50話 小屋の中には大賢者が居たんだぜ
「ぴぃっ、きゅぴぃぃぃぃっ」
「へー。あれがオマエの爺ちゃんか。なかなか可愛い姿してんな?」
強く叩いたらそのまま崩れ落ちそうな立て付けの悪いドアを軽く蹴っ飛ばして開けたら、ばさばさばさっ、なんて羽音を立ててフクロウが屋根裏の方に飛び去ってった。
フクロウは賢くて人に慣れない、なんてよく言われてるけど、近くで見たらめっちゃ愛らしいんだなー。触ってみてえな?
「馬鹿言ってんじゃねーよ、そんなわけねーだろ! おーい、爺ちゃん! 孫が来たよー!?」
「んん? インダルトか? イヒワンとシスの街へ逃れたのではなかったのか?」
どうやら狭い家の中が更にロフトで上下に二分割されてるらしくて、ゴミ屋敷みたいに乱雑に積まれたガラクタが満載の家の中で。
少し動いたら崩壊しそうな狭苦しい屋内空間の、更に斜め上に見えるロフトの上から、総白髪の老人がちらっ、と顔をこちらに覗かせるのが目の端に見えた。
「いろいろあって帰って来たんだよ! 解決した、って聞いたんだけど、詳細が分かんなくてさ?」
「ここに来るより村長の方へ行った方が良かったのではないか? おっと、ここにあったか……、報告書は、まとめて、……おや、なぜこれがここに? ……そちらに提出したぞ」
どうやらガラクタの向こうで階段を降りてるらしい木板がきしむ音と、老人の声があちこちに反響しながら移動してるのが、俺の超感覚の耳に捉えられる。
――と。
「ぴぃぃぃっ、きゅぴぃぃぃぃぃ!!」
なんて、さっきのフクロウが急に甲高い声で鳴くもんだから、俺は咄嗟に片耳を押さえちまった。
つか、フクロウが鳴くなんて知らなかったぜ。子供のフクロウなのかな、やたら可愛い声だが。
「インダール、餌はさっき食べただろう?」
「きゅぅぅぅ、きゅぴっ!」
「足りなかったのか? まったく、育ち盛りの子供は贅沢者だな? 私のように、程良い節制を覚えるべきだぞ――、ほれっ!」
爺さんがぶつくさと文句を言いながら、階段の途中っぽい場所からどうやらパンの切れ端を二~三つほど空中に放り投げたら、天井の梁に居た少し小さいサイズのそのフクロウが、急降下しながら全部を空中でくちばしと両足でキャッチして、もう一度天井の梁へ舞い上がって……、見事なもんだぜ。
「てか、名前。――インダールって」
「俺の子だ。親はもう死んでるからな」
「……そうか。――悪かった」
真剣に、きっ、なんて目で俺のことを射抜くように見つめて来る隣のインダルトに、俺は素直に謝った。
俺も生まれたときから一緒に育った猫を中学に上がるときに亡くしたことがあるから分かる。
家族同然に育ったペットを亡くした悲しみは、何年経っても癒されるもんじゃねえからな。
大方、インダルトが飼ってたフクロウが子供残して死んで、インダルトがシスの街に移動するときに、連れてけないから爺さんの家に預けた、ってとこだろ。
「で、イヒワンはどこだ? あの放蕩息子、次に会ったら説教してやろうと思っとったのに」
「親父はシスの街で行方不明になっちまったよ。今頃どこで何やってんだか」
「――水路は調べたか? 死体を流すならそこだろう」
「あっ、そうか。そこは調べてなかったぜ」
なんて、真顔で行方不明の家族に対して軽口叩いてる様子は、どう突っ込んでいいんだかちょっと反応に困ったんだが。
「……それ、死んでる前提だよな」
「死んで当然だろ、あのクソ親父」
「むしろ、この状況で生きておったら捕まえて磔台に送りたいとこだが?」
――借金をインダルトに押し付けて逃げた、としか聞いてねえが、この分だと更にいろいろとやらかしてるっぽいな、その親父――、イヒワンだっけ。
「そりゃ、ご愁傷様としか言いようがねえが……、俺がここに来た理由はそれとは違っててな? 話を聞きてえんだが、インダルト?」
「ああ。爺ちゃん、こいつが『シスの街に降臨した女神』って噂になってたコテツだ。――女神、なんて大仰な呼ばれ方してるけど、ただの小生意気なガキ……、いてえっ!?」
「おっと、済まねえな、そんなとこに足があるなんて気づかなくてな? ガキの体重だ、踏まれたって別に痛くも痒くもねえだろ? 大人の男なら」
「普通のガキの体重じゃなかったぞ、なんか魔法使っただろ!? うおぉぉ、いってええええ!!」
しれっ、と澄まし顔で、俺は生意気抜かしたインダルトの足を思いっきりブーツの踵で踏み潰してやった。
「何とも……、形容し難き美しさと、近寄り難い怖さを併せ持つお嬢さんですな? 申し遅れました、私はインダルトの祖父で、今しがた話に出たイヒワンの父、インシェルドと申します」
「虎徹だ。巷じゃ女神だなんだと呼ばれちゃいるが、ただの虎徹でいい。カスパーン爺さんの依頼で、ここに来た三人の傭兵たちの行方を探してる」
隣で片足抱えてぴょんぴょん跳ねてる莫迦を横目に、俺はインシェルドさんにそうやって主題を切り出した。
「三人の傭兵……、ああ、覚えておりますとも。大人の男女と子供の男子の三名ですな? ここにも来て、何度か文献を貸し出しましたが」
「そうか。じゃあ初っ端から当たりだったな。――っつか、今更だが、インシェルドさんは何やってる人なんだ? インダルトは開拓民だ、つってたが」
「私は単に書物好きな老人で……、と言っても納得しなさそうですな? 隠し事をしているわけではありませんが、ただの『賢者』ですよ。土着の伝説や民俗を書き記し、定期的に販売しております」
謙遜したように口元を隠して笑うインシェルドさんが、なんかすげえ人の良さそうな表情の裏に、俺の態度を厳格な視線で値踏みしてるような気がして、俺はその態度に釣られずに黙って佇んでたんだが。
「って、違うだろ爺ちゃん! あのなコテツ、爺ちゃんはこの村の元村長で、発明家で魔法使いなんだよ! 魔法剣士アドンだってここに魔法書借りに来たことあるんだぜ!?」
「――やれやれ、我が孫は交渉事の手順も知らんままか」
途端に、苦笑というか破顔してため息をついたインシェルドさんが、踵を返しながら俺たちを手招きして。
「狭苦しい我が家だが、お茶の用意は出来ます。奥へ」
長い髭にローブに杖まで付いてる、ファンタジー漫画や映画で良く見る『いかにも大賢者!』な姿だったから見た目でそうじゃねえのかな、なんて思ってたけど。
どうやら気難しい方の大賢者だったらしいインシェルドさんを先頭に、俺とインダルトはガラクタ満載ゴミ屋敷の狭い通路を通って奥に向かった。
「きゅぴっ、きゅぅぅぅ♪」
「こらっ、インダール! 俺の頭は止まり木じゃないっていつも言ってんだろ!」
……ちびフクロウも一羽追加で。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「魔法剣士アドンとは実は傭兵時代の旧知でして……、アドンと、その妻サーティエの要請で、この村を中心とした近在地域に発生していた不審火の調査には協力していました」
たぶんこれ、サーティエ持参のハーブだろうな。
シスの街にある邸宅で良く飲んでたハーブティーとそっくりの、どうやら乾燥葉を使ってるらしい少し濃い味のお茶を軽く口に含みながら、俺はインシェルドさんの述懐を聞いてた。
「さっきパンも食っただろ、インダール! お前、そんなバクバク食ってばかりだと、そのうちデブって飛べなくなっちまうぞ?!」
「きゅぅぅ? きゅぴっ!」
……あー、あと一人と一羽が居るんだが、もう完全に空気というか完全に俺らそっちのけでじゃれ合いまくってるというか。
――いいな、あのちびフクロウ。俺だってモフモフしてえぞ畜生。
「インダールの母が死んでから、父はインダールを残して飛び去ってしまいましてな。……恐らく、母を殺した鷹に勝負を挑みに行ったのだろう、と推測しますが」
「それなら、きっと勝ったさ」
変なタイミングで会話を中断されちまったんで、なんとなく微笑んで俺とインシェルドさんはほんの少しだけ通路より広くなってる台所らしき場所で、テーブルを挟んでインダルトとインダールのじゃれ合いを眺めてて。
「……そうですな。きっと勝ったのでしょうな。帰って来ないのは、インダールが強く成長するのが解っていたからでしょう」
「――そいつはちょっと解らねえけどな」
フクロウって闇夜に隠れて、さぁっ、と羽音もなく飛んで狙い違わず獲物を捕まえて颯爽と飛び去ってく、なんてかっこいいイメージがあったんだが。
インダルトとじゃれ合って……、つっつーかなんか一方的に苛めまくってるような肉体派な遊びの様子を見てると、まだまだ子供期間は長そうな印象がだな。
「あれの父母は野生の生活の中で、近在の森を探索するうちに仲良くなったのですが……、インダールは生まれついたときからインダルトにべったりで、正直、野生の狩りの仕方も分かるのかどうか」
「別に野生に帰す必要なんてねえだろ? どうせいつかは死んじまう短い生涯なんだから、それなら生きてる間は自由にさせときゃいい。――生きたくても生きられずに死んでく奴の方が多いんだから」
「……なるほど、『女神』の呼称は伊達ではないらしい。人間の死を多く見つめた経験からの言葉、ですな」
「――本題を進めて貰っていいか?」
俺とインシェルドさんの間だけ、ぴん、と張り詰めた空気が漂ったように緊張した気配になって。
「先に申しておきますが、私はここを離れる気がない。アドンたちにも同じことを言ったのだが、私は世俗を離れて隠居した身、正直に申し上げれば、ここを尋ねて来られるのも迷惑だ」
「迷惑なのは済まねえが、俺もアドンたちを探してる身だ、アドンたちが立ち寄ったって話を聞いて、手ぶらで帰れるほど阿呆じゃねえ」
言葉を切って、ちらっ、と床を転げ回ってインダールのくちばし攻撃から逃れようとしてるインダルトを呆れたように見やって。
「――孫やインダールの世話もあるんだろうから、なるべく力ずく、ってのは避けようとしてんだぜ?」
いつもの和装の背中に斜めに背負った神刀の柄に軽く左手を伸ばして見せて、俺はテーブルに身を乗り出すようにしてインシェルドさんに向けて凄んだ。
でも、そんな脅しにもインシェルドさんは怯えた様子もなく、ただめんどくさそうに長い溜息をついて。
「軍人は皆そうやって暴力を盾に己が欲求を通そうとするものだ。……結論から言えば、不審火は『異世界由来の火神が引き起こした惨事』、という推論に落ち着いた」
厳かに低い声で宣言するように言ったインシェルドさんの言葉に、俺は少なからず衝撃を受けて、一瞬だが固まっちまった。




