08話 親子喧嘩に立ち会ったんだぜ
「結論から言えば、今我らが作っているのは『虎徹の弱い戦闘力を補うための刀』だな。必要だろう?」
「俺の、戦闘力を?」
……差し向かいのテーブルで、なんか妙な沈黙の妖精が通過した気がした。
俺が感覚過敏だって気づいてくれたのか、今は鍛冶場に残ったアメノヒトツメだっけ、一つ目巨人のおっさんと別れて――、便利なもんだよな、空間接続を閉じて異空間、に分離しちまったらしい。
だから今は外見通りのログハウスの内部で、ぶっとい木を縦に割っただけ、っていう豪快な、でもきちんと水平になってるテーブルに、これまた木材だけで作った豪快な形状の椅子に座ってタケミカヅチと向かい合ってるところ、で。
「……で、なんでオメエはさも当たり前のようにタケミカヅチの隣に座ってんだ?」
「……?」
「きょろきょろしてんじゃねーよ、オマエだよオマエ! レムネア!!」
「えっ、ボク? えっ、えっ? だってここ、ボクの家だし?」
「はあぁ?」
相変わらず上半身裸のまんまで筋肉が眩しいタケミカヅチの隣で、当たり前のようにタケミカヅチの左腕にぶら下がるように腕を抱いているレムネアに指を突きつけたんだ、んだが。
「正確に言うと『タケミカヅチが壊して再建したボクたちの家』だけどね?」
「その節は済まなかった、としか言えんな。しかし、ご希望に添える出来の家だと思っているがね?」
「うんっ! すごく、すごーく満足! 母さんも喜んでたし!!」
「……仲睦まじいとこ悪ィが、ここがオメエの家だってのは判った。で、刀の説明を続けて貰っていいか?」
なんか一家団欒を俺が邪魔してるみたいで居心地が悪ィ、聞く事聞いてさっさと退散した方が良さそうだ。
話の後で、盗みを働いたコイツにはきっちり落とし前付けさせりゃいいんだし。
「『この先の旅路で必要になる装備』ということで、まずは攻防に使用出来る刀を最優先で、と聞いている。
それと、剣術を私が教えることになっている、のだが……、その様子だと『シンディから全く聞いていない』な?」
頭の上に疑問符をぐるぐる回してる俺の様子を見て、タケミカヅチが一言。
「つか、なんで俺が剣術を修行する流れ?」
「……そこからか。『大陸全土を共に旅するパートナー』と聞いているが?」
「パートナー? 初耳……、いや待てよ、『契約』のことか、もしかして?」
「契約が成った、と聞いている」
「確かに同意したことになんのかな? それで俺はこの世界に来た、んだけど」
「……契約の内容も説明省略したのではないか?」
「うん。聞いてないな、そういや。こっちに来た時点で用事が全部住んでる可能性も……、ないのね?」
頭痛がしてる、みたいな感じで顔をしかめて額を押さえたタケミカヅチの様子を見てだいたい理解。
「これは本当に長い話になりそうだな……。オモイカネは何を司る神か、知ってるかね?」
「いや? そうか、神ってことは何かを司ってんのか」
「そうだ。先程会ったアメノヒトツメは鍛冶の神、私は雷神で武神、つまり武術の神だ」
「そしてボクの弓術のお師匠さまー!」
「……まだ居たのか。食い殺すぞ?」
「ぴぃっ?! こっ、怖いよコテツ?!」
「馴れ馴れしく呼び捨てすんなっつの」
マジクソうぜえ。見た目だきゃ本気で美少女なんだけどな。でも出てなきゃならないはずの部分がそうでもないし、今の俺と同い年くらいか?
「なるほどなー、司る技能なあ。……あれ、じゃあシンディって何の神なんだ?」
「あれは最高神の一柱だな」
「最高神?」
「この星を含めた宇宙全体の管理を司る最高神のうちの一柱、だ。私やアメノヒトツメのような上位神や中位神を従える存在だな。ただし」
ひとつ言葉を切ったタケミカヅチが、いい加減邪魔だったのかどうか、腕にぶら下がりっぱなしだったレムネアを軽々と担ぎ上げて片膝の上に座らせて。
タケミカヅチの方はあんまし表情変えずにたまに微笑む程度だけど、喜色満面なレムネアの様子見てると、なんつーか、師匠と弟子っつーより親子みたいだよな?
「シンディ、と私達も呼んだ方が良さそうだな?
シンディの権能を全開で使用するとこの星には強力すぎるし、宇宙全体の管理を司っているため、最高神の更に上に居る創造神に強力な制限を掛けられていてな?」
「制限、っつーと、孫悟空の輪とかそんなんで?」
シンディの額にそんなもんはなかった、っつかそもそも最初に姿見たときだって全裸だったし、装飾品の類はせいぜい髪を束ねてる紐くらいだよなあ?
「孫悟空の輪とは面白い表現だ。あの神は別の宇宙に居て、ここには居ないがな」
軽く笑いながら、タケミカヅチは説明を続けた。
「最大の制限は『直接神力を使用出来ない』というものか。
我々、シンディより下位の神々は魔力の上位にある神力を直接使用して、人間の目から見れば様々な奇跡を起こすことが出来るが、シンディはそれが制限で出来ないので、あの手この手で制限を躱す必要が出てくる」
「んーと、魔術を使用したりとか?」
そういや魔術はそこそこ使ってるよな。
「自分や他人の血液を触媒にした触媒魔術もそうだな。それに、虎徹のその体――、<神器>の肉体を使用することもそうだ。
その身体は神界に在るシンディ本体の分身体だからな?
濃縮されている神力が下位神の我々の『仮の肉体』の数千倍以上ある上に、強度、感覚も桁違いだし、それに、神器の命令で我々を使役することすら可能だ」
「使役? っつーと、命令したりとか?」
「そうだ。同様に、我々もシンディの命令には逆らえない。あちらの方が神格が上だからな」
神格ってのは階級みたいなもんか? 脳筋だからなー、そういう小難しい日本語は苦手なんだよな。
「それで、最初の話に戻る。――シンディは知識の神、有り体に言えば『好奇心の神』だ。
そして、虎徹と共にやりたいことは『世界を人間のスケールで見聞したい』ということらしい」
「……もしかして、俺をパートナーに選んだのって?」
「だいたい予想通りだろう。人間の虎徹をパートナーに選び、自分の旅の仲間になって欲しい、ということではないかと」
「……解りづれえ!?」
黒髪をぐしゃぐしゃに掻き回して思い切り叫んだ俺に、正面から二対の同情の視線。タケミカヅチから同情されんのは判るけど、オマエは関係ねーだろうがよレムネア?
「それで、アメノヒトツメもシンディの要望を受けて<神刀>を作成中、というところだ。
少々製作が遅れているので、早くこの世界へ来すぎてしまった私も手伝っているのだがな」
「タケミカヅチさんの役割ってのは?」
「タケミカヅチでいい、神格で言えば虎徹は私よりも上だからな、敬称を付けられるのは違和感がある。
――私は虎徹に神刀の使用法を教え込む武術指南の役割だったが。少々時間を間違えて10年ほど前に来てしまってな」
「で、うっかりここにあったボクの家を落雷で破壊しちゃったから、それ以来一緒に住んでるんだいっ!」
ふふーん、なんてタケミカヅチの腹に抱かれて得意げな顔をしたレムネアに全力で殺気を飛ばしたら、途端に青褪めてテーブルの下にずり落ちた。
……なんっつーか、可愛いのは可愛いんだが、いちいち無性にムカつくのはなんでなんだか。反応が大げさなせいか、いじり倒したくなるっつーか。
「まあ、そういうことだ。ついでに、森で暮らすための弓術なども教えて暇を潰していた」
「盗みの技術も教えてんのか?」
何気なく発した一言だったが、それでタケミカヅチの雰囲気が一変したのが判った。
「……レムネア?」
「えっ、いやっ、だって、だって! すごい綺麗な服だったから、ボクも着てみたいな、って。後で返すつもりだったよ!?」
「どうだか。街で売り払うつもりだったんじゃねーのか?」
「そんなことしないよ! だって、街で売ったら盗賊団のみんなにバレちゃうし……、ってっ! 痛ぁい!!」
ぱぁん! なんて小気味良い音と同時に、レムネアの真っ白な頬にタケミカヅチの平手が炸裂して、その頬に鮮やかな赤い手形がくっきりと浮かび上がる。
生ぬるいよなあ、一撃で頚椎へし折るくらいの芸当はラクに出来るだろうに?
「まだやっていたのか、『盗賊』を。縁を切れと言っただろう?」
「……だって、母様の薬代とかいろいろ掛かるし、ボクらはタケミカヅチたちと違って人間だから食べなきゃ飢えるし、森で獲物を獲っても薬代を稼ぎ出すまでは程遠いし……」
頬を押さえて言い訳してる間にもみるみるうちに真紅の瞳に涙が溜まってくのが見えて、それはすぐに頬を伝って零れ落ちて。
「タケミカヅチのバカぁっ!」
「……」
「追わないでいいのか?」
定番の捨て台詞を残して飛び出してったレムネアの後ろ姿を見やりつつ、タケミカヅチに声を掛けてみたけど。
「人間に過度の干渉をすることを禁じられていてな。
病気の母親を癒やすことも出来ないし、レムネアの生活を助けることも出来ない。
まあ、そもそも私は戦うだけの神、人を慈しみ癒やすなど専門外だがね」
「神様なのに制約だらけでなんか不思議だよなあ。俺、神様って全知全能なのかと思ってた」
なんか、目の前に居るタケミカヅチってどうしたらいいか解らない親父、みたいな雰囲気全開なんだよなあ? こっちに来て10年、つったから、俺の二年後輩か。
「えーっと? 俺の命令を聞かなきゃいけない、んだっけ?」
「ん? うむ、基本的にはそうだ。神格が下だからな」
「そうか。じゃ、命令するわ。……辛気臭ェ顔晒してねェでとっとと迎えに行って来い!
制約なんざクソ食らえだ、鬱陶しいんだよ!!」
命令の効果なのかね? 弾かれたようにタケミカヅチが立ち上がって、扉の方に駆け出したんで、その背中に追加で一言。
「それと。木剣でいいから俺にも剣技教えてくれ、弟たちを見返したいんでな?」
「了解した!」
声が俺の耳に届くかどうかってレベルの速さで、全力でタケミカヅチはレムネアの後を追って駆け出してった。




