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異世界と神風の指揮者《ディリジオール》  作者: 神嵜将太郎
第二章
12/13

グリンズ

 アグレゲート王国末端都市の一つグリンズ。人口110万人でほとんど特徴らしい特徴もないビダーヤの隣街だ。


 有名な迷宮(ダンジョン)があるビダーヤを目指して旅する冒険者がこの都市を経由することが多々あるため、これといった特徴がなくとも多少の人口はあり、互いを繋ぐ道は他の物よりも比較的整備されている。また、それなりの通行量もあるので道中に出現する魔物や害獣の類いは非常に少なくなっており、基本的にそれらに遭遇することで被害を被ることはない。


 しかしそれでも全く魔物や害獣が出現しないわけではないので、隣街へ至る3週間程度の道程と言えども危険はあり、護衛の依頼は事欠かない。


 昴達2人も同様に商人の護衛を引き受け、道中に何体かの弱い魔物に遭遇し対処しながらも特に危険も問題もなく、グリンズに到着したのだった。


× × ×


 ビダーヤ程ではないまでも背の高い外壁に囲まれた都市グリンズ。背後に‘‘魔の森’’という文字通り魔物の巣窟を抱えるビダーヤとは異なり対魔物というよりは対人の目的で建てられているため、高いといっても数メートル以内には収まっている。


 しかしグリンズの南方、ちょうどアグレゲート王国の国境には比較的高いグリンズの外壁を鼻で笑うほどの壮大な防壁が聳え立っている。


 グリンズの外壁の1.5倍もの高さを誇るこの防壁をもつのは、アグレゲート王国と隣接する三大大国の一つレリジオ聖教国である。


 大陸で三指に入る大国であるが故にそれ相応の広大な土地を所有しているにも関わらずその周囲のほぼ全てをこの防壁で囲んでいるのだ。この防壁の用途は魔物の侵入を防ぐためのものでもあるが、この国がこれを建設した目的は他でもない対人目的である。


 先述の通り、グリンズの外壁で対人用の高さは充分なのだが、これは防御面(・・・)での話である。


 防御面ではなく、攻撃面でこの防壁について考えれば簡単に理解できるだろうが、この時代の遠距離攻撃手段の中心である弓矢で――魔法を使える人口はそこまで多くはない――高所から他国を狙い打つためにあるのだ。つまり、この大国レリジオ聖教国というのは非常に排他的な国であり、いつでも虎視眈々と隣国を狙っているということに他ならない。


 この国が排他的ということもあって、アグレゲート王国とレリジオ聖教国は隣国であり、それも目と鼻の先と表現できる距離に位置しながらも一切貿易を行っていない。レリジオ聖教国に出入りすること自体は一応可能ではあるものの国への申請もかなり手間がかかり、入国することで何か利益があるわけでもないため、出入国する人数は年間に5人もいれば多い方である。


 加えて、この国は入国しても歓迎はされない。一部の国民を除いて嫌な顔を隠そうともせずに雑な対応をされるのは当たり前だがましな方で、基本は何かを投げつけられたり掛けられたり適当な因縁をつけて襲われたりなどされる。また場所によると命すら危険に晒され、帰国できるかどうか微妙なところである。


 何故こんなにも排他的で攻撃的な国家なのか。


 それは、この国の法によるところが大きい。というのも、レリジオ聖教国は法によってリユ教の信仰のみを許可しており、寧ろリユ教を信仰しない人間は反国民として処罰される。これは他宗教を信仰することを禁ずるのみではなく、無宗教すら禁ずるものなのだ。


 これが良いか悪いかはレリジオ聖教国の内情がほとんど伝わっていないために判断はつかないが、リユ教で祀られる神以外の神を認めないだけならまだしも、武力によって他国を従えた上でそれを強要するという性質の原因となっている以上、他国にとっては間違いなく悪い。


 何はともあれ、そんな理由があってアグレゲート王国とレリジオ聖教国家の間に繋がりは全くないわけではないとはいえ殆どないに等しいため、グリンズにはあまり関係がない。


 と言うことで昴達はグリンズにやって来た。


 日本式での現在時刻午前7時30分。


 季節による変化が少ないことからも察することが出来る通り、この辺りは一年を通して日の出・日の入りの時間に大きな差はなく、日の出が午前5時頃、日の入りが午後7時頃と大体決まっている。


 既に太陽はかなり高くまで昇っており、気温も上がり始めている。


「はぁ~、やっとついたなぁ」

「おつかれ」

「あっ、お疲れ様です」

「3週間ありがとう おかげで無事にグリンズに着けたよ。依頼の達成報告はギルドに出しておくから、後で報酬を受け取りにいってくれ」

「はい、わかりました」

「じゃあ、また会うことがあったらよろしく。フェアちゃんもじゃあな」

「うん、じゃあね~」


 3週間という短いような長いような旅を共にした護衛対象の商人が商品を載せた馬車を街の奥へと進めていく。特別仲が良くなったわけでもなかったが、何とも呆気ない。まぁ、こんなものか。


「スバル、これからどうする?」

「ん~、とりあえずギルドに報酬を受け取りにいこうか」

「わかった」


 グリンズは人口が少なく人通りは前の街のビダーヤ程活気はないが、比較的広い幅――馬車が2台通るのには充分な幅――のある道の両端にはそれなりに店が並んでおり、また屋台もでていて、何処からともなく食欲を誘う香りが漂ってくる。


「スバル」

「ん?」

「お腹空いた」

「そう言えば朝ご飯まだだったな。どっかの屋台で食べ物でも買おうか」

「じゃあ、あれにしよう」


 そう言ってフェアが指差した店はこの道に漂う香りの中でも特に涎の出てくる香りを放っている、串焼きの屋台だった。


「へい、らっしゃい!」


 威勢の良い声で出迎えてくれたのは、指の間に水掻きが付き、背鰭のようなものと尖った耳を持った所謂魚人の男だ。


「串焼きを4本ください」

「4本だな ちょっと待ってろ」


 注文を受けた男は手際よく肉を返していき、充分に火が通ればこの店秘伝のタレに漬け込み、それを差し出してくる。


「4本で2シルバーだな」

「銀貨2枚ですか……結構しますね」


 銀貨1枚が日本円にして約1000円。つまり、串焼き1本が500円もするのだ。それなりに高い。


「はい、お金です」

「ちょうどだな。毎度あり!」

「スバル、早くちょうだい! 早く!」

「そんなに急かさなくても、わかってるって……はい」


 昴を急かして買ったばかりの串焼きを受けとるフェア。もうこれ以上辛抱できない、とばかりに焼きたての肉にかぶり付く。


「ん~~!」


 途端に笑顔になって夢中で食べ始めるその姿を見て、昴も串焼きを頬張る。


 酪農もないこの時代の肉にしては柔らかい肉は、噛んだ途端に肉汁が口の中に溢れだす。食べごたえも十分で、良い値段がするのも納得のものだ。


「おいしかったな」

「そうだね。また食べよう」

「また、今度ね。じゃあ、行こうか」


 朝から肉を食べて腹拵えを済ませ再び冒険者ギルドへと足を進める一行。


 入ってきた東門から徒歩15分ほど掛けて到着した冒険者ギルドはかなり小さく、廃れたものだった。


 辺境にありながら比較的大きい都市であるグリンズには似合わぬ小規模なギルドとなっているのは至極簡単な理由で、南方はレリジオ聖教国があり、残りの東西北もビダーヤとの関係によって通行量が多いために魔物の数も非常に少ないため、わざわざ依頼を出す必要性がなく、結果としてギルドの存在意義がほとんどないのだ。


 それでも護衛依頼だけは切らすことはないし、魔物討伐以外にも細々(こまごま)とした依頼も出されるには出されるので、一応ではあるが存在している。


 そんな理由があって規模としては小さいギルド建物内に足を踏み入れた昴達は、ひとまず護衛の報酬を受け取った後、依頼に目ぼしい物が無いことを確認してすぐに外へ出た。その瞬間。


「⁉」


 凄まじい白光で視界が埋め尽くされる。


 しかし、次の瞬間には元々無かったかのように、あれだけの強烈な光だったにも関わらず目にも一切影響を残さず、消え去った。


「フェア、今のは……?」

「……わからない」


 前触れもなく突然の放たれた白光の影響は身体だけでなく、昴達を除く全ての人々の行動にも残っていないようで、誰も気にした様子はない。もしかしたらこの現象について聞いたことがなかっただけで、ここに住む人間にとっては日常茶飯事の細事なのかもしれないと思い、住民らしき近くの男に聞くと。


「光だぁ~? そんなんしらねぇよ こっちは忙しいんだ なんかの勧誘とかなら他所でやってくれ」

「光……ですか? すみませんが、見覚えがありません」

「ぴかーん、なんてなってないよ?」


 誰に聞いても知らないの一点張りで、特に意味があるとも思えない口裏合わせを住民全員がしているわけでもないかぎり、一人も白光に気づいた人は居なかった。


 結局手掛かりは皆無で、体に異常をきたしたわけでもない白光についてこれ以上の追求を続けることは諦め、不思議だとは思いながらも特に気を止めることもない昴達であった。

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