10話 セクハラされちまったんだぜ
「……これくらいなら、僕が直せるよ。コテツ、村長のところから針金を貰ってきて?」
「オォ? さすが出来る弟は違うな、ってか針金ェ? 俺が貰いに行くのかよォ?」
村に戻ったらレムネアが年長のガキどもに引っ張られて遊びに行っちまったんで、俺は家に戻る道をひとりで歩いてたらちょうど剣の鍛錬が終わって帰る途中だったらしいエルガーを見つけて、髪飾りを押し付けてみたんだが。
さすが出来る弟、出来る、っつーなら任せるだけだ。いや、これで帰って魔術書読む時間が出来たぜ。
別にサーティエの言うことには背いてねェし、サーティエは今日はレイメリアの世話で帰って来ねえから、家にゃアドンが居るだけで、アドンはそういうのうるさくないからなっ。
しかし、俺が、村長の家にィ? あの野郎、虫が好かねえんだけどなァ?
「……鉄製品は貴重だけど、コテツは村長のお気に入りだから。僕が貰いに行っても門前払いだよ、アドンの息子だからね」
「っかーっ、マジクソめんどくせェなあの野郎。――殺っちまうかァ?」
アドンと村長は昔、サーティエを取り合った仲らしいんだよなあ。
シンディほどじゃねェけど、サーティエは今でも美人だからなー、そういうことあっても不思議じゃねェけどさ。
しかしあの野郎、俺の身体にベタベタ触りやがって気持ち悪いんだよな。
エルガーの野郎がすくすく成長するもんだから、多少は俺も背丈くらいは合わせなきゃ、なんて思ってシンディの血を飲んだら。
――女の身体って8~10歳くらいから背丈じゃなくて、胸が膨らんで女らしい体つきになる、んだってよ?
成長の悪かった俺だからシンディほどじゃねェけど、お陰で胸や尻が男には間違われねえだろって程度には育っちまって、村のガキどもの目線が変わるし村長にも目を付けられたっぽいし、つーか先端が敏感になりすぎてサラシ巻かねえと耐えられねえし、ロクなもんじゃねえ。
まあ、このくらいの背丈――150センチ前後の女ってな地球にもそこそこ居たし、もうこれでいいか、と思ってそれから成長してねえけどな。
「……それは正義の行いじゃないな」
「冗談だっつの、マジに取んじゃねーよ。針金だな、ちゃちゃっと行ってくらァ。レムネアは?」
「川遊びじゃないかな? コテツと遊んで汗をかいたって言ってた」
「アァ? ああ、あれか。あの程度で汗かくなんてあいつも軟弱だよなァ」
「……コテツと普通を比べちゃだめだろう、僕でもコテツには敵わないんだから」
「アァン? ボケたかエルガー? 俺は剣術だって魔術だって、何をやったってオメエに勝ったことが一度もねェぞ?」
苦笑みたいに目を落として口の端だけ吊り上げるような笑い方しやがって、何寝言言ってやがんだコイツ?
弟のオメエに負けたくねェから、こちとら無い頭絞って魔術知識から剣術やら体捌きやら、なりふり構わず修行中なんだろうがよ?
そのくせ、俺が強くなったら軽々と頭越えて行きやがって、この生まれつきの天才児め。
エルガーが家で待ってるっつーんでそこで別れて村長宅に向かって。
なんか後ろから視線を感じたんで軽く振り返ったら、エルガーが俺のことをじーっと見つけてやがったんで、軽く手を振って追い払ったけど。
なんだアイツ? なんぞ悩み事でもあるのかね?
優しい姉貴――くどいようだが意識上は兄貴――の俺様がお悩み相談でもしてやるべきなのかね?
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「あれ、コテツ? 修理はー?」
「……あー、ちょっと話しかけんな。先に洗いてえからよ」
ぶっきらぼうにレムネアに答えておいて、俺はざぶざぶと川のそばに水を引いた水たまりの深みに向かって歩いて、思い切り頭まで水に浸かった。
……ああ、気持ち悪ィ。
そりゃ12年もこの身体と付き合っていい加減慣れたっつっても、体中をベタベタ撫で回される気持ち悪さが軽減されるわけじゃねぇからな。
あんな男でも村の経営についちゃ間違いはねェし、元はよそ者のサーティエや俺たちを受け入れて家までくれたって度量の大きいシャトー村の村長なんだ、多少のことは我慢してやるが。
胸や腰まで触られるとあっちゃ、俺の過敏性も相まって気持ち悪さが倍増だぜ、まったく。こんなことなら、家に入る前に感覚遮断しとくんだった、次からはそうするわ。
――針金渡したときのエルガーの様子もおかしかったな? アイツ、俺がこういう目に合うのを解ってたんだろうに、なんだあの歯切れの悪さ。愕然とした、みたいな顔しやがって。
あの好色一代男みたいな村長が、自分で言うのもなんだがシンディと似てて村の女衆の誰よりも美少女な俺を家に招き入れて触らずに済ませるわけねェじゃねーか?
アイツ、俺なんか比べ物にならねェくらいに頭いいんだから、それくらい俺に行かせる前に解ってたと思ってたんだけどなあ?
……つっても、地球で暴れ放題やって19で処刑されて、こっちで転生して人生やり直してる最中の俺よりはそりゃ幼いよな、まだ12歳なんだし。
――アイツがあんまりにもハイスペックすぎるんでつい忘れちまうけど、アイツにもアイツなりに悩み事あるのかもな? 姉貴として――ほんとのほんとにくどいが脳みそは男だ――、ちょっと話でも聞いてやっかな。
なんて水中で考え事してたら、すげえ泡食った顔のレムネアが飛び込んで来て。どうしたよ、クマでも出たか?
「ぶはぁっ! だっ、だいじょうぶコテツ!? 潜ったまま出て来ないから、溺れたのかと思っちゃったボク!!」
「……そんな長かったか?」
「うん、軽く五分くらい潜ってたと思う!!」
「……あー、そりゃ長いな。心配掛けて悪かった、ちゃんと身体拭いとけよ? 風邪引くぞ」
うっかりしてたな。俺は実は呼吸もしてない身体なんで、五分どころか何時間水中に居たって平気なんだが、余計な心配掛けるんでなるべく人間として振る舞うように気を付けてたのに。
そうか、俺のことを心配して飛び込んだのか。着衣水泳なんて体力のねェコイツにゃきついだろうに、無理させちまったな。
コイツ――、レムネアはアルビノのせいか、動きは速いけど致命的に体力がねェんだよな。体力っつか耐久力がないっつか。
筋力もねェからタケミカヅチに弓を習ってるっつっても短い弓しか引けないんで、森で猟をするにも極限まで近寄らなきゃ狩れもしないもんで隠密行動がすげえ上手くなった副産物があるみたいだが。
母親のレイメリアの方は元々は森の戦士だったんで鉄の弓を引けるってくらいの強い弓使いだったから、それに憧れて弓を習ってんだろうけどなー。
確かに、家に転がってた鉄弓は俺の力で引いてやっと、ってくらいだったからかなり強い弓兵だったんだろうけど。
俺の体格に合ってたら全部引けたんだろうけど、それ以前に俺、弓道やったことねェから的に当たらないだろうけどな。
――レムネアの俺を見る目が尊敬に変わったのって、もしかしてあのときか? あれからやたら纏わり付かれるようになった気がしないでもないし。
っつか、従兄弟が居るのは知ってても会ったのは先月が初だったらしいし……、その出会いが盗人騒動から、ってのは最悪の出会いだけど……、まあ、同い年の友人っつか兄妹みたいなもんが増えるのは俺も悪い気はしてねえから、いいか。
『施設』のあいつらも、生き延びてたら、もしかしたらこんなのんびりした時間が出来たのかもなあ。
俺はここに転生したけど、あいつらの魂はどこに行ったんだろうな。次の人生は、楽しく生きててくれよ?




