【第21話】水中日傘に完璧な縦ロール!? 超個性的な神々(じじばば)が瞬間移動で大集合!
その時だった。
本当に、いつの間にか。二匹のカワハギが、まるで今急にそこへ湧いて出たかのように唐突に現れ、あの間抜けそうな顔でリコ達に混ざって、私のお腹と頭をツンツンと小突いていたのだ。
『えっ!? 魚なのに、目が笑ってる。はっ!? 目が笑ってる魚なんて、初めて見たんですけど! しかもカワハギ? いつの間に!?』
リコ達も、いきなり現れた謎のカワハギ二匹に最初は驚いたみたいだった。しかし、今の彼女たちは追放の危機による極限状態ですっかり思考がおかしくなっている。
「そう? あなた達も、オクタビア様の愛を受けにきたのね。いいわ、空いている隙間からなら、ほっぺた吸わせてあげるよ!」
『よくなーーい! なに勝手にお魚に吸わせてんの、リコーー!』
私は心の中で絶叫した。限界乳母に揉みくちゃにされるだけでも大惨事なのに、見知らぬ魚にまで顔を吸われるなんて、一体どんな罰ゲームだというのか。私の尊い犠牲は、巨大な神々の足元でひっそりと、しかし確実に拡大し続けていた。
そう思った、刹那。
突如、目の前にいた二匹のカワハギが、ポンッ! と弾けるようにして人の姿に変わったのだ。
『あっ! これ、きっとお母さん側の私のおじいちゃんとおばあちゃんだ!』
私の直感が、はっきりとそう告げていた。
いきなり目の前に現れたその人物の姿に、リコ達も驚き、慌てて私を吸うのをやめた。
『てか、やっと解放されたよー! これ、絶対ほっぺた、びろーんって伸びきってるわー!』
私は内心で深く安堵した。
リコはすぐに私を自分の胸の中に隠し、ライカとリーンが盾になるようにサッと前に立ちはだかって、現れた人物たちと素早く距離をとる。
リコ達も、彼らの纏う気配でおそらく相手の正体に気づいているのだろう。しかし、それでもオクタビアを守るために、一応の警戒態勢をとったようだ。先ほどまでの限界突破した暴走ぶりが嘘のような、見事な護衛の動きだった。
「リコルーナ! 私のお父様とお母様だから、大丈夫ですよ。オクタビアを抱かせてあげてちょうだい」
少し離れた場所から、アムピトリーテーお母さんがこちらに向かって優しく声をかけた。
お母さん側のおじいちゃんは、なんだか黒の燕尾服みたいなものに、黒の蝶ネクタイ、白のワイシャツという出で立ちだ。髭はといえば、口髭が左右に長く、ピーんとナマズの髭みたいに伸びている。
『えっ!? 帽子……あれ、ボルサリーノ? まさかね』
なんかそれっぽいハット帽をかぶって、穏やかに笑っていた。こちらも若い。やっぱり、お母さんとあまり変わらない見た目だ。そして、見るからに紳士だ。多分。
一方、お母さん側のおばあちゃんは、アニメで見る「ザ・貴族令嬢」みたいな服装だ。
大きなボールスカートが、深い海の水圧をものともせずに、カチッとした感じで丸くテントのように大きく広がっている。
『そして、海なのに日傘をさしてるわー。おばあちゃん、えー、水中で日傘いるー?』
こちらの髪型は、見事なまでの金髪の縦ロール! 肩の下まで綺麗に巻かれた、完璧な縦ロールだ。
『初めて実物の縦ロール見たわー! 綺麗! 絶対、あとで触らせてもらおっと!』
おばあちゃんも、もちろん超美人だ。少し切れ長で、深い慈愛に満ちた青い瞳が、優しく私を見つめている。
『若い! これ、お母さんより少し若く見えるのよね。やっぱり、神様的なものなんだろうなぁ』
私は、限界乳母たちの後ろから顔を出しながら、そんな呑気なことを考えていた。"こら! ネーレウス! 抜け駆けはずるかろう! それが、神のすることか!"
お父さん側のおじいちゃん――クロノスおじいちゃんが、大きな声で海を振動させる。
"クロノス! どうしてくれるの? あなたの提案で、オクタビアを驚かせて喜ばそうという話だったじゃないの! まったく、あなたの言うことなんて聞かなければ良かったわ!"
お父さん側のおばあちゃん――レアおばーちゃんは、すぐさま巨神の姿から普通のサイズに戻ると、お父さんたちの横をすり抜け、私の側まで海底を走って……いや、お母さん側のおばあちゃんに負けないような瞬間移動で肉薄してきた。
『いや、もう、やってることが神すぎて、思考が追いつかない……』
ライカとリーンは、いつの間にか左右に分かれてリコの横に並び、仰々しく頭を垂れて平伏している。
"ワハハ! 父上! 置いてけぼりを喰らいましたなー! ワハハワハハ!"
お父さんは嬉しそうに、おじいちゃんを指差しながら大笑いしている。
ハッと我に返ったおじいちゃんも、慌てて叫んだ。
"姉上! 夫を置き去りとか酷いではないか!"
『……姉上? 今、姉上って言ったよね? 夫婦じゃなかったの? いや、お父さんは両方に父上、母上って呼んでたよね』
一瞬混乱したが、私はすぐに思い当たった。
『えーっと、あ、そうか! 日本神話も似た感じだったはず。伊邪那岐と伊邪那美だったかしら。まぁ、神様だしね。そういうことなんだろうね』
そしておじいちゃんは、元のサイズ……というか普通のサイズに戻り、これまた瞬間移動で私たちの側までやってきた。そしてお父さんとお母さんも、リコに抱っこされた私の元へ合流した。
「リコルーナ。私のお母様に、オクタビアを抱っこさせてあげてちょうだい」
お母さんが、そうリコに優しく指示を出す。
「んまー! なんて愛らしいこと! 何万年ぶりかしら、赤子を抱くのは! アムピトリーテーを含め五十人は育て上げたけど、あの子達には悪いけど、こんな美しい子は見たことはないわね! んまー! 早く早く! ほら! リコルーナとやら、私に抱かせてちょうだい!」
お母さん側のおばあちゃん――ドーリスおばあちゃんが、縦ロールを揺らしながら興奮気味に身を乗り出してくる。
「ちょっと! 待ったー! ドーリス! あなたね! それはないんじゃない!? 私の孫娘なんだから!」
すかさず、お父さん側のおばあちゃん――レアおばあちゃんが鋭い声で割って入った。
「はぁ!? レア! あなたね! ティターン神族だから今まで遠慮してたけどね、孫娘のことは別よ! 引く気はありませんわ! ふん! オクタビアは私の孫娘です! 証拠に、口元なんか私にそっくりです!!」
「はぁ!? どこが!? 全然違うじゃない! 目なんか、私そのものじゃない! ねー、オクタビアー!」
バチバチと、二柱の女神の間で目に見えない火花が散る。
「がるー!」
「がるー!」
もはや優雅な神々の面影はなく、まるで獲物を奪い合う猛獣のように互いを威嚇し合っているではないか。
『あーあ、おばあちゃん達、喧嘩始めちゃったよ』
私はリコの腕の中で揺られながら、その神話級の大人げないバトルを呆れ半分で眺めていた。




