【第18話】気絶寸前でも怒らないでね? 爆走リコと優しい私の限界突破
さっきの部屋では私のことを隠していたけれど、今のリコはもう、私の頭が自分の襟から覗いていても気にしないようだ。
と言うか、あえて私から外の景色が見えやすいように、抱きかかえる体勢を優しく変えてくれたのだ。
『うんうん、そうそう。リコ、ありがとう。私、しっかり確認したいのよ、外の風景をね』
ぐんぐんと、リコは水圧をものともせずに海中を上がっていく。心地よい水の流れと浮遊感に包まれながら、私は夢中で眼下を見下ろした。
下に見えるあの巨大な街も、上昇するにつれて随分と小さくなっている。
『うん? ほうほう、なるほど……。海底火山のカルデラみたいな場所に、この街を作っているのね』
よく周りを見渡せば、街をぐるりと囲むように、巨大な火口の壁のような岩肌が聳え立っているのが見える。
『これ、突然噴火とかしないのかしら? ……いや、神様であるお父様たちがすることだから、きっとしないように制御されているんだろう。多分だけど』
そして、更に視界が大きく開けた。どうやら、すり鉢状の火口を抜け出たらしい。
眼下には、どこまでも続く海底砂浜が、まるで波を打っているかのような美しい紋様を描いて広がっているのが見える。それは、かなり遥か下方に霞んで見えた。
そして、私達は今、その巨大な山の斜面の頂上付近にいる。
『うーん、やっぱり私達、大きな火山の火口から出てきたって事は間違いないみたいだけど……』
『うわーーっ! リコーーーッ! なに?! なに?! リコーーッ!』
リコが突然、その急峻な火山斜面を猛スピードで下り始めたのだ!
速いなんてものじゃない。爆速、いや、神速だ!
『リコーッ!』
私は声も出せないまま、すっぽりと収まった胸元の隙間から、必死に下からリコの顔を見上げた。
『えっ!?』
なんとリコは、ニッコニコの満面の笑顔で、しかも慈しみに満ちた優しい瞳で私を見つめているではないか。
『……っ! めっちゃ悪い予感がするんだけど!』
「オクタビア様ーー! ほーーら! どうですか?! 楽しいですかぁ?!」
リコの弾むような声が水中に響く。
「さらにスピード上げますよー! オクタビア様ー!」
『リコーーッ! うわーーっ! 死ぬーーっ!』
私は歯を食い縛り、身体中の筋肉を強張らせた。もはや、声を出すことすら出来ない。もちろん、恐怖のあまり泣くことすら忘れていた。
内臓がふわりと浮き上がるような、遊園地の絶叫アトラクションで、あの真っ逆さまに落ちる時の、あの最悪の感覚……!
『リコーッ! 私、そういうアトラクションが本当に苦手な人なのー!』
まさか、転生してタコを経由して神様になっても、その根本的な恐怖の感覚は変わらないみたいだった。
『やめてー! リコーー!』
『ライカ! リーン! 助けてー!』
私は唯一の希望にすがる思いで、心の中でそう叫んだ。
しかし、猛スピードによる恐怖と不快感で遠ざかる意識のなか、私の耳に聞こえてきたのは、ライカとリーンの楽しそうにはしゃぐ声だった。
「お姉様! もっと早く!」
「お姉ちゃん! そんなスピードじゃ、オクタビア様、喜んでくださらないよ!」
『……ダメだこりゃ!』
唯一の命綱だと思っていた二人まで、完全に共犯者だったという事実に深く絶望する。
そんな無情な応援の声を遠く聞きながら、私はリコの温かい胸の中で、ついに限界を超えて白目をむき、ぶくぶくと泡を吹くのだった。
『あー、意識が……これ、私死ぬのかなぁー? リコ達が、お父様達から怒られたりしたら、かわいそう』
自分がこんな目に遭わされているというのに、最後にそんな心配が頭をよぎる。
フッと目の前が真っ暗に暗転し、私の意識は深い深い海の底へと沈んでいった……。
【リコルーナ視点】
猛スピードで海中を突き進んでいた私たちは、目的地が近づくにつれて、徐々にそのスピードを緩めた。
ふと自分の胸元に視線を落とすと、そこには静かになった愛しい主の姿があった。
「あっ! オクタビア様、眠られたみたいね。ライカ、リーン。もうすぐ降臨サークルに近いから、服装チェックして! ポセイドン様達に、失礼のないようにね!」
「わかったわ! おねー様! よし、行くわよ!」
妹たちの元気な返事を聞きながら、私は胸元へ優しく語りかけた。
「オクタビア様、もうすぐ、ポセイドン様とアムピトリーテー様とお会いできますからね」
そう言って、私は大切なオクタビア様を、愛おしさを込めてぎゅっと抱きしめた。
激しい移動の疲れが出たのだろう。オクタビア様は、ピクリとも動かずに静かになっている。
『あー、オクタビア様、よくお眠りになっているわ。お顔を私の胸に埋める形でお顔が見えないけど……なんて、なんて、お可愛いのでしょう! あー、オクタビア様!』
まさか愛しい主が、極限の恐怖と絶望で白目をむき、ぶくぶくと泡を吹いて気絶しているなどとは夢にも思わない。私はただただ、胸の中にいる尊い存在への、溢れんばかりの慈愛に浸っていた。




