72話 下着ショーをやったんだぜ
「ずるいー、コテツ姉もシィ姉もずーるーいー!」
「つっても、仕方ねえだろ? 俺は『こんな身体』だし」
《あたしも、レムみたいに実体ないしね?》
舞台の袖で未だにゴネるレムネアに、俺とシィは揃って苦笑を向けてみせた。
それでも納得出来ねえみたいで、レムネアはまだぶつくさ文句言ってっけど。
俺も手伝ってやりてえ気持ちはあるにはあるけど、さすがに『下着ショーの着用モデル』なんて、美少女がやるべきファッションショーに俺みたいなのがひょっこり出てったら不評買うに違いねえし……。
つーか、何より俺って、指名手配への偽装で『クレティシュバンツ商会の商会主』の姿は『左腕と両足欠損の身体障害者』ってことになってるから、舞台を歩けねえしな。
この姿になってんのは、前に不死身を過信してのこのこ勇者たちにヒトツメと二人っきりで特攻かまして、見事に氷の中に閉じ込められた前科があるんで。
それで、護衛役のアウレリアたちが自然に周囲に常に居る状況を作るためだ! って主張されて断れなかったのもあるんだけど。
それと、写真のない時代で良かったっつか、指名手配の指定人相が『左腕のない美少女』ってことになってるらしいんで。
身体霧化の固有スキルで両足消して、適当に顔を隠したらもうそれでおkなんだよな。
普通、逃亡中の指名手配受けてる犯人が移動に必要な両足を自分で切断する、とか想定外だろうし、探す立場になってるお隣の国境方面軍とは裏で業務提携してっから、しばらくはごまかせるだろ。
ハインやカスパーン爺さんやインシェルドも全力で捜索妨害してくれてるし、俺自身が商会で力付けりゃ、そういう俺のための妨害工作も自前で出来るようになるだろうし――。
俺自身がそういう帝国内部で勇者とタメ張るだけの力を得たら、そこからは一段上の戦いのステージに昇る、ってことだ。
俺自身はこの国自体にゃ何の愛着もねえが、この国はレムネアを始めとして、俺の家族たちが生まれた国だからな。
そこの平穏を乱そうとしてるらしい勇者たちに対抗するためなら、努力は惜しまねえぜ。
「つか、好評だったらシスの街や皇都でも同じことやって巡業することになってんだから、今のうちに慣れとけ?」
レムネアがこれ以上緊張しないように更に言葉を続けたら逆効果だったみたいで、レムネアは表情を曇らせて答えた。
「それもずるいー。そりゃ、コテツ姉やシィ姉が基本ここ……、アントスの街から動けないのは理解してるけどー」
《まあ、人数が少ない最初のうちだけだからさ? 大丈夫、レムって可愛いから、きっと人気出るよっ?》
「だから、ボクより全然美少女なコテツ姉やシィ姉にそれ言われたって、説得力ってものが……」
ぶつくさ文句言いながら、レムネアは可愛らしいフリフリの、シィがデザインしたブラとショーツって上下セパレートな下着を身に付けた姿で、自分の身体を見下ろした。
「ううぅ。下着に身体が負けてる気しかしない……」
「なんや、まだそんなん言うてんのか、レムネアちゃん? 大丈夫、問題あらへんって」
舞台の袖の最前列から声が掛かって、俺らがそっちに顔を向けたら――、これぞマジでモデル体型! って感じの、170センチ以上の長身の金髪美女が、俺らに自信満々の笑顔を向けてた。
「むしろ、あんたがそない恥ずかしがっとったら、他のもんにも恥ずかしさが伝染してまうで?」
「うえぇ、インディラさんにも言われたぁ」
「ウチが言うたからって何か問題あるんか? 言うても、レムネアちゃんも盗賊王の一人娘やろ、堂々としとき?」
そんな風に、見た目から感じる美女オーラとは裏腹に、インディラさんはなんか大阪弁か京都弁ぽい喋り方でシャキシャキと、レムネアを諭してくれてて。
その、なんだか肝っ玉母ちゃん! って印象が強いインディラさんに言われて、ぶつくさ文句言ってたレムネアも、大きく深呼吸しながら諦めたみたいだった。
「そう、だね。ボクが恥ずかしがってたら、みんなに伝染しちゃう?」
「まあ、恥ずかしい気持ちは分かりますけど」
「慣れですよ、慣れ」
「一度花道に出てしまったら、むしろ快感?」
レムネアの呟きに答えてるのが、レムネアやインディラさんと同じように、シィがデザインした新しい女性用下着を身に着けてるアウレリアたちで。
「つか、みんなすげえ似合ってんよな? 俺はそういう、こまごましたデザインってよく解らねえんだけど……、着け心地もいいんだろ?」
「そらそうや? シィさんのデザインしてくれらした、新式下着やさかいな?」
俺の疑問に答えてくれたインディラさんが、そのばんきゅっばーんな体型のばん、の部分を覆ってるブラを軽く下から持ち上げて。
「コレなんか、最たるもんやと思うで? 下部分に金属ワイヤーと型が入っとるから、胸の重さを下着が支える構造になっとるもんで、重力に負けて垂れんからな」
「胸の下が蒸れることもないし、それでいてワイヤ効果で寄せて上げる効果で」
「背中の後ろでホックを留めるのが最初は手間取りましたけど、慣れれば」
「胸前で留めるデザインのもありますし、選択肢があるのがいいですわね」
インディラさんの言葉にアウレリアたちが全力同意してるのを見て、俺は感心することしきり、だった。
地球に居たときゃ、女性用下着ってなんかすっげー種類多いよなあ、程度の認識しかなかったけど。
……俺もこの世界でそこそこ重量のある脂肪を胸にぶら下げるようになって、その辛苦の数々を実体験してる身だから理解出来るようになったけどさ?
――コレ、マジで重くて邪魔。
ごく簡単に例えるなら、胸部分に1リットルのペットボトルを一本ぶら下げてるような感覚?
それが朝から晩までずっとなんだから、そりゃ肩も凝るし猫背の人が多いのも理解出来るわ。
肩凝り解消の血行促進な肩腰に貼る魔法陣も開発してみようかね? 水系の<治癒加速>か、火系の<火熱>の応用でイケるような気がする。
あと、自分の身体の一部なんだから、大きくても小さくても可愛い下着で飾っておこう、って気持ちもちょっとだけ理解出来た、っつーか。
一応、身も蓋もねえ現実的な話にしちまうと、女性用下着の話題って老若関係なしに女性なら全員共通の話題だから。
廉価版の庶民用と高級手作りオーダーメイド一点モノな貴族用で分ければ、庶民は手の届く安価で女性なら共通の悩み事な(補正下着効果も含めた)可愛いデザインの下着類に手が届くし、高級志向の貴族の女性にも浸透しやすいだろう、ってことで。
これからアントスの街の女性陣向けに下着の種類と着用方法の講習も兼ねて行われる下着ファッションショーが第一回で。
さっきレムネアにも言った通り、生産性が上がって数が揃ったら、シスの街や皇都でも同じことやる予定なんだよな、クレティシュバンツ商会名義で。
俺のドレスを縫い慣れてる、まだシスの街の俺の屋敷に残ってくれてるお針子さんたちに裁縫頼んで、同じくシスの街で営業してるムギリとシルフィンとシフォンたちに精霊族テレポートで輸送を頼んでんだけど。
……そういや、シルフィンとシフォンもショーに出たがってたっけ。あいつら、マジで好奇心旺盛だからな。
でも本業が疎かになる! つってムギリに引きずられて帰ってったのが可哀想だったっつか、笑えたっつか。
シスの街でも同じことやる予定だし、そんときゃあいつらにモデル任せっかな?
まあ、いずれハインの盗賊ギルド輸送隊事業が軌道に乗ったら、品物の輸送はそっちに任せる予定になってるんで、シルフィンとシフォンの手も空くだろうし。
そっちは、道路整備事業とセットになってっから、まだ時間掛かるだろうけどな。
何しろ、大陸北方の半分近くを支配するカーン大帝国、つっても輸送路になる街道の方は馬車一台通ったらギリギリ、って道幅の道が多くて、大量輸送が難しいもんで。
盗賊ギルドが自腹切って、輸送路整備事業っつー道路工事も進めてんだよな。
一応、盗賊ギルドがなんでそんな阿呆みたいな金持ってるんだ、ってのをごまかすために、豪商の金でやってる、だから金出してくれた豪商の荷物優先、って偽装工作してるみたいだが。
《でも、あたしだけだと作るだけで満足で、どうやって売ろうかなんて考えてなかったから……、この販促下着ショーのお話持って来てくれた、インディラさんに大感謝だよー》
この場に居る女性陣は全員身内なんで、シィも霊体をそのまま晒してるけど……、そのシィが、感極まったみたいに、ぺこり、と全員に向けて頭を下げて、皆が笑って応じてた。
「ウチも、お義父さんに言われてこっちに来たら、最初の大仕事がファッションショーになるとは予想外やったけどね?」
おどけたように言うインディラさんの言葉で、更に笑いが沸き起こって。
インディラさんが言ってる『お義父さん』ってな、インシェルドのことで……、インディラさんって、インダルトの実母なんだよな。
商業のしの字も解らねえ俺らが隠れ蓑と実益兼ねて商売始めるっつーんで、気を利かせた皇都のインシェルドが、同じく皇都の豪商のところで働いてたインディラさんに打診してこっちに回してくれたっつー、貴重なアドバイザーさんなんだ。
店頭販売する予定だった商会の商品を現地既存の商売人を敵に回さないように、って卸売販売メインに変更する提案してくれたのもインディラさんだし。
――実際、商会立ち上げからほんの数ヶ月で、ミルクアイスや冷却魔法皿、ムギリやヒトツメが打った金属製品類っていう、商会の商品類はすぐに売れ筋になって、街の商店街は今までみたことがないってレベルで賑わってて、商店街の商売してる店の主人たちから大絶賛されてる。
それに、俺らは元々資金が余ってるから無償で譲渡しても良かったんだけど、無償だと逆に盗品盗作を怪しまれるし、何より商売人の仁義で無償のものは店頭に並べないってインディラさんが言うんで、最低限の材料費原価プラス人件費上乗せで卸売りしたら、これも大当たりで。
値段ってのは、適正価格以上に、その商品に掛けられた手間暇の信頼性も含まれてんだな、って感じたのが目鱗だった。
逆に、その程度も知らねえのによく商売始めようなんて考えたな、ってインディラさんに呆れられたのが今にして思えば恥ずかしいけどな。
「でも、ウチの目的は、行方不明になっとるウチの宿六……、イヒワンの捜索が第一やから、そこんとこも手伝い、よろしゅう頼みますえ?」
「アァ、そりゃ当然。つか、これだけ広範囲に商会の手伝いして貰ってて、報酬がそれだけだと逆に申し訳ねえけどな」
「いや、本気で隠れたイヒワンを探すのはほんっとーに難儀やねんで? あの宿六、元々盗賊ギルド非登録の盗賊本業やねんからな」
だから、隠れるのはお手の物で、盗賊ギルドでも発見困難なんや、ってため息混じりに言ったインディラさんの口調があんまし困ってる風に見えなくて、俺らは苦笑するしかない。
イヒワンってな、インダルトに借金押し付けて逃げ回ってるっつー、インディラさんの夫でインダルトの親父、インシェルドの息子で……。
目下、盗賊ギルドとカスパーン爺さんの北東部方面軍に追われまくってるのにかれこれ一年以上も発見出来てねえ、っつー、言われてみりゃ確かに『逃亡の達人』だ。
「せやからな? ウチ、イヒワンの情報が得られたらそっち優先で出向く必要あるねん? そこんとこ、最初に言っとかんと、後で揉めるさかいな?」
「いや、そりゃこっちも同じで、俺の方も迷宮探索の方が優先になっちまうのと、シィの存在は一般にゃ秘密なんで、商会の方に俺らが居ないときゃマジで居ないからな。だから、責任者が誰も商会に居ないときがあるんだが……」
言い訳がましく言い合ってる俺とインディラさんの視線が、自然と可愛らしい低年齢層向けフリフリ下着着用のレムネアに向いて。
「……えっ、ボク?! えっ、だってボク、ただのお手伝いで、っていうか、ボクとタケミカヅチ、新婚旅行名目でここに居るんだから、旅行終わったらシスの街に帰っちゃうんだよ!?」
「オマエ、雷神の神器だろ? 雷の速度は光と同じだ、やろうと思えば光速移動出来んだろ」
「公には出来へんけど、レムネアさんは商会主のコテツはんの妹さんや? これ以上ない適任って奴やろ?」
俺とインディラさんに畳み込まれて、ううぅぅぅぅ、って頭抱えてるレムネアに、車椅子に乗ってる俺が軽く右腕広げたら、嘘泣きしながら抱きついて来たのがまた可愛いんだぜ。
しかしだな。
「ほんま、コテツはんがショーに出れんのが残念やわあ? 左腕がない言うてもそんなん下着ショーには関係あらへんし、その美貌を一般公開出来へんって、世界の損失レベルで勿体ないですやろ」
「無茶言うなって。それに、こんなガリガリ貧相な身体で、インディラさんたちみたいな美女の祭典に参加したくねえよ」
ってインディラさんが言うもんで、俺も本日ここ一番の盛大な苦笑で答えたら、抱き締めてるレムネアも含めて全員で声を揃えて。
「「「「「「いい加減、現実を見ろ!」」」」」」
って怒られた。
――まさか、こいつら冗談抜きで俺の姿を美人だと思ってんのか?
もしかして、美意識がこっちと地球とで違うのかね??
ここで第三章終了でっす。




