【第25話】おじいちゃんの残酷な真実と、私の顎キック! そしておばあちゃんズの襲来
ネーレウスおじいちゃんが、グリグリが赤ちゃんが喜ぶのだと力説していると、娘であるアムピトリーテーお母さんが、呆れ顔で口を開いた。
「あのー、お父様。今まで、お父様が悲しむと思って言いませんでしたけど、そのグリグリですね。実は、赤ん坊ながら、私、すごく嫌だったんですよね」
「お父様があまりにも楽しそうにグリグリとしてくるものでしたから、娘ながら、気を使って喜んでる風にしてましたのよ。よく見てください。オクタビアも、お父様に気を使って、笑ってあげてるのがわかりませんか?」
『え!? お母さん! それは言い過ぎだし、おじいちゃん少し涙目になってるよー!』
『いいよ! いいよ! おじいちゃん! グリグリ継続して!』
私は慌てて、自らぽんぽんのお腹を差し出した。
「そ、そうなのか? オクタビア?」
数万年越しの残酷な真実に石化したように固まり、おじいちゃんが悲しそうな目で私の目を見てくる。
私は気不味さのあまり、お腹を差し出したまま、サッと目を逸らすことしかできなかった。
『あー! お母さんって、結構野暮かも!』
だが、次の瞬間、リーンが一歩前に出た。
主君であるアムピトリーテーに直接意見するなど、本来なら絶対に許されない不敬である。しかし、オクタビアへの異常なまでの愛情が、彼女の身分の壁を容易く越えさせたのだ。
「恐れながら申し上げます。アムピトリーテー様に反論することになりますが、オクタビア様は、グリグリグリも大好きですよ」
「あと、頭かみかみと、御手々かみかみも、大好きであられます。オクタビア様美味しいです」
真剣な表情で、ライカも慌てて付け加える。
乳母三人揃って、「うんうん」と大きく頷いている。
その自信に満ちた姿に、アムピトリーテーお母さんは少しだけバツが悪そうに頬を掻き、すぐにパッと明るい笑顔を浮かべた。
「あら! そうなのね。私にはオクタビアが、無理して付き合ってあげてるように、見えたのよ。でも、乳母のあなた達が言うなら、私の方が間違ってたのかもね。お父様のグリグリが、トラウマだったから、ついね。いいわいいわ、逆にありがとう! これからは、ほっぺだけじゃなく、お腹グリグリも、しないとね!」
愛娘に「トラウマ」と言われてしまったネーレウスおじいちゃんは、自慢のナマズ髭がどこか寂しそうに、しゅんと力なく垂れ下がっていた。
『あっ! いけない、いけない。これはケアが必要だ!』
私はおじいちゃんに向かい、お腹を差し出して「キャキャ」と笑った。
『お腹を差し出す赤ちゃん。なんとシュールな光景だろう。でも、半泣きおじいちゃんがあまりにもかわいそうだったので、大サービスだ!』
『ところで。こら! お母さーん。納得しなーい! もっと自分の直感信じて! それと、まずほっぺ吸い付きが好きって前提がまちがってるよー! おーい!』
『そして、そこー! 三人! 見解間違ってるぞー! それ自分達のほっぺた吸い付き欲求抜いて説明してるよねー!』
勝手な解釈でまとまりつつある大人たちに、私は心の中で必死にツッコミを入れる。しかし、言葉の通じない赤ちゃんの悲しさで、彼女たちに私の真意が伝わるはずもない。
だが、キラキラとした瞳で私を見つめ、愛情を爆発させている彼女たちの顔を見ていると、次第にツッコミの勢いも弱まっていった。
『しかし憎めないんだよねー! あの三人のこと。私すっかり、あの三人のこと可愛くてしょうがなくなってるのよねー! あー、もういいわ、あきらめよう。好きに解釈してちょうだい!』
なんだかんだ言いながらも、結局私はこの優しくて過保護な家族たちに絆されているのだ。
『あんなに愛されて、嫌な気がするわけないもんね!』
痛みを伴う愛情表現ですら、今ではすっかり温かくて心地よいものに変わっていた。私は呆れながらも、満面の笑みで彼女たちの深い愛情を受け入れるのだった。
ネーレウスおじいちゃんも、乳母達の言葉と笑う私の姿に元気が出たのか、遠慮なくグリグリグリとまた始めてしまう。
しかし、愛の女神ならぬ愛想笑いの女神の私は、そこに確かな愛情を感じつつも――
『おじいちゃん! ちょ! ちょ! 調子乗りすぎー!』
私はおじいちゃんの顎目掛けて、全力で蹴り上げるのだった。見事にクリーンヒットである。
『全然効いてなーい! そりゃお母さんも、トラウマにもなるわ! しつこーい!』
私の渾身の一撃すら「元気な赤ちゃんだねぇ」とでも言いたげな笑顔で受け流すおじいちゃん。その底なしの健気さと図太さに、私は戦慄するしかなかった。
「ネーレウス! 少し長いんじゃない? あなた! そろそろ私たちにも、抱っこさせてちょうだい!」
息も絶え絶えの私の目に、ニッコニコの笑顔で両手を差し出すおばあちゃんコンビの姿が映った。慈悲のかけらもなく、絶対に逃がさないという、底知れぬ愛情の圧を感じる……。
愛とは時に人を傷つけるものなんだと、この時私は身をもって知ったのだった。
なんてふざけたことを考えているけれど、現実の肉体はそれどころではない。
『実際、私の赤ちゃんの体、もう限界なんだけどー! もう、泣こうかしら! そうだ、泣こう! こりゃ死ぬわ!』




