一本場24
「ということは、今回のトップは中野くんですね。及川さんは百点差で二着です」
彩葉が点数を記した紙を卓上に置いた。七海は明らかに口惜しい表情を浮かべている。しかし今回は雀荘の時のように打ち負けてはいない。少なくとも互角に闘えていたはずだ。
「最後、テンパイを目指していれば逆転されなかったですけど、それで打ち込むという事態だけは避けたかったんです。もし五八○○を振り込んでしまえばラス落ちでしたし……」
「そうですね、インターハイにはウマがありますから、二着を守り切るのも大事ですね」
彩葉はそう言いながら微笑んだ。
「じゃあ、俺はこれで帰って好いかな。用事があるんだよ」
「ええ、今日はありがとうございました。よろしければまたいらして下さい」
彩葉は中野にも微笑み、鞄を持ってさっさと部屋を出て行く中野を入口まで見送りに行った。
中野を見送り、戻って来た彩葉は先ほどまで中野が座っていた席に腰を下ろした。
「及川さん、中野くんて面白い人ですね。あなたとはまた違うタイプの打ち手です」
「はい……でも、打ち負けてるわけじゃないと思うんです。少なくともこのルールなら」
「そうですね……でも及川さん、この点数表を見て何かに気付きませんか?」
「え?」
七海は彩葉にそう言われ、無機質な数字が並ぶその紙面を見た。他の二人も同じように紙面を覗き込む。
「気付く、って言われても……」
東一局からのスコアが並んでいるだけである。
「……分かった」
不意に声を上げたのは沙夜であった。
「名古さんは気付きましたね。好いですか、好く見て下さい。中野くんの点数を……」
彩葉にそう言われ、七海は中野の点数を東一局から追った。
「……あっ!」
気付いた七海は、目を見開いて大きな声を上げた。
「気付きましたか?そう、中野くんは一回も和了っていないんです。和了っていないのにトップなんです」
七海は絶句した。言われてみれば確かに中野が和了った記憶はない。テンパイ料だけでトップを取っているのである。
「中野くんは最初からずっと流れが悪かったんです。ストレートに打って余り牌で打ち込んだり、相手の当たり牌が手に固まってしまったり、それどころかろくな配牌が来なかったり……それでもそれなりの打ち方で周りを巧く押さえていました。これは並の打ち手に出来ることではありません」
七海は唖然とした。麻雀を始めて永いことなるが、こんなタイプの打ち手は初めて見る。インタージュニアではまず見られないタイプであろう。
彩葉に指摘され、七海は急激に感情が沸き上がって来た。闘えていたと思っていたが、これでは最早点数だけの負けでは済まされない。
「う……」
思わず泣き出しそうになってしまうのを何とか堪え、七海は卓に手を突いて立ち上がった。
「部長、中野くんを絶対に入部させたいと思います。皆さんも協力して下さい」
「ええもちろん。私も彼に興味が出て来ました。絶対に入部してもらいましょう」
彩葉は妖しい笑みを浮かべた。
「そろそろ下校時刻ですね、急いで片付けましょう」
部室に射し込む夕日が、もうすぐ峰の向こうに消えようとしていた。




