【第24話】私、飲み込まれるの!? ~宇宙の真理より孫が大事な限界おじいちゃんズ~
「ポセイドン! もういいだろう! 私はもう、待ちきれんわい!」
「はよ、どれ、オクタビアをこの腕に」
クロノスおじいちゃんが、前のめりになってわきわきと両手を差し出してくる。
お父さんは「ちっ!」と小さく舌打ちをしながらも、渋々といった様子で口を開いた。
「父上! 本当に気をつけてくださいね。オクタビアのあまりの可愛さに、衝動的に飲み込んだりしないでくださいよ。……あの時みたいに」
『飲み込む!? なにそれ、私、飲み込まれるのかもしれないの!? さっきまでよだれ垂らしてたし、めっちゃ怖いんだけど!』
前世の記憶にはない、神話特有のブラックすぎるエピソードに、私は顔を青ざめさせた。
「バカ息子! お前は、何万年前の事をまだ根に持っておるのか! ガハハハ!」
「あれは気の迷いだ。最終的にはちゃんと吐き出したんだから、もう良いではないか。ガハハ! まあ、心配するでない。さぁ、愛しい孫をこちらへ」
全く笑えない冗談(いや、神話の事実なのだろうが)を豪快に笑い飛ばすクロノスおじいちゃんに、お父さんは「はぁ……」と深いため息をひとつ吐いた。そして慎重な手つきで、私をクロノスおじいちゃんへと渡す。
流石に何人も子供を育てた(そして飲み込んだ)神だけあって、慣れた手つきで私をふわりと抱っこする。すると、クロノスおじいちゃんの顔から、先ほどまでのよだれを垂らした限界おじいちゃんの空気がスッと消え去った。
クロノスおじいちゃんは、私の黄金の瞳をじっと真剣な表情で見つめ込んできた。何か、私の魂の奥底にある深い真理を確かめるように。
そして、厳かに口を開いた。
「……オクトパシュ。間違いない。オクトパシュ、だ」
そう言って、深く大きく頷く。
『……今、オクトパシュって言った? 噛んだ? それともダジャレかなんか?』
神々しい空気が流れる中、私は内心で盛大にずっこけた。
「そうなんですよ。やはり、わかりますか。そうなんですよ、父上」
お父さんは顎に手を当て、何か深い真理に辿り着こうとするかのように真剣な眼差しを向ける。
「オクタビアは、八つの概念を作られた私たちの創造の神『始祖オクトパ種』であられる、オクトパ神の欠片のひとつ。愛の概念、つまりエロスの神の生まれ変わりの可能性があるんです」
「まあ、父上たちの親が概念そのものを指すのなら、正確にはオクタビアも概念を内包して生まれたというのが、正解なのかもしれませんな」
「まあ、それにちなんで、オクタビアという名前にしたんですけどね」
「そうか、そうか。しかし、なんとめんこい子ではないか。愛の女神か……概念そのものはもちろんあるが、それを司る女神は、今はおらなんだ。ちょうどよかったではないか。のう、姉上」
宇宙の真理という壮大な話をしながらも、クロノスおじいちゃんは私の柔らかいほっぺを優しく撫で、ただただ孫にデレデレの好々爺の顔になっている。
その言葉に、レアおばあちゃんが、やれやれと小さくため息をついて答えた。
「そうですね。今、海以外……つまり大地は争い事で、人間達も荒廃しきっていますね」
大地の女神である彼女の瞳には、地上の惨状を憂うような、深く静かな悲しみが宿っていた。
『オクトパしゅ? オクトパ種? 愛の女神? 私が? 愛想の女神の間違いじゃないの? よくわからないなぁー。なんか急に、壮大な話ねー。まぁ、赤ちゃんの私に今どうこうできる問題でもなさそうだけどね!』
前世はただの平和な社会人だった私が、世界を救うなんて大それた真似ができるはずもない。「いや、無理だし」と秒で責任を放棄する、二十八歳の現実主義な大人のメンタルがしっかりと働いていた。
『でも、そうだよね、やっぱりタコ繋がりかぁー! 何かしらあるとは思ってたけど』
私はよくわからないまま、おじいちゃんの腕の中で「あー」と気の抜けた声を漏らした。
「そうだな。それはそうと、どれ、私にも抱っこさせてもらえるかな」
ネーレウスおじいちゃんが、「はよはよ」と手を出す。
「おー! ネーレウス、お前の見解をついでに聞かせてもらおう。ほれ、落とすなよ」
「わかっておる。お前みたいにガサツではないわ! どれどれ、みんなのお姫さんの顔をじっくり見せておくれ」
『うん、ネーレウスおじいちゃんは、姿通り実に紳士的な人みたいだ』
クロノスおじいちゃんから受け取られる時も、実に丁寧だった。ニコニコしながら私を見つめるその穏やかな空気に、よだれやタコチューで散々だった私は少しほっとした。
「ほうほう……なるほど、この波動。この子は間違いない。宇宙の八概念を、その腕を自切して八つの概念を形成した、原初のオクトパ種……すなわちオクトパ神……」
真剣な顔つきで宇宙の真理を語っていたネーレウスおじいちゃんだったが、次の瞬間、パァッと顔をほころばせた。
「——いや、そんなことより、なんと愛らしいお姫様だ、オクタビア! おじいちゃんだぞ!」
「ほら、グリグリグリ! ほらグリグリグリ!」
紳士的な態度はどこへやら、ネーレウスおじいちゃんは満面の笑みで私の柔らかいお腹に顔を埋め、容赦なく連続攻撃を仕掛けてきた。
『くっ! 宇宙の真理で完全に油断させておいて、お腹グリグリグリしてくるとは! このおじいちゃん、やり手だ! 負けたわ!』
「きゃ! きゃ! きゃ!」
赤ちゃん特有の反射で、私の口からは堪えきれない笑い声が漏れてしまう。
「おーおー! お前の母親のアムピトリーテー含む、五十人の娘も、みんなこれが大好きだったからな! ほら! オクタビア! 可愛い孫娘よ! ほら! グーリグリグリ!」
「きゃ! きゃ! きゃ!」
『死ぬ! 息できない! このおじいちゃんにとって、私の原初とのつながりなど、もうどうでもいいみたいだ! くすぐったいわい! しつこーい!』
必死に身悶える私たちのすぐ傍で、レアおばあちゃんとドーリスおばあちゃんの二人コンビも、今は喧嘩することなくその様子を覗き込んでいた。
普段なら「次は私よ!」と火花を散らしていてもおかしくない二人だが、今だけは完全な平和協定が結ばれているらしい。
二大女神は、私が必死に笑う姿に、優しく目尻を下げながら。
ただただ慈しみの色を浮かべた瞳で、初孫である私を見守っていた。




