第一話 デパ地下 × 小説
ぶくぶく……。
ごぽ……ごぽ……。
150話書いたのに、一日16PV。
私はいま、水の中で静かに目を閉じている。
ぶくぶく……。
ごぼ……。
何も自殺しようというわけではない。
私が書いた小説が、一日16PVだっただけだ。
いや。
今はそれを忘れよう。
ぶくぶく……。
ごぽごぽ……。
水の中で、今日の夕飯について考える。
肉か。
魚か。
昨日は何を食べたっけ。
二十五メートル泳いで、壁を蹴る。
サウナのあと、水風呂の代わりにプールで泳ぐようになって何年になるだろう。
理由は特にない。
もう一度、壁を蹴る。
16PV。
いかん。
忘れよう。
まあ、魚でいいか。
泳ぎ終えて、プールから上がる。
髪はまだ半分濡れている。
ロッカーで服を着て、スマホを見る。
16PV。
…………。
まあいい。
今日の夕飯を探しに、高島屋へ向かう。
*
小田急サザンテラスを抜け、高島屋へ向かう。
もうすぐハロウィンか。
ここはいつ通っても季節感がある。
新宿駅の線路をまたぐ陸橋を渡る。
下にはいくつものホームが見える。
乗り換えに急ぐ人や、どこかへ向かう人。
別れを悲しむ人もいるのかもしれない。
もちろん、そんなものは見えない。
米粒大の人が見えるだけだ。
高島屋に入り、エスカレーターで地下へ向かう。
今日は何があるのか。
一番胸が高鳴る時間だ。
世間ではここをデパ地下と呼ぶらしいが、私からしたらサウナとプールから最寄りのスーパーである。
髪はまだ半分濡れている。
他の人は、
――雨でも降ったのかな?
くらい思うだろうか。
初めの頃は気にしていた。
今はもう気にしていない。
新宿で他人の髪が濡れている理由を考えている人間など、たぶんいない。
そんなことを知らないほど若くもない。
さて。
本日はどんなものがあるか。
その実力を見せてもらおう。
鮮魚売り場へ向かう。
ふーん。
なるほど。
そうだった。
今日は水曜日だ。
露骨に丸の魚が少ない。
水曜は市場が休みである。
ただ、高島屋は貝が充実している。
生かされたまま売られているものも多い。
水曜日?
貝には関係ない。
今日も元気そうだ。
あー、しかし。
高島屋のタラの切り身。
スーパーとは比較にならないほど美しい。
見ているだけで美味しい。
そう。
もう美味しいのだ。
買っていないのに美味しい。
不思議なものである。
一通り見終わった。
スマホを見る。
16PV。
…………。
増えていない。
まあ、まだ高島屋しか見ていない。
ISETANに行こう。
*
高島屋からISETANへは、地下をそのまま新宿三丁目方面へ歩けばいい。
冬は暖かく、夏は涼しい。
信号もない。
とてもいい散歩コースである。
仕事をしている人を見ると、急に現実へ引き戻されてしまうんだよね。
スーツ姿で急いでいる人。
電話をしながら歩いている人。
パソコンの入った鞄を持っている人。
せっかく夕飯のことを考えていたのに。
ISETANに着く。
今日も地下は混んでいる。
菓子売り場には行列ができている。
手土産だろうか。
そうそう。
ここのどら焼きは美味い。
美味いが、あの列に並んでまで買う気はない。
デパ地下スイーツには目もくれず、奥へ進む。
生ハムの原木が見えた。
鮮魚売り場はもうすぐだ。
私の知る限り、ここは日本で一番高いスーパーである。
もちろんISETANはスーパーではない。
だが私が食料品を買いに来ている以上、スーパーでいい。
白エビ。
一万二千円。
…………。
少なっ。
寿司も見る。
五千円。
…………。
店で食った方がいいのでは?
毎回そう思う。
そして我が癒やしの鮮魚たち。
いるいる。
水曜日だというのに、さすがに丸の魚が多い。
アマダイ、一尾六千円。
六千円か。
よし。
今度釣ってこよう。
隣はイサキ。
三千円。
今年はイサキが高い。
しかし三千円か。
……いや。
太いな。
素晴らしいメタボっぷりだ。
これは美味いだろう。
ぜひ釣りたい。
一匹ずつ魚を眺めていく。
ふーむ。
なるほど。
今日はこういう感じか。
スマホを見る。
16PV。
…………。
一時間近く経ったのだが。
いや。
気にするのはやめよう。
ISETANを出る。
*
ただ、ここの惣菜売り場は素通りできない。
食べ物として考えれば高い。
高すぎる。
だが、この盛り付け。
これを作品として見るのなら、その価値はある。
ショーケースの中にてんこ盛りにされた惣菜たち。
大多数は大して美味しくないのに、見た目だけはものすごく美味しい惣菜たちが私を歓迎してくれる。
この照りはどうやってつけているのだろう。
むしろライティング?
ふーむ。
面白い。
そして。
終わってしまった。
マダムたちが群がるISETANの地下を抜けると、また現実世界である。
皆、足取り早く新宿駅を歩いている。
新宿駅は川である。
流れに乗って歩けばいい。
岩になってはいけない。
スマホを見ながら歩いてくるやつには、スマホを見ながら歩いてくるやつが当たる。
目には目を。
スマホにはスマホだ。
そんなことを考えながら歩いていると、小田急ハルクへ向かう分岐まで来た。
帰るか。
スマホを見る。
16PV。
…………。
小田急ハルクも見ていこう。
別にPVを待っているわけではない。
肉を見るだけだ。
あそこはイベリコ豚などがいい。
それに、ここからなら大した距離でもない。
ハルクへ向かう。
歩きながら考える。
ここまで高島屋とISETANを回った。
小田急を見ている間に、十くらい増えるかもしれない。
あはははは。
…………。
行こう。
*
小田急ハルクへ着く。
肉はここで買うのがいい。
イベリコ豚などがおすすめだ。
ただ、京王で買うと一パックあたりの量が増えて、百グラムあたりは京王の方が安くなる。
迷うな。
そして。
ここではあまり魚を見てはいけない。
高島屋、ISETANと見てきたあとにここの値段を見ると、釣り人を現実に引き戻す。
俺の釣った魚、こんな安いの?
精神的に良くない。
次回のモチベーションにも悪い。
肉を見る。
魚は少しだけ見る。
一周する。
スマホを見る。
16PV。
…………。
さあ帰るか。
いや。
待てよ。
京王百貨店も寄って帰るか。
どうせ目と鼻の先だ。
*
そして私はまた新宿地下街に消える。
行く時は「目と鼻の先」と言う。
歩きながら「結構離れてる」と言う。
ただ、これは分かっていないわけではない。
奮い立たせただけだ。
初動さえ乗り切れば、大抵のことは乗り切れる。
京王の地下食品街へ着く。
私は鮮魚を見られればいい。
なるほど……。
今日はこういう感じか。
ちなみにここで、私は毎回思うことがある。
一枚でも二枚でもいーのよ。
組み合わせは好きにしていーのよ。
この文言で反応できた人は、新宿京王デパ地下住人であろう。
この声を聞きたくて、ここまで来た節もあるくらいだ。
ふむ。
PAULのクロワッサン・オ・ザマンド。
昔よく食べていたな。
いかん。
パンはデザートだ。
その前に今日のおかずを決めなくては。
そうだった。
うちの冷蔵庫に、先週釣ったカンパチがいる。
魚はいいや。
今日も充実した見回りだった。
帰ろう。
京王を出る前に、スマホを見る。
17PV。
…………。
増えた。
一。
高島屋。
ISETAN。
小田急。
京王。
一。
…………。
まあいい。
読んでくれた人がいる。
それでいい。
*
十五分ほど歩いて家に着く。
今日はよく歩いた。
歩数を見る。
八千歩。
悪くない。
冷蔵庫を開ける。
カンパチがいる。
そうだった。
今日の夕飯はこれでいい。
カンパチを取り出す。
…………。
見る。
…………。
今日は違うな。
カンパチを冷蔵庫へ戻す。
玄関へ行く。
鍵を持つ。
また家を出る。
まいばすけっとへ向かう。
歩きながらスマホを見る。
17PV。
大丈夫だ。
最近、AIを作っている偉い人たちが、AIは人類にとって危険だと言っている。
アンソロピックだったか。
パラリンピックだったか。
どちらでもいい。
とにかく危険らしい。
もう少しの辛抱である。
AIが世界を滅ぼしてしまえば、17PVも17万PVも同じだ。
読者がいないのではない。
読者という概念そのものがなくなる。
そう思えば、少し気が楽になる。
あと少し。
あと少しの辛抱だ。
明日の朝には、もうみんな――
スマホを見る。
18PV。
…………。
増えた。
私はスマホをポケットにしまう。
帰ったら続きを書こう。
その前に。
今日の夕飯、何にしよう。




