【第20話】追放免除の反動がヤバい! 終わらない愛情(吸引)の裏で、神話級のじじばばがやってきた
「あまりの驚きで、我が娘のドレス姿をよく見ることができなかったではないか。どれ、オクタビアよ、父によく見せておくれ」
「あなた。私にも、もう一度よく見せてくださいませ」
お父さんとお母さんは、抱っこされて横になっている私のドレスアップ姿を愛おしそうに見つめ、ほうっと感嘆のため息をつく。
「おお、なんと美しく、愛らしい子なのだ。のう、我が妻よ、お前にそっくりではないか」
「そうですわね。あなたに似ないで良かったですわ、オホホホ!」
「まあ、そうだな! ワハハ!」
すっかり毒気を抜かれ、大笑いして機嫌を良くしたお父さんは、やがてコホンと咳払いをして足元の三人へと向き直った。
「よし。今回はオクタビアの可愛さと、妻の温情により、許そうではないか。しかし、先ほど我が妻も言った通り、二度目はないと知れ!」
「はい! ありがとうございます。ありがとうございます! 二度とこのようなことのないよう、命に代えても、オクタビア様を傷つける事はございません」
「ありがとうございます……。ありがとうございます……っ」
そう言って、リコとライカとリーンは、その場に深い安堵の涙を流して泣き崩れた。
『そんなに泣かないで、リコ、ライカ、リーン。あとで思いっきり、ほっぺた吸わせてあげるからね。あと、お腹グリグリもね。あんな事で気絶してしまった私が悪いんだけどね。ほんとに、ごめんなさいね、リコ、ライカ、リーン』
私は、ボロボロと泣きじゃくる三人を見つめながら、心の中で優しく語りかけた。自分のほっぺたやお腹を犠牲にしてでも彼女たちを慰めたいと思うほど、私にとっても彼女たちは大切な存在なのだ。
その時だった。
周囲の海水の流れが、ピタリと止まったような気がした。
「……来たか!」
「ええ、そうみたいね」
先ほどまで圧倒的な威厳を放っていたお父さんとお母さんの顔に、ありありと緊張の色が浮かんだのが見えた。
「リコルーナよ! オクタビアを連れて少し下がっておれ! 危険だと判断したら、連れて逃げるのだ! わかったな!」
「はい、ポセイドン様! 仰せの通りに!」
私はリコに抱っこされて、降臨サークルの後方へと下がった。
リコは私を、もう二度と離さないというくらいに強く抱きしめ、顔を擦り付けてきた。
『そうだよねー。危うく離れ離れにされるところだったからね。リコ達の気持ちもよくわかるよ。理屈抜きで私のことが大好きなんだよね』
「オクタビア様、すいませんでした……。ううっ、オクタビア様ぁ……!」
リコとライカとリーンが泣きながら、何度も何度も謝ってくる。
『ううん、もう謝らなくていいよ。リコが私を楽しませようとした事に嘘がないことなんて、わかっているから。だからもう、泣かないで』
私が心の中でそう呟くのも束の間。
「うあーん! オクタビア様ぁ! すいません! すいません!」
三人の泣き声は一向に止まない。
「オクタビア様ぁー!!」
そう言ってスリスリと頬を擦り付けてくるリコ。
『えっ!? 泣いてるよね、リコ!? ……って、吸ってない!?』
「オクタビア様ぁー! ああ、愛おしい……!」
いつの間にかライカが、反対側のほっぺにスリスリしている。
『えっ!? ライカ!? 確かに泣いてるけど、これ、絶対吸ってるよね!?』
さらに。
『あれ!? リーン!?』
いつの間にかリーンが私のお腹にスリスリ――いや、グリグリスーハーし始めているではないか!
『ちょーー! いたたた! 痛い! くすぐったい! いたー! くすぐったいよー!!』
『あなた達! さっきお母さんから、私を傷つけるなと言われたばっかり――キャキャ! キャキャ! 痛い、痛い! ほっぺた取れる! 伸びる、伸びる! ちょっとー!』
『息が、息ができないよー! ……まぁ、しょうがないか。これがお詫びとご褒美だわ!』
私は力なく、その愛という名の暴挙に身を委ね、諦めの境地に至った。
――ズズーん! ドスーん! ズズーん!!
その時、海底地震のような凄まじい揺れが、辺り一帯を襲った。
「あのくそ親父! なぜ巨体のままで来ているのだ! 母上まで! 全く! ティターン神族は、どうしてあーなんだ!」
お父さんの毒づく声が響く。
海面からの光を遮るようにして、神々しくも圧倒的な巨神の姿が、揺らめく海中に浮かび上がった。それも、二体だ。
「おおぅ! バカ息子! 孫に会いにきてやったぞ! 水の中は湿っぽくてしょうがないわ!」
海中一面に、ビリビリと震えるような大きな声が響きわたる。
『おっ! あれがお父さん側のおじいちゃんね。随分若いけど、なんか「やんちゃしてますー」って感じの人ね。なかなかの強面だわ』
見た目はお父さんよりさらに髭面だが、歳はお父さんと同じぐらいに見えた。
『キプロス風の布衣的なものを着ている。うん、お父さんと似た感じね』
『あー! 神様的な!? 私もあんな感じで歳とるの止まるのかな? もしかして、このまま赤ちゃんのままなんてことはないよね……?』
私は、そんな恐ろしい未来を想像して戦慄していた。リコとライカとリーンにほっぺたを吸われ、お腹をグリグリされ、髪の毛をスーハースーハーと嗅がれながら。
「あー、オクタビア様ー! あと少し、あと少しですからー! まだ吸い足りませんよー!」
『ちょっと! いつまで吸ってるのさー! いたーい! ほっぺた、ちぎれるよー!』
「ポセイドン、元気そうで何よりです」
太く響くおじいちゃんの声に続き、今度は優雅で凛とした女性の声が降ってきた。
「アムピトリーテーも、お久しぶりね。息子が迷惑かけてないかしら? 父親譲りで、わがままなところがあるからね。うまくやってるの?」
「はい、義母様。ポセイドン様はとても優しいお人ですよ。おかげ様で、仲良く暮らしておりますわ、オホホホ」
『おっ! おばーちゃん登場! これまた若い! ほおー! 私のお母さんと張り合えるぐらいの、これまた美人ね。うん、黒髪美人ってところかしら』
嫁姑の静かな牽制も交えたやり取りを、私は吸われながら冷静に分析していた。
『少しフリルの装飾品とか多めの、キプロス風の白の綺麗なドレスっぽい、オシャレな服装だ。頭には、銀色のティアラを載せている』
「ところで、孫の姿が見えないわね。アムピトリーテー、てっきりあなたが抱いてると思っていたのだけど。はて? どこかしら? 可愛い孫を抱っこしたいんだけど、私」
「私もだ! おい! バカ息子! どこに隠しやがった!」
周りをキョロキョロと見渡しながら、巨大なおじいちゃんとおばあちゃんが不満の声を上げる。
それに対して、お父さんがすかさず吠えた。
「おいおい! 父上! 母上! 私の娘を潰す気か!? そんな図体で抱かせられるか!」
お父さんは巨神たちを見上げながら、全力で抗議する。
「あんたらティターン神族みたいに、うちの愛娘はでかくないんだよ! まったく!」
お父さんの叫び声を聞き、リコはとりあえず巨神たちから見えないように、向こうへ背中を向けた。
お父さんの「危険だと判断したら逃げろ」という言いつけを、忠実に守っているのだろう。だが、私を隠しながらも、私のほっぺたからは決して口を外さない。
『ていうか、ライカなんて、もうこれ私のほっぺたにぶら下がってなーい!? 目が、完全に目が逝ってるー!』
さらに、リーンなんて興奮のあまり口をシャチの形に戻して、私の頭を甘噛みまでし始めているではないか。
「オクタビア様、おいしいです!」
『とか言ってるんだけど! それもう愛情表現じゃなくて捕食だから!』
一度私と引き離されるかもしれないという、極限の危機感の反動。そのせいで、彼女たちのストッパーは完全に壊れてしまっているのだ。
『お父さん、あなたのせいだよー! これ、絶対そうだよー! このままだと、娘の頭に穴が開いちゃうよー!』
私の無言の抗議は、巨神たちの声にかき消されて誰にも届くことはなかった。




