23.
まだ状況が完全に飲み込めた訳ではないが、非常事態であることには変わりない。愛香の他の家族を知らない僕は、勝手にそうされた訳ではあるが、夫として行くべきだろう。それに、鎌谷もここまで気を回してくれている、断る筋合いはない。
異変を察知したらしい「みい」は、渡り廊下を歩いた先、母屋側のドアの目の前にちょこんと座っていた。言葉が通じるか分からないが、僕は彼女に話しかけた。
「みい、君のご主人様が倒れたんだ。様子を見に行こう」
「にゃお?」
彼女は僕たちにも気を許すようになっていた、彼女を優しく抱き上げると、先回りして鎌谷が用意してくれていたケージに入れた。珍しく「みい」は暴れなかった。これもよく言われる「動物の勘」というものなのだろうか。
僕たちは上着を着込み、最低限の荷物とケージだけを持って家を飛び出した。僕の自転車の方が、前カゴが大きかったので、そこにケージを入れ、通い慣れた、しかし今は少しその景色が違って見える道を通って、軽井沢駅へ。
バス乗り場には一台もいなかったが、鎌谷が言う通り、しなの鉄道も新幹線もまだ動いていた。小諸に新幹線は止まらないので、しなの鉄道の駅に入る。
「お客さん、乗られますか?」
「乗ります!」
僕はいつも、実家に帰るときは新幹線だが、彼はしなの鉄道に乗り慣れているのだろう、有人改札前で小諸駅までの回数券を二枚、財布から出し、改札でそれを見せ、さらに手回り品の料金を払って中に入る。車両が一編成、ホームに停まっていた。
「これ?」
「これしかないよ、ここ始発駅だもん」
僕たちが乗り込むと、扉はまもなく閉まった。どうやら発車間近の電車だったようだ。
「はー、間に合った」
「終電?」
「長野行きはね。小諸行きはまだあるけど、本数少ないし。そだ、兄貴に連絡しないと」
時間帯が時間帯だ、東京と違って、車内は空席が目立つ。ケージの中の「みい」を覗いてみると、こちらを一瞥した後、目を閉じてしまった。
電車は二十分ほどで小諸駅に着いた。僕はここには来たことがない、健人に着いていくと、駐車場に辿り着いた。一人の小柄な男が、車の運転席側にもたれ掛かって煙草を吸っていた。彼が健人の兄らしい。
「兄貴! ごめんね、もう十時近いのに」
「いいっての。行ってきな、大事な上司なんでしょ。僕はタクシーで帰るから」
彼は健人に、車の鍵を投げた。緩くカーブを描いたそれは、健人が華麗にキャッチした。
「おう。あ、この車、急ぎ使う予定ある? ちょっと大阪まで行っちゃうけど」
「いや、特に。自転車で何とかなるからいいよ。大阪なら時間かかるでしょ、安全運転でね。あ、高速乗るでしょ、ETC入れとくよ」
「よろしくー」
彼は財布から出したETCカードをセットし、またな、と言って離れていった。
「君、運転免許持ってるの」
「もちのろん。前半はオレが運転するから、お前、後ろでみいちゃんと一緒に座ってなよ。みい、ケージから出していいから」
「ん」
後部座席に乗り込み、シートベルトをしてからケージを開けると、警戒しながらも「みい」が出てきた。鎌谷は運転席に座り、エンジンをかける。ナビに病院の住所を入力し、発進。駐車料金、後で請求するか、と言いながら、コインを出入り口の機械に投入し、街に出た。
「ラジオかけていい?」
「どうぞ」
「みい」は僕の太ももの上に乗り、うとうととしている。鎌谷は赤信号でナビを操作し、深夜放送をかけ始めた。




