35話 プロポーズされたんだ
「病み上がりなのに、元気だよねー、コテツ姉?」
「病み上がりっつか、ちょっと肉体損傷しただけじゃねーかよ」
「ボクが病気したときはすっごい過保護なのにさー? 自分だけ、ずるーい」
そんな風に妹に言われちゃ立つ瀬がねぇ。
沸き立つ溶岩の上で俺は肩を竦めて、俺は皆が待ってる階段の上に戻った。
「やはり、水の方と構造はほぼ一緒のようだな?」
「みてぇだな。違いは、水の方は密閉構造だったけど、火の方は開放してるっつか、こんな風に階段で溶岩まで降りられることか」
ハインの言葉に同意、だ。俺が寝てる間に先行してこっちの領域を調査してくれてたみたいだが、先にそんな結論に辿り着いてたらしい。
有難く思うと同時に、なんでコイツこんなに『ダンジョン探索』に詳しいんだ? って疑問も生じる。
こういう魔法的なダンジョンは、シンディが作った500個以外にも存在してんのかね?
……魔法が普通に使われてる世界なんだし、元々のゲーム的なダンジョンのモチーフってたぶん、ピラミッドみたいな墳墓なんだろうから。
……盗掘もやってるつってた、ハインにレムネアって盗賊ギルド員が手慣れてても不思議じゃないのかもしれねえけど。
「それについてじゃが。この、階段がある位置と、水の領域で落とし穴があった位置が見事に対象になっておっての?」
俺が降りた階段の中間にあった小部屋を調べてたムギリが、俺が階段を登る途中で合流して後ろから追いついて来た。
「……ってこた、あっちで落とし穴に落ちてたら、似たような部屋に辿り着いてたかも、ってことか?」
「恐らくのう。そして、どこに飛ばされるのか判らんので起動させておらなんだが、この小部屋にも落とし穴というか、滑り台のような構造の隠し穴があったんじゃ」
十分に距離を取ってからムギリが銅貨を斜め下の階下に見えてる小部屋の床に投げたら。
……かこん! なんて軽い音と同時に、その小部屋の一部の床がスライドして、今ムギリが言った通りの、どこに続いてるんだかさっぱり解らねえ深い滑り台がぱっくり口を開けたのが見えた。
「恐らく、あれらは『非正規の入り口』だろうな。最初に飛ばされた人物が落ちたという、下の階層に繋がっているのだと思われる」
「……ああ! そうだよ、下の階層に行く道、ねえじゃん?」
ハインの呟くような台詞で、俺は唐突にそれを思い出した。で、さっき溶岩の上を歩いた感触だが。
「<凍結>で溶岩を固めて上を歩くのはまあ、簡単だったが……、『下に潜る』ってなると、骨だよなあ?」
「そこは先程、コテツ嬢ちゃんが寝ておる間に少しハインとも話したのじゃがな」
上に着いて、すぐに駆け寄って来ようとするレムネアを片手で制して、俺はいつもの<水球>を頭上に出して俺とムギリの全身に、シャワーのように水流を浴びせた。
途端に、じゅわぁぁぁ! なんて音を立てて、俺たちの全身から派手に湯気が上がる。
鉄を溶かすほどの熱じゃないだろうが、それでも1,000度くらいの温度の溶けた岩石の溜まってるプールの近くをうろうろしてたんだからな。
状態固定がガチで効いてる俺たち神族や、地と火の精霊族なムギリでないとあそこにゃ降りれないだろう。
「……もしかして、さっき言ってた『水と炎の領域で構造が対象になってる』って話と関係してたりする?」
「うむ。まさしく、じゃ。この少し先まで歩いてみたのじゃがの、どうも入り口に戻るだけの道筋のようでの。……となると、怪しい場所と言えば」
ちらり、とムギリが向けた視線に釣られて、俺もそちらを振り返った。――ヒドラを倒したあの橋へと、戻る道筋。
「そっか。入り口の分岐からこっち、ずっと鏡写しに対象構造になってんのに、あそこだけが違うのか」
常温とまでは行かねえが、それでもレムネアを抱っこしても大丈夫っぽい温度まで全身を冷ました俺が片手を広げたら、うずうず待ち構えてたっぽいレムネアが飛びついて来て、俺は苦笑しつつこの可愛い妹を軽く肩に担ぎ上げた。
「そうだ。そして、まだ未検証な『普通の人間が行けそうな場所』がある」
そんな俺らの様子を微笑んで見てたハインが、そんな風に切り出して。
「――思うに、この迷宮は『故意に、精霊力を分断して精霊力で罠を検知する精霊族を惑わせる構造』になっている、とオレは思っている」
「そうなのか? ちょっと俺にゃ判断つかなかったが……、こういう構造の迷宮に侵入する先輩っぽいからな、アンタは」
「先輩と言われると面映いが、オレたちの飯の種だからな、侵入することは。学術的には考古学必須の才能でもあるが。――っと、話が逸れたか」
レムネアを担いだ俺たちの横をゆっくりと通過して戻る道筋をハインが歩き始めたんで、俺たちも自然とその後に続いた。
その間も、ハインの講釈は続いてて。
「この手の迷宮では『創造者の意図を推察すること』が重要だと、最初にも言ったが。オレの見立てでは、創造者はせっかちで、直接的で、それに偏執的だ。そして、対象構造に囚われている」
……そっか、ハインは知らねえんだよな。っつか、俺も積極的に言ってなかったし。
なんか貶し入ってるみたいなハインの論評を聞きながら、俺はこのダンジョンの作成者、ダンジョンマスターな最後尾を歩くシンディの方を振り返って目を合わせたら……、あれ?
ふいっ、とアイツの方から目を逸したんだが。こんな反応、今までしたことあったっけか?
「それに、『一度探索した場所を二度は調査しない』という人間の習性を良く知った上で、精霊力で検知出来ないように別の精霊でそこを覆い隠している、と思う」
「いっぺん探したとこは調べない、ってのには同意だが……、精霊で覆い隠す? あったか、そんなとこ??」
顎に手を当てて、来た道を思い返してみたが……、精霊ねえ? 見た覚えねえんだけど。
「なるほど、女神の形容詞は伊達ではないな。そうやって、考え込む姿も魅力的だ」
「……そういうとこが『盗賊』らしくねえ、って思うんだよ、アンタは」
真剣なんだか冗談なんだか解らねえ笑顔でそんな風に講釈の合間に息をするように女を口説くとこなんかな。
……さすがに俺だって女をやって13年、そろそろこういう言い回しが女をいい気にさせる口説き文句の常套句だ、って知識は仕入れてる、っつの。
なんて思ってたら、ますます満面の笑顔になったハインが、とんでもねえこと言い出しやがって。
「――どうだろう、この世界ではまだ未婚のようだし、悠久の時を生きる女神の一時の遊戯と思って、オレと婚姻の契りを交わしてみる気はないかな?」
ぶはっ!!
盛大に唾混じりで噴出した俺の前で軽やかな身のこなしでその噴出物を避けたハインが、満面の笑みから、にやにやと三枚目な笑い方に変化して――、コイツ、遊んでやがるな!
「なっ、何言ってやがんだっつの、身分だって釣り合わねえし、その、婚姻、だとか、冗談もいい加減にしやがれ!」
自分でもびっくりするくらいに口からは訳の分からねえ言い訳が出て来て、これ、動揺してんのか、俺?!
いや、そんなことはどうでもいいっつか、心配なのはエルガーの方で……。
「身分? そうか、そういうことを気にするお方だったか、コテツ嬢は。心配ない、オレは隠していたが、盗賊ギルドを束ねる『盗賊王』、ギルドマスターのハインだ」
「って、えっ、えーっ!?!?」
唐突に語り出されたハインの自己紹介に、盗賊の下っ端で見習いみたいな立場のレムネアが驚愕の声を上げるのが目の端に見える、けど。
薄々バレてたからコイツの隠し方はあんまし褒められたもんじゃねえけど、この流れで言うなっつの!
「オレの発言力は皇帝にも届く、大陸最大のカーン帝国と肩を並べる組織の長なら不服はないだろう?」
「そういうことじゃねえ、っつか! 違え、今はダンジョン探索が先だっつの!!」
ああ、ちくしょー、こんな流れだと……、カスパーン爺さんの食客になってるとは言っても、一介の傭兵夫婦のひとり息子なエルガーの立場ってもんが。
「……ふうん? ご婚約おめでとう、と言えばいいのかな、姉さん? 玉の輿だね、僕みたいな一介の戦士は置いて、お幸せに」
「分かりにくい拗ね方してんじゃねーよこのクソボケ! 俺が好きなのは……」
「誰かな?」
「――っ、てめぇら解ってて遊んでんだろ俺で!?」
にやにや笑いを絶やさないままで俺に問いかけて来るハインに指を突き付けて。
俺はハインを追い抜いて、橋に戻る道筋をずんずんと鼻息荒くして奥に進んだ。




