仕える師匠にも。とっても。

 彼に大事なものを捧げることができるわ。

 大切な恋人を思い浮かべて、そして俄に、絶望に犯された。

「私の愛し子を捕まえて見せて」

 カイルが生贄となったあとの、メリオランテの言について深く考えることを、彼女は意識の表層で拒んでいた。巫女は誰なのかを。

 ミンツェが愛する人には、彼が愛する妹がいる──。


 ヘランハルメたちは、《ヴァルキュリアの壺》から出た。生き残ったのは彼とミンツェだった。神殿に残ったのは、会頭の息子と、その女中。前者は女神へ捧げられた。後者は怒りに狂い、不定形な護り手に消された。どちらも跡形も残らずに、吸収されていった。泉に溶けたカイル・バレット。コリオリカは人外の胎へと。

 ミンツェの心には、身がよじれそうなほどの悔恨だけが残った。メジンバーで別れたルークと、ロベリア……。こみ上げてくる罪悪感で喉の奥が痙攣して、師匠の後に続いて宿へと辿り着く前に、膝をついて大声で喘ぎ、胃の中の液を地面に滴らせた。

「大丈夫か」ヘランハルメが立ち止まる。彼は振り返ったが、声音には怒りも嫌悪も感じられない。勿論、心配や労りの心も。

「うええっ……」苦悶に満ちた呻き声が、無事ではないことを主張している。自分自身にも。ミンツェは無理をして立ち上がることを拒否した。再生した腕で身体を支えていた。その場に蹲り、地面に顔を近づけて、自分の影が作り出す闇の中に潜った。

 拷問や殺戮に慣れていた彼女の精神は、今では激しい負荷で削り取られている。人生の恩人が与えてくれたもの──夢見ていた新たな人生を破壊する仕打ち。恋人との。彼の旅の目的を理解した。道楽ではなかった。

 ──貴女と再び愛し合うことを、僕は望んでいた。

 巫女──神の受肉体。器としての任務を呼びかけられたのだ。ミンツェはその用意を手伝った。ラッセル兄弟を師匠に紹介した。ルークと旅ができると聞いて、あのときの彼女は、とても喜んだ。

 おお。おお。

 小さな怒り。ほんの僅かに、殺意の炎が燃え上がったけれど、生まれて初めて味わうほどの深い諦念に覆い尽くされた。

 お師匠様には敵わない。彼女を救けるのは無理だわ。私など……。ロベリアはヘイムダルに連れ去られて、女神の捧げ物となる。ルークは、大切な妹を失う。もしかすると、彼の命、さえも。

 死んだほうがいい。ミンツェは思いついた。それが悪行を犯した責任から、彼から逃げ出すことを目的としていることはわかっていた。とても卑怯な手段であることも。それでも彼女は、罰として命を捨てたいと思った。罪を無くすことはできなくても、少しでもルークが気持ちを晴らせるように。私の存在に反吐が出ないように。

 狂っているのは自覚できた。しかし彼を愛したことは間違っていない。そして、愛する資格は失ってしまった。愛されることも。

 今すぐにでも投げ出そう。ミンツェは、ナイフで胸を刺そうと考えた。両手で握れば、深く刃を入れることができる。万が一にも助かる見込みがないように。

 そこまで到達した瞬間、横腹に衝撃が走り、ミンツェは後ろへと無様に転がった。全身から力が抜けて、手足が擦り切れて血が滲む。苦痛に呻いた。

 ヘランハルメが彼女を蹴り飛ばしていた。「思い上がるなよ、ミンツェ」少年の脚力ではなく、魔力で強化された暴力。

 通行人の男が仰天の声を上げて、貴族の若君の風貌を凝視した。上目遣いで見下されると、眼差しの強さに怯んで、路上で苦しむミンツェの横を足早に通り過ぎていく。

「お前が自殺する権利などあるものか。許されるのは、僕に従って、僕が願いを叶えるのを見届け、僕との夜で捧げ、パンクラトフに帰った後は拷問の日々に従事することだけだ。一度あの男に抱かれたくらいで、僕からお前という従者を奪えると思うな」彼の掌から紫電が放たれた。空気がひび割れて、届いたミンツェを痺れさせた。「また僕に殺意を抱いたな。刃向かえば殺してもらえると思うな」

 失禁したミンツェ。彼女にはまだ意識があった。それでも雷に打たれて思考は途切れ、自殺願望は掻き消された。我が身を蝕む罪を意識することも、心を読まれていたことへの屈辱も。そして精一杯の声で、

「……あの子を殺さないで…………」絞り出した言葉は、懇願となって主人へと届いた。

 ヘランハルメが一欠片の安堵を与える。「約束しよう、ミンツェ。あの娘──ロベリアは女神の器としてこの世に生まれ落ちた。メリオランテの依り代となっても肉体は死なない。寧ろ身体は、彼女の影響でさらに瑞々しく輝くだろう」屈んだ彼が弟子の少女に向けて手を翳した。「聖なる乙女が復活するまで、お前を休ませてやる」慈悲を。

 ミンツェは催眠魔法《スリープ》で夢へと落ちていく。朧な意識が最後に感じたのは、またルークに逢える期待だった。それが幻で、現の彼とは二度と見つめ合うことができないのを、彼女はわかっていた。

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