71話 交渉成立したぜ
「おじーちゃん」
「ううむ? それは契約が違うのう? もっとこう、愛情を込めてじゃの」
「おじぃぃ、ちゃんっ」
「余計無気力さが際立っておらんかの? なんじゃ、契約も守れんのかね?」
「……おじィィィィちゃン???」
「……むぅ。まあ、それで妥協するかの。何やら殺気を感じたように背筋に寒気が走った気がしたが、気のせいじゃろ」
……アァ、確かに約束したぜ? 『カスパーン爺さんが望むときに親しみを込めてお爺ちゃん呼びする権利』とやらをな。
だからって……、普通、『こんなとき』にやらせるか?
「なるほど確かに、カスパーン卿の知己、という説明は確かなようだ。しかし」
鎧の上からでも分かる、180センチを優に超えるがっちりとした筋肉質な体格の壮年のおっさんは、言いながら俺をじろじろと値踏みするように見下ろして来た。
「カスパーン卿が思うほど、このローデンには仲が良いようには見受けられませんな?」
「なに、コテツは照れ屋で緊張しておるだけじゃ。こう見えても上がり症でな? 人柄は、ワシら退役軍人会のお墨付きじゃて」
飄々とした口調で、やたらと俺に威圧感を向けて来るローデンって名乗ったおっさんとの間にさり気なく割り込んで、カスパーン爺さんがフォローしてくれるのはまあ、有り難いんだが。
「退役軍人会などと、過小評価を。帝国の三本槍全員が所属する、最古の軍閥ではないですか」
ローデンのおっさんが見る見るうちに顔に怒気を湛える様子を見てると、逆効果だったんじゃねーのか、って感じがしなくも。
「まったく。軍人の誇りとして政治に絡まぬ軍政分離宣言をしているとはいえ、影響力は否定しない辺り、余計にタチが悪い」
「政治には関わらんが、国民として『いずれ民が困るのが目に見えておる政策』にはさり気なく反対する義務があるからの」
「民衆の不満を解消して反乱の気運を防ぐため、でしたか? たかが一般人ごとき、武力で押さえ込んでおけば良いのに」
「軍学を修めておらんのは相変わらずか。軍事で最も手強いのは民衆じゃと教えたじゃろうに」
やれやれ、とため息をついて、カスパーン爺さんは上質のワイングラスに注がれた果汁シャーベットを舐めるように少しだけ口に含んで、ややあって飲み込んだ。
「民衆が徒党を組まずに各所でゲリラ戦を始められては、一族郎党皆殺しでしか終わらん。鎮圧に掛かる資金も労力も数千倍になる」
「良いではないですか。たかが民衆ごとき、皆殺しが最も楽だ」
「民衆の絆や繋がりといったものを考えておらん浅はかな直情思考じゃの。一人を殺せば不満は十人に広まり、十人が百人に不平不満を解けば千人が反発し、千人の民衆は十人の軍人を弑す。――忘れるな、いつの世でも、民衆は常に軍人より多いのじゃぞ?」
「って、あー、そろそろ、話、進めて貰って、いいか?」
って俺が口を挟んだら、ローデンがぎろり、って感じで俺を見つめて来るのがマジ怖えんだけど。
反射的に後ろから刺したらごめんな? 死体はチリひとつ残さず灰にして証拠隠滅すっから。
つか、なんか雰囲気が険悪に――、っつか、まあ最初から良くはなかったんだけど。
「俺も暇じゃねえんで、軍人の心構えとかそういう話は別の機会にやって欲しい、って感じでな」
「……たかだか『商人』の分際で、軍人同士の話に割り込むとは、不遜にも程があるぞ、娘?」
「口の利き方には気をつけることじゃの。コテツは儂の預かりじゃが、血筋はさる高貴な王侯貴族の落胤じゃ。迂闊に毒づけば、ローデン、お主の首など簡単に飛ぶぞ?」
今度こそ、ローデンは最高級に気分を害したみたいで、テーブルの上に置かれたローデンの分のシャーベットのグラスを思いっきり鎧装束の腕で弾き飛ばして。
それらは、真っ白なレース編みの高価いテーブルクロスにオレンジ色の染みを作った。
けど。
「んー、ガラスの破片でテーブルクロス破損」
「グラスひとつ全損、中身のシャーベットのお代もまだですし」
「お安く見積もって金貨30枚、というところでしょうか?」
座ってる俺の周囲を固めるように立ってるアウレリアたち戦闘メイドの淡々とした言葉で、今度こそローデンがくわっ、と目を見開いたのが解った。
「商人の分際で、貴族から金を取ろうというのか?」
「商人だからこそ、じゃよ。これらはこの街で新開発の商品でもある、卸先は皇都の王侯貴族じゃぞ? たかが、儂ら軍人貴族が一存で欠損させて良い代物ではない」
「……左腕と、『両足のない』身で良かったな、娘! ここが戦場なら、疾うに首が胴から離れていたところだったぞ!」
「――借金踏み倒す宣言をそんなに堂々とされたってな? それとも、ローデンさんたち国境方面軍ってな、『その程度の端金も払えないほど貧乏』なのかい?」
勇者に取られた左腕のほか、部分霧化で両足を欠損してるように見せかけてる、車輪付きの車椅子に座らされてる黒ドレス姿の俺は。
低い位置から顔を真赤にしてるローデンを見上げて、ため息混じりに淡々と請求したら、ローデンはテーブルが折れるかって勢いで、ずどんっ! なんて音立てて激しく片手でテーブルに腕を叩きつけて。
「後ほど使者に届けさせる!」
「そりゃ、どうも。で、『そっちの要求の話』も、きちんと文書化しといてくれよ? 後で口約束だったから賃金払わない、とか言われても困るからな」
そんなに額の血管を広げまくってたら、そのうちブチ切れるんじゃねーのか、このおっさん?
「それはこちらで文書化し、双方に写しを渡そう。原書はこちらで保管する。儂は第三者の立場じゃからな、それが公平で良かろうて」
「こっちはそれで構わねえぜ? で、要求っつか、申し出ってのは……、『俺の配下の迷宮探索隊を貸してくれ』って話で、良かったんだよな?」
じーっと注目してねえと解らねえレベルでほんの少しだけ顎を引いて頷くローデンを見て、俺は右腕で車椅子の手すりに肘をついて、ローデンには聞こえないように、軽くため息、だ。
――戦争ってな、究極の人材と資材と資金の浪費だ、って話が俺の元居た前世の地球でもあったよな。
その最前線を預かってんのが、このローデンを始めとする、国境方面軍の幹部たちで。
……俺らがシスの街周辺や北東で迷宮攻略済ませてたんまり財宝を手にした噂を耳にして、減り続ける軍資金を現地で補おう、って考えて、最前線軍単独で上に秘密にして兵隊を送り込んだのはいいが。
実際に俺らがカスパーン爺さん配下のハダトさん率いる軍人たちを《水と炎の迷宮》や《虫の迷宮》に連れてったときもそうだったが。
軍隊ってのは究極のマニュアル化人間の最精鋭、みたいなもんで、一般兵は上の指示がないと勝手に何もしちゃいけない、ってのが徹底されすぎてっから。
迷宮みたいな特殊環境じゃ、臨機応変に指示を細かく与えられるハダトさんみたいな超絶優秀な指揮官が居ないと、途端に烏合の衆になっちまうんだよな。
……で、このローデン以下の最前線軍隊にゃその、必要不可欠な優秀指揮官が居なくて。
むざむざと迷宮ひとつの攻略に固執して、皇帝から預かった優秀な軍人数千人の命を暗い迷宮の底に散らしちまって。
埋め合わせ、っつか消えた兵隊のごまかしを、盗賊ギルドにツテのある退役軍人会所属の隠居軍人なカスパーン爺さんに頼んで、その件で『迷宮探索隊の頭』になってる俺にお鉢が回って来た、と。
「……ハインが自分で対応しなかったのが分かるっつか、アイツ面倒くさかったんだぜ、きっと」
「こういう『自分は何も悪くない、常に無能な部下が悪い』って考えてる方は、扱いを間違うと本当に面倒ですから。お気をつけ下さいな」
ぼそぼそと誰にともなく呟いたら、いつもの三人で分けて話す話し方をせずに、俺にだけ聞こえるような感じで耳打ちしたウィルペディが居て。
「実感籠もってんな? 実体験か?」
「……まあ、少しだけ。実家の話はコテツさまと言えどもお話出来ませんわね? 二人っきりで、ベッドの上でならいつでも?」
「あら、聞き捨てならないですわね、コテツさまがベッドのお誘い?」
「それは是非とも三人でコテツさまにご奉仕させて頂きたく。わたくしたち、そちらの方の腕前も」
「……うるせえ、オマエらに聞いた俺が莫迦だったよ」
すぐに話に割って入って来たアウレリアとイファンカのせいで、ウィルペディの実家の話とやらがうやむやになっちまった。
つーか、そういや、長い付き合いだってのに、俺、アウレリアたちの過去の話とか何にも知らないんだよな?
仕事上の付き合いだからって言えばそうなんだが、おはようからおやすみまで暮らしを見つめられてる俺なんだし、俺の方も少しはコイツら三人それぞれの過去を見つめてみてえもんだが。
「では、その後の話カスパーン卿に一任しましょう。くれぐれも」
「解っておる。兵士の家族には、戦場で戦死したとして通知しよう。書類上もそのように」
俺がぼそぼそと少し引いた位置でカスパーン爺さんとローデンの話し合いを眺めてる間にも、取引は円滑……、とまでは言わねえけど、まあ決裂することなく終了したみたいで。
内緒話ってことで、ハインが買い取ってまだ改修中の盗賊ギルド、エメリアス支部の館の一室で進められてた秘密の会談は、ようやく終わりを告げた、ってとこか。
「娘、今後は貴族への口の利き方を教える講師も雇い入れることだな! 皇都であれば、無礼討ちにしてもおかしく……!?」
「アンタも、相手の強さを推し量る眼力を鍛えてくれる指南役を雇い入れた方が良さそうだぜ? ……ウチのメイドさんたち、怖いだろ?」
部屋から俺の目の前を横切って退室しようとしながら、わざとらしく俺の車椅子の前輪を蹴り飛ばしたローデンが、捨て台詞みたいに言って立ち去ろうとして……。
アウレリアたちに、瞬時に周囲を囲まれて、ただ無言で抗議の目線で睨め付けられてた。
「……まったく、忌々しい女たちだ! 礼儀がなっとらん!!」
盛大に扉や壁に当たり散らしながら遠ざかってく怒声に苦笑を向けて、俺は俺の周囲に戻って来るアウレリアたちに軽く頭を下げる。
――手は出さなかったけど、俺のために怒ってくれたんだな、ってのは理解出来っからな。
つか、手を出してたらアイツ、喋る間もなく殺されてたよな。
それが解ったから、やり返さなかったんだろうけど、ローデンも。
「……相変わらずのわんぱく小僧め、全く成長しとらん」
「ワガママ放題に育ったって感じだな」
「済まんの、コテツ嬢ちゃんにとっては災難じゃったな。身内の恥じゃが、あれでも亡き儂の息子の親友での」
そんな風に言って頭を下げるカスパーン爺さんに向かって肩を竦めて、俺は車椅子を押してくれてるイファンカに、会談部屋を出る合図を送った。
「息子の弁によれば、親密になれば一本筋の通った男気のある軍人らしいからの。しばらく、大目に見てやって欲しい」
「役に立つ間はな。今のところ、『操縦しやすそう』って印象だな」
「あまり上手に操縦されても軍の恥になるのじゃが……、まあ、上手く手綱を握っておくれ。ローデンは、予定通りに物事を整備するのは巧いのじゃが、突発事態に弱い」
「まあ、おかげで国境方面軍の弱みを握る、って旨味が出たし、活用するさ。――わざわざこっちまで来て貰って済まなかったな。この後は、シスの街に戻るのか?」
「いや、皇都行きじゃの。隠居の立場は変わらんのじゃが、そろそろ勇者が喉元に刺さった小骨でな? 盗賊ギルドに任せっきりもなんじゃし……、儂も加勢に入らねばな」
言われて、俺は少しだけ勇者の顔を思い浮かべて……、すぐに頭を振って、それを脳裏から追い出す。
っつーか、帝国内でもかなりの重鎮な英雄カスパーンが直々に影響力を削がなきゃいけないほどになってる勇者の勢力拡大速度ってな、マジですげえんだな。
「そうか。政治は専門外すぎるからな、任せるぜ」
「コテツ嬢ちゃんたちは、『商会』の立ち上げをやるんじゃったかの? 何と言ったか」
「『クレティシュバンツ商会』だ。……ここだけの話、『クレティシュバンツ』ってな、『跳ねっ返りのじゃじゃ馬』って意味を込めてある」
告げたら、カスパーン爺さんが盛大に笑うのが解った。
それの笑い声を背に聴きながら、俺たちは会談部屋を後にして、館を出て商会立ち上げ予定の中央街区に向かうことにした。
――だって、表向きの商会主な俺以下、商品開発担当のシィ、魔力供給ほか雑務担当なレムネア、総合的になんでもこなすアウレリア、イファンカ、ウィルペディってメイド三人に、精霊術関係で手伝ってくれる予定のシルフィン、シフォン……。
全員、一筋縄で行かないじゃじゃ馬ばっかだろ?
千年先まで残る、いい名前だと思って命名したんだぜ。




