36話 初冒険が終わったんだ
「なるほどな、盲点だったぜ」
「「確かにーぃ、こういう構造にするとーぉ、私たちエルフは気づけないのですーぅ」」
俺の驚きに、周囲に空気膜作って<水中呼吸>を展開させてるシルフィンとシフォンが同時に同意してた。
「迷宮創造者は四大元素を司る精霊の特性をかなり良く把握した上で、それを見事に隠蔽に使ったと、そういうことだな」
「それを見破ったアンタもマジですげェけどな」
<光球>で水中を照らしながら先頭を進む俺の隣でそんな風に言ってるハインを横目で見上げて、悔しいけど褒めちまうしかねぇ。
水中を進む俺たち一行の周辺をシルフィンとシフォンの<水中呼吸>の空気膜が覆ってるんだが、さすがに八人パーティが密閉された空間で一緒の空気を吸ってると――いや、俺は呼吸してないんだけど、まあ気分として――、なんだか息苦しい気がして来るし。
それに。
「……姉さん、気分は平気?」
「アァ? なんだ、急に?」
「えっと、……ここで言っていいのかな?」
「なんだよ、はっきりしろよ? いいから言えっての」
「ええと、じゃあ、言うけど。……姉さん、『閉所恐怖症』だよね? 今、潜水中っていう密閉空間だけど、大丈夫?」
マジで心配顔のエルガーにそんな風に言われて、俺は初めて、なんで妙に具合が悪くなってる気になってんのか、その理由に思い至った。
――そうか、前世での……、『施設の実験動物時代に、五体バラバラにされて小箱に封印されたトラウマ』だ。
閉所っつか、確かに空気膜で周囲の大量の水から隔絶された隔離空間、だもんな。
急にあのときの暗闇の恐怖が蘇った気がして、無意識に俺は<光球>の光量を上げてることに気づいた。
「なんじゃ、コテツ嬢ちゃんにも可愛いところがあったものじゃの? それ、先に階段が見えておる、そこまで辛抱じゃぞい?」
「ええー、意外ー。コテツちゃんにも苦手ってあったのねー?」
「ええー、意外ぃ。コテツちゃんなら苦手も裸足で逃げ出しそうなのにぃ?」
「……ちょっと待てやオマエら。俺を一体何だと思ってやがんだっつの?」
そんな俺の質問に、顔を見合わせた精霊族の三人は口を揃えて。
「「「だって、神族だし(じゃろ)? (ワシら)私たちより優れてて当然でしょ(じゃろ)?」」」
「……なんかいろいろ誤解があるっぽいし、いっぺん話し合わなきゃならねェ気がするぜ……」
なるほどな、そういう風に俺たち、俺やシンディやタケミカヅチにヒトツメのことを捉えてたのかよ。
妙に俺らのことに興味持ったりしてたのも、そこら辺の好奇心かもな?
ムギリはヒトツメに心酔べったりだが、エルフ姉妹はシンディやタケミカヅチにつきまとってる感じもあったし……。
……あれ? じゃあ、エルフ姉妹が妙にエルガーの行く先々にくっついてるのはなんでだ?
「ほれ、通路に着いたぞい? コテツ嬢ちゃんが先に上がるが良い。ワシらはもう少し、この人工? 神工かの? とにかく、このプールを探索するでの」
「……ああ。そりゃ有難く、だが。なんだよムギリ、気が進まない、なんて言ってた割にゃ、探索にハマってんじゃねェのか?」
ムギリの申し出は有難く受け取らせて貰うが、それにしたって。
……最初は気が進まない、自分は鍛冶師で専門外、なんて言ってたくせに、今いちばんノリノリで構造探索やってんじゃねーか。
あと、付き合ってるシルフィンとシフォンに指示して精霊を動かしてるのが見えるし、仲が悪い、なんて思ってたけど、実は結構息ピッタリなんじゃねーのかよ?
「それは、そうなのじゃが。構造を探求し建築物に惹かれるドワーフとしての本能のようなものじゃの? これほどまでに見事な建築物は、ワシの生涯でも初体験であるからして」
そんな風に照れ笑いを浮かべたムギリと、それに付き合ってか水中を遠ざかってくシルフィンたちを見送って、俺は苦笑しつつため息をついた。
「あ、ちょっと待てよ。いま、空間に空気充填すっからよ」
橋の階段から水中に降りて、橋の台座に隠されるように配置してあった、更に奥に続く隠し通路に登る水中階段の踊り場でシルフィンとシフォンの<水中呼吸>を神刀魔力で引き継いでムギリたちと別れたんだが。
あいにく、踊り場も天井まで水で埋まってたんで、空気膜を壁と天井いっぱいに拡張して空間を作ってやる。
「ふぃーっ! 状況はそんなに変わってないんだけど、やっぱり水が遠ざかるとなんか安心するー!」
「……オマエ、カナヅチだったもんな? 水が近くて怖かったか」
ずっと黙りこくってたレムネアを手招きして、がっしり片腕で抱いてやる。
その間も、階段を上がった全員で周囲の壁や奥に続く方に見える通路の先を観察するのはやめてないんだが。
「どうやら、奥は少しずつだが登っているようだな? もう少し進んだら、空気のある部屋に抜けるかもしれないな」
「同感。ほんとによく気づきましたね? 間取りも外周の大きさも解っていないのに」
ハインとエルガーが話してるのをレムネアとじゃれつく合間に聞いてて、エルガーの感心したような言葉に俺も同感、だ。
「言っただろう? 『精霊力で覆っている』と。この場合、敢えてプールの底に通路を隠し、水の精霊が通路を埋めることで、石の精霊が下にいることに気づきにくくしてあった。それに」
どうやら、いつの間にかハインは懐に隠し持ってたらしい、倒したヒドラの体液に濡れた、あの硬すぎる鱗を取り出して。
「創造者の思惑では、恐らくあのヒドラは『通路を守る最強の番兵』だ。最初に言った通り、創造者はせっかちで直情的で直接的で回り道を取らない者だろう。故に」
なんか、ハインがどんどん創造者――ダンジョンマスターのことを悪く言ってる気がするのは気のせいか?
で、ちらっ、とまたシンディの方を見たら、今度は露骨に最初から目を逸しやがる。……コイツ、もしかして恥ずかしがってねェか??
「恐らく迷宮最強の魔物を配置するなら、最も大事な場所に置くだろう。つまり、ヒドラの存在が、水と炎を繋ぐ通路というだけではないことの証拠になる。……それが『合理的』だからな」
シンディお得意の口癖が、別の人間――ハインの口から語られる、ってのはあんましない機会かもな?
それに、タケミカヅチがすげえ人間臭いもんでついつい忘れがちだったが、シンディだってタケミカヅチと同じ神族で……、コイツ、感情を隠すのが巧いだけで、実はちゃんと感情、あるんじゃねーのか?
今だって、俺と目を合わせなかったり、ハインの淡々とした口上で『迷宮製作時の失敗』を聞かされてるのに口出ししないのは、失敗を恥じてんじゃねえのかな、なんてな?
「で、この流れで、ハインさんに聞いちまうことにするか」
「仮にも女神と呼ばれる神族の一員であるコテツ嬢に、さん付けで呼ばれるのは少々どうかと思うのでな、呼び捨てしてくれると助かる」
「そうか? じゃあ俺のことも、嬢とか付けずに呼び捨てしろよ、それでチャラだ」
何がどうチャラなんだか解らねえが、お互いに作り笑顔を見合わせて、まあ、それでチャラだ。
――ぜったいなんか裏で企んでるよなー、コイツ。
そこんとこを隠さないのが、なんか好感持てるっつか、俺、盗賊王、って名乗ったコイツと、コイツが束ねてるらしい盗賊ギルドのことが、それほど嫌いじゃなくなって来てる。
「っと、質問だったな? なんだ、『コテツ』?」
「ああ、『ハイン』。それだ。アンタの見立てじゃ、この奥にゃ、何があると思う?」
……なんかすげえ白々しい呼び方になったのは多分気のせいだ。つか、俺もだけどコイツも隠しきれずに吹き出しちまってるし。
「ふふっ、いい質問だ。――ここは迷宮の最奥で、最強の門番が守っていた。そして、前情報として財宝がある、という。それなら、答えはひとつ、だろう?」
「だよなァ?」
並んで奥に歩きながらも、どうやら奥に広がってるらしい大部屋から、俺が間近に浮かべてるかなり強い白光を放つ<光球>に反射する煌めきがたくさん見えてて、さ。
「――うわっ……、すごい、すごーい、すごーい!!」
大部屋の入り口でハインと並んで立ち止まった俺たちの間から、ひょこっ、と首を突き出したレムネアが、それ以外の言葉を忘れちまったみたいに感嘆符全開で連呼し始めて。
「宝物庫、だな。なるほど、『人間が欲しがる財宝』の数々、だ。完璧な造形、比重の整った大量の白金貨に、見たこともない刀剣鎧の数々」
一応は感動してんのか、ハインの声が少し震えてた気がした。
「たぶん、魔法の刀剣鎧だぜ? 魔力がぷんぷん漂ってやがる」
それに、俺がもう少し驚きを加えてやっても、ちょいと眉を上げた程度で、顔色までは変わらねえか。さすが大組織のお頭、盗賊王ってやつかね?
「迷宮創造者の建造意図までは解らなかったが……、なるほど、これだけの財宝が隠されているとなれば、命を賭ける甲斐があった、というものだな」
「ですね」
「だねー!」
ハインが振り返ってエルガーとレムネアが同意したときに、ようやく、クソ莫迦な俺はその事実に気づいて。
そうだ。俺は人形だから、ヒドラと相打ちになってもぴんぴん動けてるけど。
エルガーやレムネア、ハインはただの人間だ。誰かが俺の身代わりをやってたら、死んでてもおかしくなかったんだ、ってことに。
いや、エルガーたちじゃなくたって、途中で巻き込んだムギリやエルフ姉妹だって、不老の精霊族っつったって不死じゃねェんだから。
「今更だが……、悪かった、オマエら」
「ほえ? どしたの急にコテツ姉……、うきゃっ?!」
きょとん、ってツラで俺を見上げて来るレムネアを乱暴に片腕で抱き寄せて、俺は言葉を続けて。
「俺が不死身なのと、迷宮舐めててピクニック程度の腹積もりで誘ってたわ。――オマエらは『死ぬ』し、『死んだら甦れない』んだよな」
そうなんだ。この世界がゲームと全く違う、って判ってる最大の理由。
――宇宙全体を管理する、ってとんでもねぇ権能を持ってる神族の神術ですら、この世界には『蘇生魔法』が存在しねェ。
死んだら、それっきり、なんだよな。
でも。
「……今更ー?! コテツ姉、ボクらのこと、舐めすぎだよー!?」
「まったく、姉さんは実はすごく鈍いんだ、ってことがよく判った旅だったよ」
すんげえ呆れ顔で俺の顔をまっすぐに見てる弟と、俺の腕の下から俺のことを苦笑して見上げてる妹が居て。
「ボクらは、死んでもコテツ姉についてくからね?」
「愛してるよ、姉さん。――いや、コテツ」
「あのなあ。……オマエら知ってんだろ? 俺は、人形だからな? 泣けねェんだ」
言葉も要らねえ間柄、なんて、前世で死に別れた両親と妹に、ほんとの兄弟と思ってた『施設』の仲間たち、だけだったんだぜ?
もう二度と手に入らねェって思ってたのにな?
相変わらず呆れた笑顔のまんま、無言で手を広げたエルガーの胸に、迷わず俺は飛び込んでたさ。
後ろから妹がそんな俺たちを押し倒す勢いで抱きついて来て、なんだかもう、なんっつーか、感無量、って感じに、俺たちの『初冒険』は終わったんだ。




